3-1. カッティとバーの一日
「カッティ、この皿を三番テーブルにもって行ってちょうだい」
「はいよ」
カッティは二〇人ほどが入ることのできるバーで仕事を手伝っていた。皿を届けてカウンターへ戻ると、店の五席ほどあるカウンターの一角に常連の姿があった。
「アンダーソンさん、今日もしっぽり飲んでますね」
「ええ、カッティさん。おぼろ谷近辺の蔵の五年ものをいただいているんですが、なかなか美味しゅうございます」
若者丸出しといったカッティにも丁寧な言葉遣いを崩さないこのしっかりとオーダーメイドのスーツを着こなす姿勢のいい常連は名前と趣味以外は仕事なども悟らせないというなかなか珍しい人物だった。誰しもが、独特のクセのようなものを持つ。
だから、常連になるほどに通ってきたならばカッティはそれを見抜いていた。先ほど届けた三番テーブルの客二人は、銀行勤務で子供が大きくなってきたら家庭に居場所がなくなって待避場所にバーを選ぶような生活をしているし、別のテーブル客は残され軍人上がりで事業をやって成功した部類だろう。
「そういえば、おすすめされた通りに指示を出したら、また『大航海の夜明け』の順位、結構上がりました」
丁重に礼を言って様子を伺うも、どうにも癖を掴ませないというか、あえて色々な職業柄や、癖をくる度に混ぜ込んで素性をわからなくしているような癖のある老人だった。
「私も元々は、知人におすすめされてやっているクチなので、同好者が増えるのは嬉しいですな」
カッティがこの老人について、少なくともわかっていることとしては、自然な仕草でそうした偽装ができることと、顔が広いということだろう。もともとこの老人の勧めでゲームに参加したこともあるが、後発組としては驚くほどに順位を上げていた。
「クラスの中でも親友がランキング上位でね。俺はあんまり興味なかったから、出遅れちまったけど、カフェのベルデイでやっていたのを見たら面白そうだなって。まあその日はたまたまこのバーが臨時休業だったんですけど、普段はここでバイトだから見れないんですけどね」
「そのご友人と行かれては?」
「そいつはクラスの仲のいい奴と毎週毎週行きますよ。あいつは、自分の世界に没頭しがちだからいろんなやつとつるんだほうがいいんです。俺は面白いなとは思ったけど、こうしてバーでいろんなお客さんと会話をする方がやっぱり好きなんですよ」
そしてカッティが喋り好きなせいか、老人をしゃべらせようとするとついつい自分の方が多くしゃべってしまう。
「そのご友人とは仲がいいいんですな」アンダーソンが楽しげに話すカッティに対して目を細めて応じる。
「ええ。俺は親友だと思ってますよ。あいつの方も、この前隠し事をしていた、ごめんって。親友の君には隠し事をしたくはないって。まあそんな水くさいやつなんです」
カッティにとって、ファリルは常に面白い男だった。
「以前も聞いたかもしれませんが、たしかずっと同じ学校でしたかな」
「元々家同士が仲が良いのか悪いのか、知り合いではあったんで、意識はしてたんです。だから幼年学校で会った時は、本ばかり読んで運動とか全然出来なかったから、俺が兄貴分でその親友が弟分てな感じで面倒見てたら、中等学校あたりから、こいつなんだか頭がいいぞってなって、まあ俺もテストやらは要領よくこなすのは得意なんですけど」
カッティは自分で自分を持ち上げるようでなんだったが、頭の回転は良い方だと思っていたが、ファリルは頭の使い方が違うようだということはずっと以前からひしひしと感じていた。
「頭の良さですか」
アンダーソンは興味を持ったようで相槌を打つ。
「あいつは何かを繋げるのが多分得意なんでしょうね。計算が早いとか、足が速いとかなら分かりやすいじゃないですか」
「ええ」
「繋げるっていうのは、多分頭の使い方の違いなんですよ。俺は何かを組み立てる時、楽がしたいと思うんですけど、あいつはどうしてこれはこういうカタチをしているのかが気になる」
絵のついたジグソーパズルなどをやらせてみたら、多分カッティの方が早いだろう。ただ、もし絵がついていない状態であれば、きっとファリルの方がカッティの何倍も早いのだろうと密かにカッティは思っている。それを確かめたいとも思っていた。いつか、勝負するために密かに練習しているほどには。
「楽しそうですな」
「俺はいろんなやつと遊んでいて、部活にここのバイトにってこれでも結構忙しくてですね。その友達と遊ぶのなんて意外と少ないんですよ。でも、そいつと過ごした日々はすごく記憶に残っている」
実はそれほどカッティとファリルはつるんでいなかった。もちろん、ずっと妖艶学校から同じということもあり、日常的によく話す。けれど、ファリルはファリルで歴史関係の文献調査やら、昔話の蒐集に精を出していたし、カッティは活動的な友人たちと運動をしたりする方が好きだった。
一方で何かしら、特別なことが起こりだすと何故か自分でもわからないほどに、カッティとファリルはいつの間にか行動を共にしているのだ。
「お互いが親友だと思っているのならば麗しい友情ですな。友情は自分が相手にかけた時間ではなく、相手からもらったものの軽重で測られると私などは思います。そしてその軽重が相手と釣り合っていれば、それはちょうど良い親友になる。話を聞く限りでは、あなたと相手のそれは等しいようにも感じられますが、いかがですかな」
アンダーソンはカッティの話を聞いて何か思うことがあったのか、年長ならではのアドバイスをカッティにしてくれた。
「そう、なのかもしれませんね。いつもあいつと何かを追いかけたり調査したりするのは楽しいんだ」
「でも少し元気がなさそうですね」
「まあちょっともしかしたら、このバイト辞めなくちゃいけないかもっていう感じなんですよ」
常連とはいえ、カッティの父が帝国特使を殺めた話など、酒の場でするつもりはなかった。だから、幾分か濁した事情の話をする。
「それは寂しくなりますね。おっと、そろそろ帰らねば」
「いつも俺ばかり話してすみません。またのお越しを」
「ええ、また寄らせてもらいます」




