3-7. ダルマティアの物の流れ
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久しぶりにファリルはシャーロットと壁打ち球技をする約束をしていた。
週末シャーロットたちがやってきて、レミリアの一〇歳離れた弟にシャーロットが絵本を読み聞かせ、メイドに引き渡して、メイドが寝かしつけを始めるのを待ってファリルは話しかける。
「シャーロット伯母さん」
「色々話したそうな顔ね。コートにいきながら話しましょ」
本邸から数百メートル離れた場所にコートがある。そこへの道すがら、ファリルは聞いておきたかったことを質した。
気になっていたのは、カニンガムの家と市長との関係性だ。ヘンリーやパトリシアならば、シャーロットと同レベルの情報を見知っている可能性が高いが、二人にとっての主人であるハインドホープの意向次第では口をつぐむ可能性もある。その点、シャーロットはファリルの実の母親のように何くれと世話を焼いてくれた。
「市長と仲がいいかって? そりゃいい取引相手でしょ」
「取引相手ですか」
意外なと、いえば意外で、市長の言葉に即しているといえば促している関係の表現だとファリルは思う。
「村ひとつの主要な生産活動というのは、農家や農産物や地域特産品を生産する企業、旅籠やホテル、飲食店、各種サービス業から構成されるわ。これは分かるわよね」
「はい。近年はいろんな特産品や名物料理ができて、保存の効く物はどんどん商業ベースにのって、伯母さんの物流網で流れているということも」
ファリルは、シャーロットの言葉に頷いて答える。
「そうね。要となる農家は、品質を上げたり、生産物の差別化をしたりしているのよね。農作業に拘らない新たなサービス開発とかね。農家がやる旅籠はアグリトゥリズモともいうらしいけどね。地域開発とか鉄道関係はヘンリーがまだ統制しているから、興味があれば聞くといいわね」
この人にはこういうところが叶わないと、ファリルは思う。華やかな見た目に反して、シャーロットは勤勉で努力家なのだ。ファリル以上に。
「市長が特産物の奨励政策を推し進めることで、結果的に物流も恩恵を受けているということですよね」
「間にいくつか因果関係は挟まるけど、その理解でいいわよ。ただ、昔は地産地消がせいぜいだったでしょ。そこから近隣の都市間や農村間なんかのショート・サプライチェーンが段々と発展して、さらには元々は痛みやすかった商品を低温保存で運べたりするようになる温度帯別のサプライチェーンをうちを筆頭に強化している段階ね。だから、相互に恩恵を与え合うって表現の方が素敵よね」
ファリルの幼少期に比べて、街の商店に並ぶ品数は大いに増えたという実感はあった。
「確かにここまで子供の頃は街中にグルメがなかったような」
「うちや競業他社のお陰よ。私が子供の頃にはいた栄養不足気味の子とかも見なくなったしね。ああいうのは見るのが辛いのよね」
「ある地点から別の地点へ運ぶって大変ですよね。伯母さんの会社の手伝いをし始めて、ひしひしと感じました」
ファリルが元々手伝い始めたのは、ハインドホープの勧めもあったが、一重には様々な切手を見たかったからだ。切手は『小さな美術館』とも呼ばれるほど国家や地域の歴史・芸術・文化など多様な情報を含んでいる。ファリルは時折見られる断絶以前のダルマティア外から入ってきた切手を見るのが好きだった。
かつて帝国も加盟しており、今も加盟しているであろう万国郵便連合における標語は『手紙は世界をひとつに結ぶ』であり、それがファリルが手伝いを決めた決め手でもあった。
「まさに社会の公器よね。うちは郵政、物流、資源の三本柱でやってるからタリフ表も複雑になるけれどね。あの市長の肝入りがキャンパス市運輸局と農政局だから毎回タリフ交渉――運賃表の改訂交渉はタフになるわ。税で結構なお金を貢いでるのに、手加減してくれないのよね、全く」
シャーロットは理念を大事にしつつ、現実と戦っているようだった。うんざりとした表情でつぶやく。
「伯母さんでも手こずるんですね」
「そうね。汚い言葉を使うとやり手婆だわ」
「市長がご機嫌だった意味が理解出来てきました」
ファリルは苦笑いをしながら、シャーロットに応じる。
「島に呼ばれてご飯だけ食べて帰ってきたってやつかしら。レミリアちゃんからも聞いたけど、市長は何がしたかったのかしらね」
「後から考えると、誰かに釘を刺したかったのかもと思ったんです。その筆頭はうちなのかなって」
ローザの発言を聞いてから、それはずっと考えていたことだった。レミリアにも話していないことを打ち明ける。
「なるほどね。うちはヘニッジちゃんを参事会に送り込んでいるから、カニンガムに不利なことになる兆候があれば、ロビー活動でも何でもするわよ」
シャーロットは、ファリルのことも以前はちゃん付で読んでいたのだが、ファリルが一生懸命やめてほしいと頼み込んでようやく呼び捨てになった経緯がある。
「今はいくつか大きなプロジェクトも動かしているし、あんまり変な動きはされたくないのよね」
「市長がそういえば、伯母さんが山家の方で案件を動かしていると言っていましたね」
「ああ、それもあるわね。結局、これからは観光の時代よ。エノガストロミア、マウンテン、ビーチの各ツーリズムなんかがこれから盛り上がり始めるだろうって、お父様のチームからは分析レポートが来ているわね」
「観光ですか」
これ以上にまた事業を多角化するのかと思い、ファリルは驚いて聞き返す。
「ええ。美味しいものを他の土地から取り寄せられるようになったとはいえ、お取り寄せだけじゃつまらないでしょ」シャーロットはすまし顔で肯定した。
「確かに現地に足をはこぶのは面白いです」
いつの間にか更衣室までたどり着いていた。
「じゃあ、着替えてから一面コートで待っていて」
「はい」
そそくさと着替えた後、一面コートに入る。シャーロットとペアになってやろうとしているのは、壁当てという球技だった。ラケットをもち、壁に当ててワンバウンドまでの間にラケットで捕球してまた壁に打ち返す。




