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3-5.

「貴重なお話、ありがとうございました!」

「こちらこそ。今度、機会があればファリルと一緒に遊びに来なさいな」

「ぜひ伺わせていただきます」


 シャーロットを見送り、チェイスとアリシア、カッティとファリルという四人組が残されなんともいえない沈黙が立ち込める中、カッティが口火を切った。


「そういえば、爺様を森や山以外で見かけるのは珍しいな」

「こういう場でしか食べれないもんが、嬢ちゃん同様に好きでな」チェイスは今も懸命に口をもぐもぐと動かしているアリシアを一瞥して朗らかに笑う。

「そういえば、この縁日ってダルマティア地方特有なんですよね」ファリルもつられてアリシアの方をみて相変わらずな人だと思う。それから、この地域の歴史に詳しいというチェイスから面白い話が聞けないかと考えて話題を振る。


「これは普門院が場所貸しして始めた催しだからな。断絶して少し経ってからだから、まだ数十年というところだろう。比較的新しくはある」

「普門院て、帝国で普及してた中央宗教の分派みたいなもんですよね。割と全土でやってるのかなって思ってました」カッティも興味が出たのか、焼き物をアリシアから一つ分けてもらいながら話の輪に再び加わる。


「多少似たような部分はあるが、食べ物なんかが出るほどではないな」

「本土だとどういうことをするんですか?」


 ファリルは本土の文化の話ということで、興味を惹かれた。


「海に面していない国土の方が多いからな。身近な水の神様、基本的には川の女神に日々の恵みの感謝とあるいは謝罪を込めて水辺に生える草木を編んで舟形にして流すんだ」


 普門院のように、より密接に生活の中に根付いた文化のようなものとは違うあり方にチェイスの話をファリルはより集中して聞く。


「ダルマティアの行事はそうなるとだいぶ変形しているものなんですね」

「ああ。ここのは基本は鎮魂の儀式みたいなものだからな。海渡りの感覚だと分かりづらいかもしれんが、川の行き着く先は冥府であるという土着信仰みたいなもんもある。だからこの土地を血と汗をもって開拓した先祖に、今日この日も無事に過ごせていますという感謝と、それから寂しくないように新たにその年死んだものの名や形代を乗せた台座に灯りをつけて流すんだ」


「うちも普通にそういう形でやってるな」カッティが同意する。


「ダルマティアの宗教基盤は特異でな。帝国本土では政教分離が進んでいるが、ここでは遅々として進まなんだ。まあ逆にここに根付いている普門院はダルマティアの土着信仰と緩やかに融合し、より穏健的なものになっている。善行を積み、悪徳を戒め、先祖を供養する中央宗教世俗派とでもいうものだしな。特に貧者救済あたりに最近は力を入れていてな。薬草院と救貧院の運営はここら一帯の治安と衛生面の向上に役立っとるよ」


 しみじみと語るチェイスの言葉に、どこか納得がいかないという表情でカッティが混ぜっ返す。


「救貧院て言っても、仕事はそこらにあると思いますけどね。婆様がかなり努力しているはずだ。森の爺様は、森にいるからあんまり知らないかもしれないですけど」


 カッティは、祖母の仕事を否定されたようにも思ったのだろうとファリルは思う。けれど、そんな子供じみたカッティの態度に鷹揚にチェイスは応じる。


「市長の孫っ子は昔を知らんからな」

「大断絶の混乱てやつですか」


 昔という言葉に反応して、ファリルはつぶやいた。チェイスは少し遠い目をして頷く。


「ああ。大断絶以後、特に海渡りたちの栄枯盛衰っぷりはかなりのものだった。居残りの旧軍人の中でも上級士官たちは様々な知識と組織立って人を動かす能力、思考の視座によって様々な場所で立場、地位、資産を得ていった。だがな、士官たちの直接の子飼いや目端が利いて声をかけてもらったものたち以外の兵卒や、客船の一般乗客たちは本土の資産と切り離されたらただの人だった」

「確か、スピカに移住したって習いましたが。ダルマティア地方政府としても住居やら最低限の資金援助を行った筈です」


 ファリルは今の話の中で疑問に思ったことを、素直にチェイスにぶつけてみる。


「移住までは金も資材も出したが、あとは自分たちで生きてもらわにゃならんさ。それで技能があるものたちはそれでもそこそこの地位や資産を得たが、そのうちの半分まではいかなかったが残りは結局落ちぶれた。今や海渡りたちの中で高等学院に進む血族を出せているのは海渡り全体からすればいいところ三割程度だろう」

「落ちぶれたというその人たちは?」どうなったのかとチェイスに聞いても答えは返ってこないだろうと思いつつファリルは聞く。


 けれど、チェイスはその答えを知っているようだった。


「ここだ」

「ここってどういうことだい。爺様よ」カッティがファリルと同じ疑問を返す。

「特別な日を除けばダルマティア各地にある普門院や広場の数箇所で縁日と呼ばれる催しが行われとるだろ」

「これって、そんなに行われているんですね」意外な開催数に驚いてファリルは声を上げた。

「あちらこちらで開いとるな。簡易な賭け事や、季節の恵みである季節物や消え物を商い、山家という山脈沿いの集落に暮らしている者たちやかつての海渡りの旧軍人、落ちぶれた物見遊山の客の末などが商いを行う。それらの者たちから場所代を取り普門院は修繕費や薬草院などの出費を贖っている」


「なるほど」

「普門院は多くは眺望のきく高台に設置されて坂や階段でアプローチするというのが宗教的な建築パターンで、ダルマティア中どこも同じだ」

「確かにここもそうなっていますね」


 普門院の地理をイメージしてファリルは納得する。


「自然の高低差を利用して作られた低き側の門前には俗世と聖なる空間の隙間ができる。そこに参詣に至るものたちが集い、またそのものたちへの商いをするものも集まり、盛り場が生まれる。山や森は同じ場所であろうと、季節一つ、時刻一つ、天候一つ違えば異なる顔を見せるが、ここもそうだ。聖なる空間、名所空間、遊侠空間という三つの異なる顔を持つ」


 チェイスのそれは民俗学的な話でいて、歴史にもつながる興味深い話だった。


「断絶と、縁日が繋がるのは確かに面白い話だな。ファリルはこういうことを将来やりたいんだったか」

「そうだね。今聞いたお話は立派な郷土史だよ。このお話はどこかに出しても?」


 ダルマティア年鑑に類似の話がなかったら調査で裏付けして入れてもらおうということを考えながら、ファリルはチェイスに聞く。


「大した話じゃない。お前さんの好きにするといい」

「ありがとうございます。こんな風に手触りのある郷土史に触れられたのは久しぶりでした」


 意外な収穫を得られたとファリルは満足気になりながら、チェイスに頭を下げた。 


「どんな村にも都市にも、積み重ねられた生活があるからな。高等学院を出たらエリートになるんだろう。地下の者の生活も覚えておくといい」

「ファリルさんは郵便配達の手伝いをしてくれているんですよ。この前は、アミアータでも活躍でしたし」


 アリシアが横合いからフォローの手を差し伸べてくれる。それに対して、言葉少なにチェイスはつぶやいた。


「栗か」

「スイーツは残念ながら食べることができなかったですけど」しょんぼりとした表情でアリシアは肩を落とす。

「以前は単に栗の巨木を想起するだけだったその村は今じゃ、村周辺の豊かな植物層を発見できる遊歩道と、職人の作り出す特徴的な家具、甘く香ばしい栗の豊かなスイーツ、揚げた郷土料理の食欲をそそる香り、そして付近の普門院に栗にまつわる豊かな知識が収蔵されとる」

「詳しいのですね」


 アミアータにも意外に詳しいチェイスにファリルは素朴な感嘆の声を上げた。


「森番の若いのに、あの辺りの出身者がいてな」

「爺様の言葉で思い出したが、そういえば栗はダルマティア入植時に、普門院の開拓巡礼者が本土から持ってきたものだって昔、どこかで聞いたことがあるな」


 しばらく聞き役に回っていたカッティが話に再び加わってくる。


「確かに由来は僧侶たちが普門院の寺院に観賞用と食用を兼ねて植えていたものだ。アミアータの村の起源はキャンパスとおぼろ谷を結ぶ街道筋に自然発生的に生まれた旅籠村だったからな。これといった特産がなかった」

「しかも、その街道って難所が多いから、もっと西寄りの方に主街道移ってますよね」ファリルは頭の中にある知識と照らし合わせてチェイスの話に付け加える。

「ああ、確かにそうだよな。街道筋だっけって一瞬疑問に思っちゃったもんな」ファリルの言葉に頷いて、カッティも声を上げた。

「二人の言う通りだ。開拓してしばらくは使われていたが断絶後の再開発でそれほど間をおかずに街道筋は西にずれ込んで、アミアータ経由の道は裏街道になった。村を捨てるという選択肢もあったのかもしれんが、村人はそういう選択はしなかった」

「それで、特産物開発ですか」


 ファリルの中で、不意にローザの施策とアミアータとアリシアの食がつながる。


「ああ。だから村長が普門院に帰依する代わりに、栗の苗木の供与や、育成方法についての伝授を受けたのだろう。その後、栗は普門院にとって重要な救荒作物という位置付けのままであったが、アミアータの村にとっては生命線でありシンボル、アイデンティティにまで昇華した」

「歴史がつながっているんですね」アリシアが話をしている間、裏で屋台の食事を一通り食べて満足したのか感心したようにいう。

「まあそうだ。今じゃ栗と聞いて連想するのは、普門院ではなくアミアータだからな。カッティ、お前さんの婆様も若い頃はよくあの辺りで栗の菓子をたらふく食っていたそうだ」

「婆様、今でも好きだしな」


 カッティが納得したように頷く。

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