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4-2. 僧院

 レミリアとファリルが呼ばれた三度目の「モッキンバード」での会議ともなると、カッティの進行も手慣れたが、同時に情報も出尽くした感があった。


「知恵者として著名な坊様に、謎かけのアドバイス貰おうぜ」停滞した空気を打破したいという気持ちがありありと伝わる声色で、カッティが提案を出してくる。

「どこの普門院の方なの?」

「キャンパス市の外れの方にあるところのだ。クルツァ・イグリシュ僧正。うちの菩提寺でもあるからな、年に何回も話をするし、かなり温和で丁寧な人柄だ」

「カッティのことだから何か他の理由もありそうだね」


 カッティは顔が広いなりに、合わせる代わりのバーターなどを請け負うこともあったなとファリルは思う。


「まあ、な。流石にこの前重要な手がかりを調べてこれなかったから、俺なりに申し訳ないと思ってな。バーでバイトしているときに悩み事があるならそこの僧侶がいい知恵を貸してくれるって、常連の一人から気軽に言われたんだよ」


 得心して、ファリルは話を進める。


「名前だけは聞いたことあるね。ダルマティア宗教界のトップじゃなかったっけ」

「ああ、そうなんだよ。しかもその坊様は、帝国本土の出身だ。もちろん、帝国の皇帝勅任官じゃあないが、トップでダルマティア最大の寺を切り盛りしているんだ。色々と情報は集まっているだろうよ」

「なるほど、帝国にも所縁がある点が興味深いね」聞き流しかけて、ファリルは声を上げた。


 それから手抜かりなく準備を整えていたカッティの案内で、キャンパス市どころかダルマティアでも随一と謳われる普門院へファリルたち三人は足を運んでいた。

 物事はスムーズに運び、境内を掃いていた少年にカッティが何事か伝えると、一礼してすぐさまどこかへ去っていき、数分ののちには再び現れた少年に案内されて寺の奥の間に通されていた。

 おまけに、茶と簡単な干菓子などを供されている。


 程なくして、クルツァは現れた。普門院では僧位によって、着るものの色合いや帯の素材などが決まっているという。クルツァのそれは、優美な色合いをしていた。


「お待たせいたしまた。どうにも気に掛かることがあるようでございますが」


 静かに淡々と話す声は、けれどどこか澄み通っていて、耳朶を優しくうつ声だなとファリルは思う。


「異邦人が殺された事件と、カッティとレミリアちゃんがカニンガムの爺様から出された謎かけの二つについてなんですよ」カッティが口火を切って、手短にこれまでの経緯を話した。


 クルツァは朗らかに笑う。それからここまでのやり取りで何か思うところがあったのか、逆に提案を出してくれた。


「もしかしたら皆様のお考えを前に進めるヒントとして、考え方の差異について、少しお話したほうがいいのかもしれません。よろしいですか?」

「はい、お願いします」


 カッティがこちらを見てきたので、頷き返してからクルツァにぜひお願いしたいという旨の意を返す。


「時に、帝国は市民かそうでないかを血の贖いで判じてきました」

「志願兵制度ですね」

「ええ。血を流してこその同胞であると」


 クルツァが話し出したことは帝国の歴史的な制度の話だった。

 ヒトは死と隣り合わせであればあるほど、宗教に救いを求める。だから血と鉄の時代には宗教も伸張する、と声には出さず、ファリルは内心で思う。


「同胞意識は血とワインで固められると申しまして、多くの土地を得た帝国はそれでも精神的な一体化を確固にし続けました。けれど、遠く艦隊を出すようになると少し事情が変わります。気候や風土も違えばやはり考え方も変化する」


 帝国史の中で学んだことではあるものの、普段から説話に慣れているからなのか、声の良さもあるのか、面白みのある語り口でカッティやレミリアも熱心に聞いているようだった。

 僧侶になるには、そういえば声の良さも大事だと聞いたことがあったなとファリルはそんな取り止めのないことを思い出す。


「ダルマティアと本土ではやはり、考え方というか精神的な風土は大きく違うのでしょうか」


 こればかりはファリルにとっては実際に書物を読んでも実感しにくい部分ではあった。だから、色々なことを話してくれそうな帝国を知るとクルツァの口から語られる内容には興味がある。


「現代に住む我々は、祖先たちが住んでいた場所として考えてしまうでしょう。けれどダルマティアの歴史というのは、全部この大地に刻み込まれている。祖先たちの魂が鎮まっているところと考える」


 周りを見るとカッティは頷き、レミリアは眉を顰めた。


「早速違いがあるようですね。我々僧位のものはそういう考え方にも馴染みがありますが、帝国本土の考えとはかなり異なります。ですが、あなた方若い世代は海渡りも含めてそうした考え方を内面化しはじめている」


 そう言ってからレミリアの方を見て、もちろん全員とは申しませんよと付け加える。


「ダルマティアでは、死とは蒼い海の彼方にあり、太陽の登りくるところ、他界へ行くことと表現されます。生の終わり、あるいはそれ自体が循環する生の始まりにもなりうる。死というのは生の始まりで、いつかどこかで帰って来られる。そういう考え方が精神的な古層に息づいている」


 クルツァにより言葉にされるとどこかですとんと腑に落ちる部分が多くあることにファリルは気づく。一方でそれほどしっかりとそういった考え方が根付いているかというと、それも少し異なるアンビバレントな感情を抱きながら、ファリルは首肯する。


「確かに言われたようなこと。夏祭りのような流し灯籠などは、自分の中で当たり前であまり違和感がなかったです」

「帝国本土では名の知られた海峡貴族であったカニンガム侯爵家の御曹司にも違和感なく価値観を育てさせる包括性、磁場性とでもいうべきものは面白いですよね。同時にあなたは価値観を相対化する眼差しをお持ちでもある。カッティさんからお聞きしましたが、昔語りをお集めだとか」 クルツァは少しだけ微笑む。


 カッティはおしゃべりだなと思いながら、ファリルは肯定する。


「はい。僕が僕たちがどこから来たのか、どこへいくのかということを確かめる為に、過去のお話、主に昔話を集めているんです。そして、帝国のそれと、ダルマティアのそれはいまあなたが言われたように大きく異なりました」

「それも必定でしょう。先程、言ったように地理的な地形性があまりにも異なる」クルツァははこともなげに答えた。

「距離の隔たりですか?」心当たりのある要因をファリルは指摘する。

「そうです。ここは帝国本土からはあまりにも遠い。星の見え方すら変わるほどに。時折、帝国の日々を懐かしく思うこともあります。ですが、ここも良い土地です。おや、ちょうど来たようですね」


 クルツァが横へ顔を向けたので、釣られてファリルがそちらを見やる。すると、まだ年若い僧が、ザルに瑞々しい青物野菜をいくつか切ったものを載せて持ってくるところだった。

 僧侶がそれをそのままテーブルの上に盛り付ける。


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