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3-9. 屋敷にて統計解析

 滑らかに磨かれた黒檀のテーブルは自由席であり、各人の手前には木のプレートが置かれている。各人が座った席のプレート上に料理がサーブされるのがカニンガム家のランチの流儀だった。


「食事が終わったら旦那様がファリル様には書斎に来るようにとことづかっております」

「わかりました。この後すぐに、行きます」


 ファリルにとって、祖父からの呼び出しは半ば予想できたことではあった。月の最後の七曜日の昼は、ほとんどの場合呼び出されるからだ。


 ハインドホープの書斎は屋敷の奥の別棟にある。ダイニングのある本棟からはアーチ型の屋根とリズミカルに配置された踏み石の道を歩んで中庭に出てからアプローチすることになる。

 驟雨に紛れ、雨風に踊る草木と、ごく僅かに聞こえる虫の音のさざめきの中でも曇天が為か、テラスに明かりが灯っている様子が伺えた。


 ハインドホープは今日はテラスではなく奥の書斎のエリアでくつろいでいた。テラスに灯が灯っていたことを鑑みると、誰か客人が直前まで訪れていたのかもしれない。別邸へは本邸からのアプローチ以外でも直接通じる道もあった。秘密裏の客人を迎えることもあるのだと、ヘンリーが以前教えてくれた。


「ファリルが参りました」

「ああ。座りなさい」


 促されて、ファリルはハインドホープと向かい合わせになっている椅子に腰掛ける。


「本日のご用件はなんでしょうか」

「お前に少し、見せておきたいものがある。いよいよ、お前も二ヶ月後には、高等学院の最終学年だ。家のことで知っておくべきこともある」


 淡々と告げるハインドホープにファリルはお言葉ですがと言葉を返す。


「ですが、僕はまだ問いかけを解いていません」

「ラジオの問いか」

「はい」

「『へびつかい座ホットライン』は、今も聞いているのか」

「お祖父様から教わって以来、欠かさず」

「そうか。ならばいい」


 ハインドホープの話し方の癖だった。ならばいい、というのはそれで問題がない。次の話題に行こうという意味であるとファリルは理解していたが、それでもその言葉を使われる時、何故それでいいのか、意図が理解できないことが大半だった。

 持っている情報の格差は、想像以上に大きいのだと、こういう場で感じさせられる。ハインドホープの言葉は、多くの場合に意味があることだからだ。それはファリルが家族として過ごしてきた十七年間でひしひしと感じている。


 ハインドホープは前提として、あまり無駄な話をしない。だから、彼がそれを話すことには何かしらの意味がある。レミリアはハインドホープと話す時、緊張するというが、ファリルが感じるのは悔しさだった。シャーロットなどはハインドホープとはわからないものはわからないと割り切って話しているということも聞いている一方で、壁打ち相手として非常にユニークで面白い人よという父親への台詞としてはあまり聞いたことのない表現をしている。


 シャーロット曰く、ハインドホープは話を聞く時は、こちらが必要な情報を必要な量話せば、適切な助言をくれるのだという。一方で、不十分な情報や不正確な情報を話して相談すると自分がわからないことがまず何かを知れと呆れられるのだという。

 それは分かる話ですとファリルがかつてシャーロットに返した際は、シャーロットはファリルはお祖父様に似ていると苦笑しながら返したものだった。


 かつてのファリルにとって、家族が興味の対象だった。幼年学校時代、すでにファリルの父母は去っていた。そして一年に一度だけ、ファリルの無事の成長を願う手紙が届く。幼年学校の頃には、自分の家はそういうものなのだと子供心に理解して、次に家族史を作りたいと思ったのだ。作るにつれ家族から歴史へと、関心の対象は広がった。

 物思いに耽っていると、ハインドホープが立ち上がり、ヘンリーから杖を受け取って部屋の隅へ移動するところだった。


「お祖父様、どちらに?」

「ファリルぼっちゃま、このままハインドホープ様の後をついていってくださいませ」

 ヘンリーが頭を下げながら言った言葉に従い、そのままハインドホープの後をついていく。書斎の部屋の一角の書棚だと思っていた部分が左に開き、階下への階段が出来ていた。

 ハインドホープの後をついて階下に降りる。どこかひんやりとした空気が流れ、あちらこちらから何か聞いたことのない音がする空間だった。そこは十メートル四方の空間で、まだ奥もあるようだった。


 ハインドホープは、見覚えのある家人数名が壁際のモニターに向かう中、中央の椅子に座る。


「この部屋は、カニンガムの心臓の一つだ」

「何故、僕をここへ」

「その必要を覚えたからだ」


 チェイス老が何か祖父に伝えてくれた影響なのだろうかとファリルはタイミングを鑑みて思う。だから、カマをかけてみることにした。


「異邦人の事件について、お祖父様はご存知なのですね」

「知っているとも言えるし、知らないとも言える。事件とはなんだ? エルフィルが浜で死んだ件か、あるいはドワルフェンが森で死んだ件か、あるいはそのものたちがなぜ、どうしてダルマティアにいたのかという件か。事象の切り取り方で見え方は変わりうる」


 ファリルの問いに対し、特に興味もなさそうにハインドホープは答える。


「いずれの件も、お祖父様はご存知のようですね。アドバイスをいただけるのですか?」

「少し、お前にカニンガムについての講義をしようと思った。それをどうとるかはそれこそファリル、お前次第だ」


 そう前置きをして、ハインドホープは話し出す。


「エーテル駆動機械は、定期的なメンテナンスが必要だ。ダルマティア地方は閉ざされた市場である以上、市場のパイは限られている。だから、要因から結果を予測し備える必要がある。域内最大の社として残していくためにだ」


 明かりがつき、そちらをファリルが見やると壁一面にモニタが敷き詰められていた。そこに樹形の図表が表示され、注釈が表示されている。


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