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「『知ること』よりも『創り出す』ことに帝国は、多くの意思決定の軸足を置いて来ました。必然性、有効性と限界とを見極める眼差しを持ってください。そうですね。これきりで、難しい話は終わりにしましょう。ちょうど追加のお茶も入ったようです」
クルツァのその言葉に呼応したように、扉が開いて先ほどとは別の僧が、茶を持ってくる。
ファリルが一口いただいて喋りすぎた喉の渇きを潤すと、再びクルツァの方から話し始めた。
「もう少し地に足のついたお話をここからはいたしましょう。あなたが集めており、この土地に息づいている「民話」「昔話」に共通しているものがありますがお気づきでしょうか」
「食への神聖視でしょうか?」
「ええ、この院の近くにも土物店街というものがあります。そこでは土物、土のついたままの野菜たちが取引される問屋がいくつか集まっていますが、その土を普門院で祀りあげ、穀物のための田に撒くという慣習があるくらいです」クルツァがここからでは見えないのですが、この建物の裏でそれをやっておりますと方向を指差す。
「うちも似たようなことをやってるな。夏の始まりと終わりに、お焚き上げというのかね。迎え火と送り火をするぜ」カッティがようやく分かる話になったかと、頷きながら言う。
「ええ、この地では人々の特に穀物への眼差しが際立ちます。人間が穀物への感謝の気持ちを忘れることを戒めるために農耕儀礼を行うというモティーフが多く語られています」
「秋祭り、収穫祭では穀物で人形作りをしたりしますよね」穀母神というのは、普門院の中でも特殊な神として知られているという事実をファリルも認識していた。
その村の最後の束で作られた人形、つまりヒトガタはヒト種と同様の『魂を保有する人格体』の精霊として崇拝され、その後の収穫祭、秋祭りを通して精霊は人格化の段階を経て神格化に至るとされる。その祝福の道程に踊り、舞踏という神事奉納の媒介が必要とされることもまた特徴である。
「舞踊により身体動作によって神話的空間を演出しつつ、身体そのものを伝承道具として表現してきました。ですが、舞踊は簡易化された神事ととることもできます」
「神事ですか?」
「神や精霊の依代となる人形の話を先ほどさせていただきましたが、人形や仮面というのは、自然のリズムを人の身を通した身体動作で表現する上での祭具であるとも言えるのです」
「俺なんかは舞踊は神事って言われたら、そういうもんだと思っちまいますけどね」
カッティが前に乗り出してくる。
「農村部なんかに祭りの時期にいくと、腰がありえないくらいに曲がってる婆様が仮面をかぶってさ。豊作祈願の舞で、俺でも跳べないくらいに天高く舞って、リズムを取るんですよ」
カッティが話すのは、何処かの村での話のようだった。
「腰が曲がってて、小柄だから明らかに姿形は老人のそれなんですよ。でも、ありえないくらいにキレのいい動作で舞動く。何かが取り憑いたみたいに」
カッティの雄弁な語り口と、真に迫る低い口調でファリルも一瞬、天高く舞う老婆の姿を幻視した。
けれどそこからカッティのトーンはどんと下がる。
「そんな人が収穫の時期にはね、行商でキャンパス市にこれまた大きな大きな風呂敷に丸々太った野菜を包んで持ってきてたりするんです。それで、あの祭りの動きはなんだったんだってくらいに、よろよろしているんですよ。俺もそれなりに神様ってやつは信じてますけど、あそこまで神がかり的なものを見せられると本当に圧倒される。それで、野菜もついつい買っちゃいますしね。敬老精神てのも、これはもちろんあるんです。ですが、やっぱりなんだろうな。そんなヒトが作ったものなんだから、食べてみたいという気持ちが湧き上がるんですよ」
ファリルも幼年学校の帰り道、そうした老婆をみたことがある。当時は、老婆がそれほどまでに重そうなものを持っているので、手伝おうと申し出たが、ありがとうねと頭を撫でられただけで終わった。
彼女たちは、自分たちの手で育てた野菜を自分の手で食卓に届けたかったのかもしれないなと、クルツァとカッティの話を聞いて思う。
「カニンガムの家にも、確かに仮面なんかは廊下や食堂に飾ってはありましたが、そういう意味合いを持つとは知りませんでした」
「近年では、祭儀が簡略化された部分もありますからね。特にキャンパス市ではまだ残る記憶もありますが、そうでないものも多い」
「興味深いお話です」
ファリルは本心からそう言った。
「古来ダルマティアでは、本当の生命とは身体の中にある目に見えぬ魂の輝きであると。だから、霊的能力を有するものだけが人形遣いになることを許されてきたのです。先程お話しいただいたカッティさんの語る常ならぬ身体能力を発揮する老婆などは最たる例でしょう」
「人形遣い。あまり聞き慣れぬ言葉です」ファリルは素直な感想を口にした。
「かつてのダルマティアではそういう素養が大事にされてきた土壌があるのです。あなたがそこに違和感を感じられるのは異文化との狭間に立つが故でしょう。何か参考になっていれば良いのですが」
「クルツァ師の話は半分くらいしかわからんが、とにかくお前は出来るやつだよ。ファリル。俺はやることが決まってたらなんとなくでも出来るけど。お前は何もないところから答えを作り出せるやつだ。俺がそれを一番よくわかってるぜ」
「カッティさんの言われる通りかと。あなたの先程からの問答でのお答えは、帝国本土寄りでもなく、ダルマティア寄りでもない」
「だから、もっと好き勝手にやっていいと思うぜ。手が足りなかったら俺も手伝うし、レミリアちゃんや山岳部の後輩やら、ダチやらもいるしな」
「ありがとうカッティ、クルツァさんも」
そうして、クルツァとの会話は終わった。
ファリルたちが去ったあと、誰もいなくなった堂内でクルツァはつぶやく。
「ファリル様。ハインドホープ様は対象の意味が屈折し反転した先に別の意味が生成される可能性に賭けたのだと思いますよ。若君の前途にも幸あらんことを」




