4-6.
「ああ、俺がドワルフェンを斬り捨てた」
「なぜなんですか?」
「本国の都合なんてもんでよ。俺たちの暮らす土地を荒らされちゃ、困るんだよ。使者を斬った罪はここに残る元海兵の爺様たちが肩代わりをしてくれるってよ。どうせ、障壁制約がない状況で使者を斬ったら大艦隊が来るだろうしな。懲罰の為かなんかで。俺はそっちと戦って死ぬ」陰の一切ない豪気な声でチェンバレンは笑う。
「あなたはそれでいいんですか」
「男が最後の死に花咲かせてえつってんだ。黙って花道を用意するのが孝行ってもんだろう。おまえさんにゃ、わからんか?」
「わかりません」
ここで欠片でも感情面で分かるのであれば、もしかしたらこの人たちの琴線を理解できるのかもしれないとファリルは思う。
「レーベンスはどういう育て方をしたんだ。まあ、途中から育ててないんだったか」つまらなそうにチェンバレンは肩を落とす。
「父をご存知なんですか?」
「ああ、おまえさんと結構似てるぜ。あいつの方がエリート顔してたがな。メガネをかけてこんなこともわからないのか?ってよ。その癖、分かるまで教えてくれんだよな」
「あなたは、何がしたいんですか?」
それは本心からファリルが聞きたかった質問でもあった。何故、安定しているようにも思えるダルマティアに大きな波風を起こそうとしているのか、そこにどのような信念があるのか、あるいはそうしたものがない愉快犯なのか。
ファリルにはこの場でチェンバレンを糾弾するといったある種の英雄願望などはない。あるのは知的好奇心にも似た興味だった。反乱を起こし、失敗したら後世からは事変と呼ばれ、成功すれば乱と表現される。
ファリルが問いを発した理由は、ダルマティアの現代史の中にいずれ名前が刻まれるであろうこの人物が何を考え、どうして行動を起こしたのか、知っておきたいと思ったからだ。
「俺は、今のまますくすくとダルマティアに育ってほしい。つまらん横槍などなくな。ああ、攻められて弾圧されるとかいうんだろう。だが五〇年もほっとかれた領地が本国に求めるのは、ほっといてくれということさ。必要以上に干渉するな。それだけの血は相手に流させるつもりだ。あとはお袋や参事会の優秀な連中が何とかするだろ」
問いに返された答えでファリルは思う。この人は、政治をもっと前の段階の、ヒトとヒトのバランスの釣り合いをとるということをせずに生きてきたファリルにとっての鏡のようなヒトなのだと。自分の意思を強く持ち、苦楽を共にしてヒトを周りを動かすことも厭わない。けれど、仲間や家族、周りの人間以外の誰かとバランスをとって手を繋ぐということを厭う人生を送ってきたのだと。
ファリルもそうだ。クラスメイトや家族、カニンガム屋敷や歴史年鑑などの自分と本来的にかかわりのある人々や同好の士たちとの交わりばかりで、政治と形容すると大仰なものかもしれないが、誰か全く知らないそのヒトと手を取り合うということはして来なかった。
貴族としての義務、ノブレスオブリージュ。持つものが故の義務。ヒトを動かし、ヒトと交わり、あちらとこちらを結んでバランスを保つ。大人になるに連れ、義務として背負いこむそれをこの人は持たないのか、とどこか苦い気持ちになったファリルへそんな内心を知らぬチェンバレンが陽気に声をかける。
「なあカンゾーという男が書いた『代表的ダルマティア人』という本を読んだことはあるか?」
キラキラとした目で、ファリルがそれを知っていることを期待した表情に応えられるだけの知識をファリルは持たなかった為、ファリルは首を振って答えた。
「すみません、残念ながら」
チェンバレンはじっとファリルを見つめて、大きく息を吸ってから吐き、肩を落とした。けれどすぐさま、気を取り直して話し出す。切り替えの早さはカッティにやはり似ているのだなと、友人の姿を思い浮かべながらファリルはチェンバレンのよく動く表情を眺めながら話を聞いた。
「そうか。その本は五人の偉人を小伝というのか。そんな形で紹介していてな。そこに、ゴールドニーノという男が出てくる。単なる農村の男なんだが、領主に取り立てられて、荒れ果てた三つの村の再生を任せられるんだ」
先ほどは知らない本の名前を出されたが、話している内容はファリルとしてもよく見知ったものだった。
「市長のお家。プリモシュテン家のご先祖さまですよね。農政家として著名な。確かその働き、ダルマティアでは採掘出来ぬ黄金に値すると称えられた」
「そうそいつだ。若き日の三つの村を任せられたそいつがどうしたと思う?」
「灌漑設備なんかを整えて村のインフラを整えたのでは?」
ファリルはチェンバレンやシャーロットがしているようなことをイメージして、時代背景の分は差し引いてイメージした答えを返す。
「違うんだ。男はかつてそいつが自分の村で一介の農民であった時と同じように働いたんだぜ。二時間の睡眠、相場を睨んだ商業作物の栽培、夜は夜で勉強の傍らに細かい内職をした。男はそうして働いた。立場的にその三つの村における代理領主になったにも関わらずだ」
チェンバレンはいかにも、信じられるかという顔で言った。
「そのヒトを見て村人たちは?」
いつの間にか、ファリルはチェンバレンの話す内容に引き込まれていた。
「働いた。男に触発されて、ただただひたすらにな。共感なのか、熱狂なのか、共鳴なのか、情熱なのか。それは俺にもわからん。ただ男は先頭に立って為すべきことを為した。そして、それは伝播する」
「あなたはその人を尊敬しているんですね」
「しているな。俺は海と山の両方の血が流れてる。プリモシュテンはな。前時代的であろうとなかろうと、先頭に立って動かなきゃならねぇ」チェンバレンはファリルの問いに豪快に頷く。
「それは誰かを殺してでも、あるいは多くの血が流れても手に入れたいものなんですか?」
少しつっこんだ質問になってしまっただろうかと内心で思いながら、ファリルは顔を少し強張らせて言う。
「この短時間で、おまえもいうようになったな。どうだい、俺たちの仲間にならんか?」
しかし意外にも、返ってきたのは大笑いとともに仲間への誘いだった。
「申し訳ありませんが、お断りします。ヒトは目標の為に役割分担をし、複数で共同作業をすることを知りました。ひとりひとりが群れの中で勝手に暮らすのではな、互いが自分と相手の果たすべき役割を考える。それこそが社会をここまで発展させてきた力です」
ファリルは律儀に頭を下げると、首を軽く振った。
「帝国が本腰を入れてからこっち。何をしてくれたよ。街並みを壊し、自然を壊し、俺たちの暮らしを壊しただけじゃねえか。俺たちは田舎暮らしでよかったんだ」
「スタリ・モストからの飛び込みであなたは昨年、おぼろ谷の湖畔漁師たちの信頼を勝ち得た」
「ああ。そうだ。高さが五〇メートルはあるからな。ベテランでも時に死人が出る」
それはおぼろ谷の若者たちの間で流行る度胸試しのようなものだった。元来、おぼろ谷の中でもベテランの湖畔漁師しか許されていないおぼろ谷の北岸と南岸の二〇〇メートルを結ぶその橋からの飛び込みは、巨大湖の漁解禁の日だけ万全の医療体制を整えた上で、一般にも許される。
そこでチェンバレンは頭から飛び込み、少なくとも見た目の外傷なく自力で泳いで岸にたどり着いたことで勇名を馳せた。
「あの橋は帝国本土の技術とダルマティアの職人によって、永遠の友好の証として架橋されたんです」
「そいつは知らなかったな。だが、そんな事で俺が立ち止まる理由になるのか」
チェンバレンは何をいまさらのように顔を顰め、頭の横を掻いた。
「止まるとは思いません。ただ、カニンガムの家の力でもなんでも使って残りの特使を守ります。特使の存在自体が帝国からダルマティアへのつながりを示す生きた証拠です」
「なるほどなぁ。そこまで言われて、どうして俺はカニンガムの家を襲撃しないなんて思ってるんだ?」面白がるようにチェンバレンは言う。
「あなたがチェイスさんを襲わないのと同じ理由だと思います」ファリルは淡々と応じた。
「ほう、それは?」
「ダルマティアの土地に生きる人をあなたは襲わない」
「はっはー。頭がいいな、おい。でもそれは俺の個人的な価値観かもしれないぜ。赤シャツ隊のやつらが気を利かせて襲ったらどうするよ」より一層楽しげにチェンバレンは肩を震わせる。
「カニンガム邸を襲っても返り討ちになるだけです」
「何故だ」
驚いた様子のチェンバレンがつぶやく。真正面から否定されるとは思ってもいなかったのだろう。
「あなたがいないならば、ひとりかふたりか倒れればいい。狼に引き入られた羊ならまだしも、羊の群れであればそれ相応の対処手段はあるということです。時間稼ぎをしていたら、警備部門から衛兵が派遣されてきますしね。カニンガム邸に電話回線は複数存在するので、電話線を切ろうとしても無駄ですよ」
「カニンガム、カニンガム。手広すぎるな。お前さんとこの家は」
チェンバレンはいかにも、気に食わないが仕方ないという顔で言った。
「揺り籠から墓場までとは言いませんが、それなりには」
「じゃあ、衛兵が駆けつけるまでの時間稼ぎはどうするんだ?」
「以前家人に聞いた限りでは複数の手段はあるようですが、簡単なのは屋敷にたどり着くまでの間に爆弾でも仕掛ければいいのでしょうね。高圧水銃でもいいです。それにそもそもあなたの支持母体のひとつである。老海兵たちが納得しないと思いますよ。祖父は企業家という側面が強いかもしれませんが、あれでも海軍営門少将。退役済といえど、上官筋です。心理的歯止めになる」
カニンガムの家の廊下には仮面や、退役将官用の優美なエングレーヴが施された長銃と短銃が一揃いある。銃はヘンリーが扱えもするので、ささやかでも抵抗は可能だとファリルは踏んでいた。
「面白いやつだな。おまえさん。つまるところあれか、残りひとりの特使を俺が見つけるか、おまえさんたちが見つけるかというゲームか」
だんだんじれったくなり、チェンバレンは話題を先取りしたくなったのか、ファリルが言い出そうと思っていたことを代わりに言ってくれる。
「ええ、そうなります」ファリルは平静を装ってこともなげに答えた。
「面白いな」
そこで赤シャツを着た青年たち数名がチェンバレンを呼びにきたことで、彼はじゃあ、また会おうぜと言い残してどこかへと去っていく。
そうして、チェンバレンとの邂逅は終わった。




