3-2. トルデシリャス作戦
ファリルは語学好きなクラスメイトのエドワードと共に、一〇〇人程度は入ることのできる店内の中、中等学院生や高等学院生で溢れるカフェ『ロイズ』の扉を開いた。
丸テーブルだけの席も数多くあり、人数が多めできている若者や学生たちはそちらに流れているので端の方に寄せられているテーブルはまだ多少は空いているように見受けられた。
「流石にトルデシリャスのベル・デイだと盛況だな。これに企画段階で投資したファリの伯母さんは見る目があるよ」エドワードは苦笑しながら、人の隙間をすいすいと縫うように店の端の方にあるテーブルと席までファリルを先導して進む。
「この席を確保しておいてくれな。俺は飲み物を買ってくるから」
エドワードはコシのある黒髪と褐色肌が良く映えて後輩に人気のある男ではあるものの、本人は盤上遊戯と今は行くことすら叶わないかもしれない他国の語学研究に有り余る体力と時間を注ぎ込んでいるような青年だった。
「じゃあ、何かお茶を頼もうかな」
「わかった。じゃあ、待っててくれ」エドワードは、手をひらひらとさせてまた人混みをかき分けて消えていった。
数分して二人分の飲み物と油で白味魚を揚げた皿に付け合わせの芋がついた軽食を抱えて戻ってきたエドワードと共に改めて今期の【航海時代の幕開け】の進行についてのお互いの打ち手や、上位ランカーや環境動向についての意見交換を行う。
ちなみにゲームに参加したい場合は、期限までにキャンパス市にあるカフェ『ロイズ』の二階に所在があるロイズ出版に手紙で操作指示を届けるという手続きを踏む必要がある。
このゲームが若者たちを熱狂させたのはいくつか理由があった。カフェ『ロイズ』の建物の一階にはルーティンベルという鐘が設置されており、半月に一度締切から一週間経過した後の五曜日にはルーティンベルがかき鳴らされる。そこで、資産やその他の尺度で傑出した成果を出した上位一〇名の航海者たちについて、キャンパス市の有名劇団の団員により即興劇が上演される。それも、当代きっての名紀行文作家が書き下ろした脚本でなのだ。
その様子はラジオ放送され、翌朝の新聞にも掲載されるほか、雑誌の次号にはシナリオが掲載され、それぞれのライバルによる打ち手の研究や対抗策の模索が始まる。
自分自身の名を広くダルマティア地方に知らしめるという面では効果的でもあったし、新しい知的遊戯の一つとして高等学院の学生などは全生徒の半分弱が参加しているとも言われていた。
「学院の術科試験の上位者はやはり強いな。ファリはあんまり総合成績良くないけど、帝国史とか地誌なんかの特定科目なら首席とっとるしな」
「地誌に強くても、このゲームではなかなか勝てないよ。バランス調整が巧みというか、人間の意思が強く介在するからね」
歴史や昔話などを蒐集している関係上、色々と暦学や地誌も学んでいるファリルにとって、特産物や価格情報などは一定推測できる部分もあってか、有利にゲームを進行できているという手応えはあったが、運の要素やバランス調整要素もあり、トップスリーに入ったことはなかった。
「まあそうだな。ファリの今回の打ち手はどうだったんだ」
エドワードも二〇位以内の常連ではあるものの、手堅い作戦を好むためか、大きく勝つこともないため、ランカーになったことは少ない。
「今回は海賊の出現率が上がっているらしいムラカ海峡に、足の速い船団を組んで派遣したよ。天然ゴムや香料、染料あたりを最近品薄になっているらしい東方貿易に持っていって利益をあげようとしたんだけど、うまくハマっているかがポイントかな」
「東方貿易でこの時期だと、台風のエンカウント率もなかなか高いからな。俺は西のジャズィーラトで乳香、陶器、ガラス、絨毯なんかの加工品を帝国持ち込みで手堅く利幅を多く取る作戦だ。資金を貯めて船数をもう少し増やしておきたい」
それぞれの作戦は事前には打ち合わせず、結果が出るタイミングになって話すと言うのがファリルとエドワードの間で暗黙のうちに合意されたゲームへの取り組み方だった。
【航海時代の幕開け】は二回目以降の参加であるならば前回出した往復葉書の返信に自身が記載した投資や航海、人事、冒険、戦闘、掠奪、商売といった行動の結果が知らされているので、その結果に応じてさらに選択肢が増える場合もあれば、減る場合もある。
ファリルは、それなり以上に成算があれば賭け金を惜しまないプレイスタイルなのに対し、エドワードが手堅い戦法を好む。ゲームとは裏腹に学院生活では真逆の行動原理で動いているので、ファリルは友人の意外な一面を見ることのできるこの時間が好きでもあった。
そんな話をしている間にベルが掻き鳴らされ、中二階になっている座席に司会と楽団、それから演者たちが登場する。




