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3-13.

「これは、また面白いミニチュアですね。エフェメラルアーキテクチャでしたっけ?」

「エフェメラルであることは確かなのですが、これはグラビティ・グルーというジャンルですね。側から見ればお遊びにも見えるかもしれません」


 そこにあるのは、単なる石だった。一つではない、さまざまな形の石が窪みや出っ張りをうまい具合に一段一段重ね合わせて積み重ねられている。そして、それはファリルの背の高さよりもうず高く積み上げられていた。


「これは、接着剤や支持棒のようなものは使ってないんですよね」

「ええ。重力が接着剤のようなものですね」

「クリスさんが時折作るこういうものって、お祖父様はご覧になるものなんですか」

「ご覧になられますよ。彼の方は、過去から今に至るまでずっと遊び心をお持ちですからね」

「今月のテーマは石積み? ですか」


 なんの変哲もなくただ、絶妙なバランスで積まれている石は芸術なのかと聞かれたら、そうであるともそうではないともどちらと言えるのかファリルにはわからなかった。


「ええ。ヒト種は、その存在を確立させた頃から、あるいは発祥の時から石を積んできました。存在の証明ですよね。わたしたちはたしかにここにいたのだと、存在の証明を世界に刻み込む。ささやかな抵抗。広大で寂寞としていて、時々は優しい世界へのちっぽけな対抗手段ですから」


 ファリルのような反応を示されるのは織り込み済みだとでもいうように、滑らかに石積みの説明をクリスはしてくれる。


「そういえば、目印や方向を指し示す上で、文字や絵よりも遥か昔から、石をヒトは積んできたんですよね」


 ファリルはクリスの話に触発されて自分の知識の奥底に眠る何かが引き出される感覚を覚え、それをそのまま言葉にする。

 ファリルにとって、不思議な人というのがこのクリスという建築家だった。かつてあった『マスグレイヴの式辞』において、彼女もハインドホープのささやかな共犯者の一人だった。屋敷の主人の前ですら、この女性は自然体で無駄な力が入らない佇まいから、どこか懐かしい気持ちにさせる言葉を紡ぎ出す。


「ええ。ファリルさんのおっしゃった通りです。過去の大雨が山から谷へ運び、それが今こうして都市の中庭にある。ここまでに数千年、もしかしたら数万年の時を経たのかもしれません。自然にはまだまだ限りある生命のヒト種や長命種などでも解けぬ多くの未知が残されています」

「僕はそういう話を多く知りたいから、歴史を書き記そうとしているのかもしれません」


 紡がれた歴史は未知を既知に変えてきたことの証左でもあるとファリルは思う。遥かかつて、洞窟の中で原始的な火を使い暮らしていた時代から、石、銅、鉄とどんどんと道具の材質を向上させ、様々な道具を洗練させてここまで人類は来ている。その中で様々なことを既知に変えてきたのだ。


 太古の時代は、より世界は恐ろしかったかもしれない。けれど、それを既知に変えてきたから今、その人類の末の一人としてファリルがいる。


「余分なお話かもしれないですけどね、こういうお話は得てして図録などに収録されると端折られてしまいますから」


 クリスが時折、話す余分なお話を聞くと、歴史の中に埋もれた化石や木々、あるいは寄せてはかえす波打ち際をなぜだかファリルは想起する。彼女の声が素材への真摯な眼差しを載せて伝わるからかもしれないと密かに思っていたりもする。


「クリスさんの話は、いつも興味深く聞いていますよ。端折られるようなものの中に、大事な話ってあったりしますから」

「ありがとうございます」

「それにしても、この石は随分黒みがかっていますね」


 黒い石は土台部分と、中層部分にそれぞれ使われていたため、レミリアが遠巻きに石積みを眺めつつそれらを手で指しながら、クリスに質問を投げかける。


「ええ。おぼろ谷のあたりは、例えば黒みがかった窪みが河の底にあるのです。ながされてきた石がコロコロと川底を転がされてできた窪みですね。こうしたところでは比重の重い鉄などを含めた石が取れる。天気が荒れた翌日などは、谷童たちが、石を拾いに深き巨大湖に注ぐ川縁に集まりますよ。雨で崖崩れなんかが起きると、埋もれていた珍しい石が上流から流されてきていることも多いですからね」

「それではこれらも鉄が含まれているものですか」


 ファリルは興味をそそられた。


「ええ。ただ、土台部分のものと、間に挟んであるものは成分が異なります。土台のものは海底火山の溶岩が冷えて固まったものですね。一方で間のものはガラスにもなる成分を含んでいます。元は火山灰や軽石だったものたちですよ。もちろん長い年月がそれを石に変えたのですが」


 クリスはファリルの問いに対して、丁寧な説明をしてくれる。


「カニンガムの家でも使われているんですか?」

「ええ。カニンガムのお屋敷だけでなく、街でも加工しやすく耐火性にも優れたこの石材は重宝されていますよ。例えば、敷石や道祖神に加工されたり、耐火性という性質を利用して蔵に使われたりと多様な使われ方をします。ちなみにそれ以外の積んである石は花崗岩ですね。沖合の島で多く取れますよ」

「こういう石って、どこかから切り出すんですよね」何かの予感を感じて、ファリルは出所を尋ねる。

「ダルマティア沖合にある島に、帝国有数とも謳われた石切場があるんですよ」

「そんな島ありましたっけ?」

「ビシェーボ島という島ですね」

「クリスさん。ありがとうございます。僕たち、ちょっと用事を思い出したのでこれで失礼します」


 目を丸くして驚いているクリスに頭を下げて、レミリアを促して本邸の書庫へと向かう。

 道すがら、手短にレミリアに必要なこと、これからやるべきことをファリルは話す。


「レミリア、図書室で手分けして地図を探そう。僕は、断絶前の地図を探すから、レミリアは今年出版されている地図を持ってきてくれないかな」

「少々お待ちください」


 レミリアと手分けをして地図を探す。

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