3-4. 夏祭り
ダルマティアの夏の始まりを告げる風物詩はいくつかのものがあり、山に関わるものは各地の普門院の広場にて行われる夏祭りを挙げ、海に関わるものは漁の解禁を祝して行われるアンチョビ祭りを挙げる。
気分転換にカッティから誘われたのは七月頭にある夏祭りの方だった。
キャンパス市にある普門院は東西南北それぞれにあり、東のものが一番規模が大きい。その分、人の出も非常に多く見込まれるので、一番こじんまりとした南の普門院の夏祭りを選んだ。
ファリルはカッティと現地で待ち合わせ、あたりをぶらつきながら遊戯や、食べ物の類の出店とそれを買う人々で賑わう様子を眺めながらそぞろ歩く。
「そういえば、ここの夏祭りに来たの初めてかも。意外とみんな似ているものなんだね」
南はファリルの家から遠く離れていることもあり、なかなか普段行く機会がなかった。北の普門院の祭りには長年行っていたため、夏祭りの勝手はわかっている。
しかし、意外とどこも似たような風景なのだなと、カッティに向けて言ったファリルの言葉に応じる声があった。
「この夏祭り。フィーエスタ・デ・エストレージャ、死者の日ともいうんですよ」
声のした方向を見ると郵便局で最近もペアを組んだアリシアと、少なくともファリルにとっては意外なことにシャーロットと森番のチェイスがいた。
「アリシアさん、もしかして取材か何かですか?」
「あ、分かっちゃいました? 次の号あたりでは普門院門前グルメを特集しようと思っていて、その辺に詳しいシャーロットさんと、昔の測量関係の縁でこの地域の歴史にも詳しいチェイスさんに来てもらったんです」
ごくわずかに利用されている青いエーテル灯と、赤い松明で照らし出されているアリシアの横顔は生き生きと輝いていた。
ダルマティア地方の夏祭りでは、普門院の境内、参道、門前町といった場所で三メートル四方の箱型の露店を出す。そこでは野菜や肉類、魚介や果物の焼き串や、綿菓子、揚げ物や慳貪蕎麦といった食物、それから簡易な遊戯などを楽しむことが出来た。
アリシアは早速いくつか持参の木皿に露店の食物を買い付けている。
「アリシアさん、それ食べ切れるんですか?」カッティがファリルが薄々思いつつも指摘できなかった点を口に出す。
「食べられますよ。もちろんです!」特に気にして様子もなく満面の笑みでアリシアは応じる。勢いよく頷いた影響か頭の低い位置で二つ結びにしていた髪が勢いよく跳ねた。
「そういえば、シャーロット伯母さんがこういう庶民的な場にいるのは珍しいですよね」
ファリルが幾分かラフな格好をしているシャーロットに話しかける。今日の彼女は風通しの良さそうな複雑な模様が編まれたワンピースドレスを着ていた。カニンガム邸の夕食では皆正装をして集まり、そうでない場合のプライベートでは上下に分かれた服を好んで着ているシャーロットにしては珍しい。
「あら、別に珍しくはないわよ。現場の視察も兼ねているしね、それにこういう屋台ものは好きなのよね」
そう言ってシャーロットは焼き串を食べている。口の紅に影響を与えないように食べている様子からファリルはシャーロットの言葉通り手慣れた風を感じた。
そこへ先程までアリシアと話しかけていたカッティが言葉を重ねてくる。
「シャーロットさんって、カニンガムロジスティックスのトップですよね。俺もヒトモノカネの流れは興味あります。屋台の穴場スポットも知ってるんで案内しましょうか?」
「面白いことを言うわね。あなたはどなた?」
楽しそうな口調で、シャーロットがカッティに問いかける。
「すみません。名乗り遅れました。カッティ・プリモシュテンです。婆様が地方府長官と市長を長年勤めています」
「あらそうなの。ファリルと仲良くしてくれてありがとうね」
「ここに来たのって敵情視察ですよね。やっぱりキャンパスコープは強いんですか?」
カッティは様子を伺うような口調でシャーロットに語りかける。子犬のようだと表現されるその様子が相手の、特に年上の女性の懐に入り込む上で役に立っているようだった。
カッティと共にいるとよくみるその懐への入り込み方だが、対するシャーロットはどう反応するかと様子をみるも笑顔のままだった。
「まあ大したお方よね。カガワガンジー・シュヴァイツァー卿」
「キャンパスコープ総帥にして、慈善事業家でもありますよね」
「ええ。帝国系以外の海渡りで最も成功したお方でまだまだ現役なのよね。この前のパーティも市長とお高いお酒をばかすか空けていたわ」
シャーロットに釣られて、カッティも苦笑いをする。ローザは酒豪だと勝手にファりるは思っているが、それと並ぶほどと聞くと苦笑よりも驚きが先にファリルの内心を満たした。
「うちも使ってますね。広場にいろんな荷物をとりにいかされますもん」
「あら、偉いわね。うちのレミリアにも見習ってほしいわ、あの子に任せるとボーイフレンド達がやるんだもの。ファリルは何回かうちに遊びに来ている時に手伝ってもらったわよね」
ライバル企業ではあるものの、シャーロットもキャンパスコープのユーザーだった。この辺り、いいものやサービスは使うという割り切った考え方のシャーロットらしいとファリルは思う。
「はい。確かに食料や飲料なんかを近くまで運んでくれるのはありがたいなとは思いましたね」
「あの方が率いるキャンパスコープは、断絶後の物価高騰、混乱を機に立ち上がった企業だけれど、共同購買という概念を用いてみんなでお金を出し合って新鮮かつ高品質な食材を安く買いましょう、それを週に一度あなたの街や村の広場に持ってくるのでみなさんでわいわい分けましょうという配送物流のラストワンマイルを美徳のもとに効率化した仕組みを運営しているのよ。こういう縁日の資材搬入も取り仕切ってるわ」
淀みなくスラスラと事業の来歴を語れるところを見ると、シャーロットとしてもかなり意識しているようだった。
「うちの婆様もよくできた仕組みだって言ってますね。広場っていう単位で三〇から五〇人くらいの隣近所の人間たちが集まって頼んだものを引き取りながら情報交換をするからおばちゃんネットワークの鮮度のいい情報も集まるし、荷物もそこへ届くから生活インフラのひとつになってるのが民政屋にはおあつらえ向きだって。それに屋台村も広場扱いしてくれるから祭りの手間が省けるって」
カッティはなんだかんだ言いつつも敬愛する祖母の言葉をよく覚えているようで、どこか微笑ましいなとファリルは密かに思った。
「あの方らしいわ。うちは個別訪問をする仕組みに投資し過ぎているからなかなかビジネスモデルとして切り替え難いし、悔しいけどいいセンスだと思うわ」
「シャーロット伯母さんのところで似たような事やらないのかなって思ってましたけど、やっぱり難しいんですね」
ファリルは前から思っていたことを聞いてみる。
「まあね。でもうちはうちで郵政事業もあるからね。大事なお手紙お届けしますよって。手紙ってプライベートなものだから誰それが誰それに流したという情報も守られるべきなのよ、広場はどこのお家がどれだけ買っているか他人にもわかってしまうでしょ。だから理念の違いみたいなものもあるのよね」
「確かに言われてみるとそうですね」
「トルデシリャスの作戦指示とかバレたら確かに嫌だしな」
「あら、カッティくんもやっているのね。うちのファリルもよ」
カッティの話に、やっぱり若い子たちの間で流行っているのねという風にシャーロットは興味深い眼差しを返す。
「俺はあんまり熱心なプレイヤー、航海者とやらじゃないですけどね。手伝っているバーでもちょくちょくやっている人がいるので、話題作りにやろうかなって。まあでも毎月毎月、カニンガム家が郵政事業の基盤を維持してくれているお陰で葉書がちゃんと届いて俺たちは航海の夜明けをプレイできるわけですね」
「おべっかは別にいいわよ。カニンガムは社会の公器たれってね。そろそろ私は行くわ。下の子に絵本を読んであげる約束をしているのよ」
シャーロットはそろそろ切り上げるようで、短時間で打ち解けたカッティはひょうきんな表情を浮かべ、その姿を見送る。




