3-8.
何ゲームかのあと、休憩している間にまたポツポツと話す。
「うちがなんだかんだで後発ながら、物流トップの一角に躍り出ることができたのはダルマティア郵便の買収が成功したからね。ダルマティア地方はかなり広いから、物流企業の一角が破綻したら大きな影響が発生する。基本的に各村は自給自足あるいは、近隣地との細々とした商いで自足していたけれど、郵便と物流網の発達で断絶前後にはキャンパス市みたいな都市部は周辺農村や遠方からの食糧物資を贖って都市生活を回していたからね」
つらつらと話すシャーロットの言葉はどこかローザの話ともつながるように思えた。
「自給自足というのはお題目だったみたいな話を市長もしていましたね」
「そうね。その混乱に乗じて今の物流企業たちはのし上がってきた。カニンガムロジスティクス、オーシャンアライアンスの二巨塔と、第三極としてのキャンパスコープ陣営もいるの」
覚えたのある話にファリルは頷く。
「夏祭りでカッティと話していた企業ですよね」
「ええ、カガワガンジー卿ね。ちなみに、ファリルはTEUってわかるかしら」
「輸送単位ですよね」
逆にいえば、ファリルはそれくらいしかわからなかった。
「帝国基準単位におけるサイズが統一されたコンテナ一個あたりの輸送力をTEUと呼ぶのよ。ダルマティアに三〇〇〇台かそこらしかないエーテル駆動車の九割五分がトラックよ。そして、争奪戦が今も行われている」
「そういう意味ではかなりの産業にカニンガムの家って介入しているんですね。投資や買収の計画を立てているのはお祖父様とヘンリーですよね」
それは拙い家族史、ファリルが最もはじめに書いた歴史書の類を書く中でも見聞きした話だった。
「ヘンリーは執事でありつつ、カニンガム家の事業では大番頭でもあるからね。でも結構大変だったらしいわよ。カニンガム郵便の買収。最初はカーブアウト案件になるんじゃないかって話もあったらしいのよ」
「カーブアウト案件、ですか?」
「カニンガム郵便の一部の事業だけの買収ってことね。普通はその部署だけが独立して事業を行ったほうが価値が高まると考えられる場合が多いんだけどね。カニンガム郵政は巨大戦艦と呼ばれるくらいには大きかったのよ。ダルマティアの非農業漁業部門、要は一次産業以外に従事する人の一〇パーセント強が勤めていたらしいから」
「郵便事業だけですよね。そんなにですか」ファリルは何万人とも言える人数に驚きの声を上げる。
「そんなになのよ。まあ営業機能を担う集荷部門、その後のアフターケアまで行うマーケティング部門。ここ二つがお客様とのフロントラインに位置するし、機材の購入修理を担当する部署、物流路線別に採算管理をする部署、倉庫保管関係の部署、それから動態・運航管理の部署、他企業と物流路線毎の提携や物流倉庫の一部融通を行う折衝部署なんてものに、それだけの人員を支える経理やら総務もあるから膨れ上がるわよね」
ただ、内訳を聞くとそれくらいにもなるかなと言えるほどに裾野は広いように感じられた。
「それは、話を聞いているだけでも目が回るくらいには大規模ですね」
「お祖父様とヘンリーが言い放ったらしいわ。物資コンテナの近海輸送と陸上輸送を含めた物流事業は巨大な装置産業であり、お祖父様のカニンガムヘヴィインダストリーのエーテル駆動機械がなければ、立ち行かない。であれば、同じ企業グループに属するべきだと」
「人質ならぬ物質みたいな論法ですね」
ファリルは苦笑した。
「まあ、そうね。買い付け競争に勝利したカニンガムの家に対して、中にはコストセンター、お荷物部署まで抱え込んだなんてことを口さがない連中に言われることもあるけれど、各部署が当意即妙に連携して仕事をしないとどこかで破綻するのよ。それに、カニンガムのお家の事業体の中で一番うちが雇用を生み出してもいるからね。どれだけ経済貢献してるんだって話よ」
プリプリと怒りながら、休憩を終えて再開するわよとシャーロットは立ち上がりラケットを構える。ファリルもそれに続いて、構えた。
「ちなみに、なんだかんだで買収が成功してね。ヘンリーがトップについて、まず初めにやったのが電話回線の全営業所、支社への導入だったわね。黒電話とテレックスね」
シャーロットがサーブし、すぐ壁に当たってバウンドしたボールがファリルのところへくる。それをシャーロットが打ちやすそうな場所へ打ち返しながら応じる。
「テレックスって、数百文字のメッセージを送れるんでしたっけ」
何回かラリーが続きながら、お互いに息を切らしつつ話は続いたものの、足がおぼつかなくなって再び二人ともコートの中に座り込む。
ふうという声と共に、気づけばシャーロット負けたファリルも大の字に寝転がっていた。
「ええ。電話回線が繋がっていればね。大断絶の前時代に帝国の公的資本が投入されてダルマティアの諸島郡の島全部へ海底ケーブル引っ張ったらしいから、実はリエカとかおぼろ谷以外も、キャンパス周辺の島々までは繋がっているのよね。あれは、正直助かったと思ったのじゃないかしらね。流石のヘンリーも」
「ヘンリーの信条は、報連相をしっかりと凡事徹底経営ですからね」
基礎をしっかりと徹底することを求めるヘンリーは、ファリルにはやや甘いものの基本は手厳しい。
「そうそう。特に最近は多島海の開発が進んでいるからか、諸島郡からキャンパス市への電話とか郵便も増えているのよね」
「輸送も大変ですよね。島からだと」
「そうね、でも近海コンテナ輸送とそこから繋がる物流網は、ダルマティアの血流でもあるのよ。重要性は一言では言い尽くせないのはわかるでしょ?だから、補助金も地方府からついてるし、それ故に政治とは無関係ではあり得ないってサイクルよね」
「大変ですね」
真の意味でそれを実現する労苦はファリルにはわからないものの、シャーロットの勢いに気押されて頷いた。
「そうよ、もうヘンリーが腕利きの幹部たちを残してくれてなかったら、詰んでたわね」
それからどちらからも発話せず、無言の時間がしばらく続いた。
「ファリルちゃん、なにか悩んでる顔してる」
気づけば、シャーロットが座る状態に戻っており、ラケットに両手と顎で寄りかかりながら、指摘をしてくる。
「わかりますか」
「わかりますとも。何年、あなたの母親がわりをしてきたことか」
「悩んでいたことは悩んでいたんですけど。方向性は見えているんです。あとは足りないパーツがあれば、それは組み上がる」
「ある瞬間のショットは、正確に計算された軌道を描いて届くべきところへ届く。ボールの軌道とヒトの軌道がある瞬間を切り取れば、一になる。そんな見事な軌道を描くのなんて、ひとつの試合で一回あるか、ないか。再現性はないのよね。けれど何千何万通りの可能性の中で試合という限られた試行の中でさえ、それをヒトは引き寄せることが出来る。もちろん、事前に積んだ多くの修練の賜物だとは思うけど。仕事も同じよ。私は間違え続ける。私が間違えないのは、そこで終わらせず、試行を続けることだけね。お父様からは筋が悪いと言われるけど。だから何度も試行すればいいのよ」
ハインドホープは実の娘にも厳しいらしい。それはあの人らしいとファリルは思う。
「シャーロット伯母さんらしいですね」
「こういう時くらい、お母さんて呼んでくれてもいいんじゃない」
シャーロットは冗談めかした表情でいうが、声は本気だった。
「記憶にはあんまり残っていないんですけど、手触りみたいな感触は自分の中にまだある気がしていて、シャーロット伯母さんは確かに母親のような人なんですけど、母と呼んでしまったら、僅かに残る温もりも薄れてしまうような気がして」
「そう、まあいいわ」
どこか寂しそうにシャーロットは微笑みながらファリルに向けて言った。




