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「しかし、なんでそんな偽装ができたんだ? ベリーズ調査官は」
「調査官事務所は元々は巡察使の事務所だ。皇帝の目としての役割があることも鑑みれば、緊急時の通報暗号表が残されていて然るべきだよ。最後の巡察使でもあり初代調査官でもある方はむしろ、ある種の意趣返しのための仕組みとして残していたんだと思う。けれど、それはベリーズ調査官に悪用された」
「それで、勅使側へ偽報を出したってのか? でも、その砦側でわかるだろ。これは、地方府からは出てないって。何かしらの手段で」
カッティは混乱しているようで、どこか冷静にファリルの意見に対して疑問をぶつけてくる。
「テレックスは送られてきた相手の番号を当然識別出来る。でも、無手続き型ということで、送りっぱなしになるんだ。複雑な復号や保証などは出来ない。けれど番号と暗号で、判別する方式だから緊急通報では便利だったんだろうね。番号と暗号があっていれば、彼らは多少怪しいと思っても疑えない」
「しかしなんでそんな砦に五〇年もいたんだ?」
カッティの疑問に、ファリルは逆質問で答えることにした。
「長命種がダルマティアに一人も残っていないのは不思議に思わない?」
「まあそりゃあな。帝国は短命種と長命種の共存する国だって習ったからな。でも頭の片隅でそうは思ってもいないもんはいないとしか」
気づかなければそこにあるとわからない違和感をカッティと共有したところで、ファリルは話を進めた。
「砦とはいえ、そこはちょっとした街くらいには拡張されているとおもう。そこにいるのは多分十数人だ。断絶以前の、著名なダルマティア公的機関の方、それから観光者名簿含めてね。リエカに移る際に乗船名簿から海渡全体の名簿がつくられたんだ。お祖父様が帝国貴族として全員の身元引受人、アンダーテイカーになっていたから、名簿があった。合計したらそのくらいになる」
移住の理由はきっと、あまりにも少数だったからだろうとファリルは思う。ある種の保護政策だ。
「特使の人たちは偽名だろうからそこで見てもわからないだろうけどね。案の定、ノエルさんの名前は僕の記憶にある長命種の名簿にはない」
「特使ではないのか?」
「ノエルさんと死んでしまった方々を含めた三人は確かに特使だ。もともとはある種のスパイを兼ねたね」
次から次へと出てくる新しい要素にカッティはそれでも懸命に食らいついてきてくれる。それがどこかファリルには嬉しい。
「スパイって、おい。何を目的にしてのだよ。帝国外の情報なんて断絶前だろうとほとんどないだろ」
「監視だよ。お祖父様のね」
「カニンガムの家はたしかにお偉い貴族という話を聞いたことはあるが、それで監視か。反乱とかのか?」
カッティに問われ、ファリルは逡巡する。問われたら、反乱防止目的だと答えるつもりではあった。けれど、それはまたカッティに対して偽証をすることになる。もちろん、広義ではその目的は正しいのだ。だから、偽りを述べているわけではない。
「反乱だよ。でもそれだけじゃない」
「お前が言葉を濁すってことは何か理由があるんだろ。先に進めてくれ」
「ありがとうカッティ。ベリーズ調査官が行ったのは、反乱通報だ」
「カニンガムの家の、か」
カッティは苦笑して頷いた。
「そうだね。それ故に監視者だった三名はキャンパス市や周辺に調査に入った。エルフィルは地方府長官、ドワルフェンは森番、ノスフェラトゥがカニンガム家周辺をそれぞれ調べた」
「なんとなく意味は繋がる気がするがな。反乱と言っても、帝国との交通も何もない状態で意味ないだろ」
「三名はね。この断絶が永続的なものではないことを知っていたんだと思う」
ノエルの方を見るとこくりと頷いた。
「この事態の原因を把握していると言うことですか?」
「そうだね。ただここでその話をすると長くなる。だから他の事件について、次に紐解こう」
「じゃあ、順繰りに一番からどうだ?」
カッティの提案にファリルは頷いた。
「そうだね。通報者であるベリーズ調査官は、エルフィルに対してコンタクトを取り続け一度接触しているんだ。そこで、地下水路と保管されていたダイバースーツの場所を教えたんだろう。カッティ、ダイバースーツの管理は誰がしていたのかもう一度教えてもらってもいいかな?」
「ああ、ダイバースーツは、うちでは親父が管理してたな」
カッティが事前に聞いていた通りに証言する。
「あのダイバースーツは、士官用のホーンブロワーさんのものだったんです。だからシリアルナンバーで管理されていた。そして、軍用の管理情報は断絶以後、ガートナー艦長の命で地方府が情報の移管を受けているんです。そちらはローザさんに裏どりしてもらいました」
そこでファリルは一呼吸置く。
「地方府に巡礼を装って辿り着くと、ベリーズ調査官に警告されたとおりにエルフィルは捕まって地下水路の近くに拘束されたんです。実行はピーター君が見かけた三角巾を釣った調査官とチェンバレンさんだと思います。調査官は予想外の反撃を受けて骨折してしまった。一方で本来調査官がやるはずだった拘束をチェンバレンさんがやったせいで、乱雑な縛りになってしまいました」
ここでファリルは一呼吸おいた。
「これで手首には跡が残ったけれど、エルフィルは事前に教わっていたダイバースーツを着て水路から海へ出た。ただ、あの灯台のあたりはかなり流れが急なんです。水練の猛者でもなかなか波を乗り切るのは難しい。疲れ切って浜辺で倒れた。ベリーズさんは付近で待ち構えていて恩を売り、他の特使の動きについて聞き取ろうとしたけれど、レミリアたちが現れてしまった。彼は浜辺の林の中にいたんだと思う。微かなエーテル駆動機関の音をレミリアが聴いているけど、それはベリーズさんの車両のものだ」
「なぁ、もしかしてそのあとエルフィルを殺したのって」
「ベリーズさんだ。石を咥えさせているのは、森番の若手への警告だよ。チェンバレンさんは、ダルマティア人を傷つけることを許さなかったから、そういう風にしたんだと思う。チェイスさんは色々なことを教えている。古くからのダルマティアの風習なんかもね」
「これで三番まではわかったのか。四番はどうだ?」
少し腕を組んで反芻してから、カッティは話の続きを促す。
「ノエルさんはね。目的が違ったんだ。もともと接触するつもりだったんだと思う。十年に一度、差出人不明の手紙がきていた。月光文字と呼ばれる月の光でしか読めない文字だ。今回は自分で届けに来たんだと思う」
その手紙はきっと断絶前に書き溜めて送ったものだろうとファリルは思う。
「誰からだ」
「主君さ」
「あ」
レミリアは気付いたようだった。カッティはそれよりもむしろ別のことが気になっている様子が伺えた。
「だから、ノエルさんは客人として滞在している可能性が高い」
「で、これからどうするよ。親父とベリーズって野郎を捕まえるのか?」
カッティが気乗りしなそうな風に言い出す。
「ベリーズ調査官は、こちらが動き出したら、勘づくだろうからね。先にチェンバレンさんを抑える。ここまでの話、聞いてましたよね。チェンバレンさん、ローザさん
『お前さんとの男の約束だからな。ひとつだけ約束を聞くって」
『それで、あんたはどうしたいんだい。若鳥から立派になったもんじゃないか』
「これ、親父と婆様の声か。電話を繋げていたのかよ」
部屋の片隅にいたヘンリーがカッティに向けてお辞儀をする。
「本当は別室にでも待機してほしかったんだけど、流石にそれはヘンリーやパトリシアから止められてね」
「ファリル、なんというか一皮剥けたな」
カッティの素直な賞賛を受けて、ありがとうとファリルは伝えた後ヘンリーの持つ受話器に向き直る。
「チェンバレンさん。お聞きの通り、あなたの行動は無為です。竹槍蓆旗をしても、相手がいないんです。障壁は破られていない。だから、帝国が懲罰艦隊を派遣するなんてことは起こらない」
『わかったわかった。カットの親友はすげえな。俺は自首するよ。赤シャツ隊の奴らは何もしらねぇ奴がほとんどだ。だから、見逃してやってくれ。だが、チェンバレンのやつは早く捕まえた方がいいぜ。何せあいつは』
「帝国海軍の狙撃手ですよね」
チェンバレンが言おうとしたことを先取りしてファリルは語った。
『なんだよ、それもお見通しか。つくづくカニンガムの血ってやつは怖いねぇ』
「それから、赤シャツ隊の方々の件はおそらく大丈夫だと思いますが、チェンバレンさん自身の自首はまだ待ってほしいんです。あなたは厳密にはドワルフェンを殺していないかもしれない」
『どういうことだ?』
疑問の声を上げるチェンバレンにチェイスから聞いた話をした。
「ベリーズさんが小屋の屋根から五〇〇mの距離を狙撃したんですよ。あなたもドワルフェンの特使も相応に致命傷を負っていた頃合いだ。その方も恐らくは、死に行く最後まで気づかなかったのかもしれません。だからと言って罪が消えるわけではないですが、それでも最後まで付き合っていただく義務はあると思います」
ファリルの言葉の後に聞こえてきたのは大笑いだった。
『お前さん、まだ何か仕込んでいるのかよ』
「自分でも驚いています。知りたいという自分の思いだけで、こんなに多くの人や仕組みを動かしたことは今までなかったので」
「で、あんたは何がしたい? いや、俺に何をさせたい」
チェンバレンが面白がるような口調で聞く。
「ベリーズさんに、ダルマティア内に隠れられたら厄介です。だから、数日後に控える断絶の追憶の五〇周年式典でノエルさんを狙撃してもらいます。そこで出てきたところを捕まえます」
ファリルは一同を見回して力強く宣言した。




