3-10.
「あなたの経営するいくつかの会社はすでにダルマティア地方で知らぬもの等いないほどの企業に成長している筈です。そこまで、備える必要があるのですか?」
「ダルマティアのリソース管理について、お前は考えたことがあるか?」
「リソース管理ですか?」眼前の祖父から問いかけられたことの表面的な意味も、そこに含まれた含意も読み取れぬまま困惑顔でファリルは問われたことを繰り返す。
「とある製造機械の部品点数は十数万点にわたる。障壁制約により、小規模な製造工場も多く、使用部品も製造時期によって異なっている。ダルマティア地方では一つの工場の一つの機械が故障した程度ではさすがに土台は揺るがぬ程度の冗長性は確保できている。だが、それが複数重なった場合、経済に影響を及ぼしうる程度には脆弱なのだ」
帝国からの特使と見られる長命種がダルマティアにいるにも関わらず、障壁制約という言葉を祖父が使ったという意味は大きいと密かに思いながら、ファリルは話を一言も聞き漏らさないよう集中した。
「その為の分析であり、その為の会社だということですか」
「そうだ」
ファリルは以前から、気になることがあった。それは家族史を作った時にも思ったことであり、ファリルの思考の癖の一つでもある物事の始まり方と終わり方を考えた時に生じる疑問だった。
「前から疑問に思っていました。何故お爺様はダルマティアに?」
「必要があったからだ。理由はいずれわかる時も来るだろう」
「必要、ですか」
「不服か?」
表情ひとつ変えずに、ハインドホープは有無を言わせぬ言葉を返す。
「いえ、ただお祖父様は様々な手を入念な事前準備の上で打たれています。先程のお話もです。それはいつから考えておられたのですか?」
「断絶の時からだ。ダルマティアにそれが必要だと判断した。だから為した。むろん、私だけの力ではないが」
この話題でファリルの話に付き合ってくれる程度には、ハインドホープにとって必要なことらしい。ファリルはそう判断し、もう少し踏み込んだ話を切り出す。
「森番のチェイス老にも断絶からすぐに接触していたと話を聞きました」
「あれは、森番という役職はそもそも森林、鉱山の有力な技術集団なのだ。障壁制約による閉鎖空間内でのリソース管理をしていく上で欠くべからざるものだ」
「一般的な、家庭用の工業製品も手掛けておられるのはリソース管理の一環ですか?」
重工業ならばわかる。けれどカニンガムは多くの事業を営んでいた。ファリルはその意図を問う。
「社は創設以来継続的に、市参事会や地方府と協力関係を築いて地理的変数、人口統計学的変数、心理的変数を収集している。人口密度、気候、民族分布、ライフサイクルステージ、社会階級から時には性格まで。それらの公的指標と社の販売代理店を通じて収集する家庭用製品の利用シーンや頻度を含めた行動変数を用いて社の顧客に対する理解の促進を図っている。通常導き出しているのは、家庭用機械の購買意欲の高まるタイミング、ライフサイクルステージによる購買行動の変化などだ」
淡々と、淡々と何かを読み上げるようにハインドホープは語る。
「それもすべてはダルマティア地方でのリソース管理に繋がるのですか?」
「水と空気でさえ、有限なのだ。ヒト種に扱いきれないほどにあるのだとしても。況や、鉱物植物資源はどうか。無尽蔵な開発と生産は、土壌の汚染や地盤の沈下、塩害、土砂災害などを誘発しうる。それらの対策を行政を通じて、対応するにはダルマティア地方は狭くはない」
ハインドホープの言葉に宿るのはこの地で一大企業群を率いる男の覚悟のようなものだとファリルは感じる。だから、ファリルはより踏み込む決意をした。
「だから、あなたは企業を作った。しかし、重工業においてはマザーマシンが必要であるともかつてあなたに教わりました。機械を作る為の機械という戦略物資がなぜ、当時辺境地であったこの土地にあったのですか。これは僕の仮説ですが、あなたは半ば断絶を予想していたのでは?」
「ファリル、お前が発言していることは予測なのか、あるいは要約なのかを理解しなければならない。要約の場合、算出された結果のみでは示唆を出すことが難しい。だから、結果を読み解く作業が必要なのだ」
ハインドホープの声に勢いが増す。正しい踏み込みだったと判断し、ファリルはより話し合いに集中した。
「僕の読み解き方が誤っているということですか?」
「要因から結果を予測する行いは正しい」ファリルの問いには直接答えず、ハインドホープは薄く笑みを浮かべて別の話を続ける。
「仮に私が断絶を知っていたとしたら、どのような可能性が導き出せる?」
試すような質問は、ハインドホープとの会話では日常茶飯事だった。そして、ファリルはこうした質問が出る時、祖父の興が載っているタイミングだと知っている。そして、その兆候その日の話の本題に近しいことを意味する。
「そうですね……。断絶は予測可能なものだった。そして、マザーマシンほどの機材をダルマティア地方に本土から投射できる政治的権限と、資金を持った存在、あるいは組織が関与している」
マザーマシンと呼ばれる工作機械そのものを制作できる大型機械は、政治的な兼ね合いから帝国の中でも遠隔地や外国への販売は禁じられていた。
ダルマティア地方は帝国に帰属してはいるが、陸路が利用できず、海路でも遠大な距離があることを鑑みれば安全保障の兼ね合いから生半に許諾を得られるとは考えにくいとファリルは思考を進め、ハインドホープに回答する。
「その存在の可能性があるのは?」
「あなたが海軍の軍人であったことを鑑みると、海軍工廠経由で手配が可能です。そうなれば、海軍卿かあるいは高位帝室に関わる方、それから通産省の長官でしょうか」
「妥当なところだろう」
ハインドホープの妥当なところだろうという言葉は、一般的にはよくできましたと言われる部類のものだとファリルは知っている。だから、もう少しだけ踏み込んでみた。
「答えは教えていただけないのですか」
「お前はまだ学生だが、だからこそ答えの探求は自らの手で為すべきだ」
「手厳しいですね」
「ある状況に適応しすぎ、学習階層を深くしすぎたモデルは、結局汎用的な性能が下がる。過学習ともいう。お前は私のやり方に染まりきってはならない。また、その必要もない」
それからしばしの沈黙をさしはさんで、ハインドホープがデスクの装置を操作した。すると、壁の一角に飾られていた肖像画などの装飾品が左右の端へ移動していく。




