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2-13.

「このチーズは特別なチーズだ。何が特別か、わかるかい。カニンガム」試すような口調で、ローザがファリルとレミリアに問いかける。


「仄かに花の香りがします」ファリルは皿が置かれた時から薫っていたそれを答えた。

「そうだろう。このくらいの季節から標高千メートルクラスの山岳地帯の放牧地に家畜を長蛇の列をなして連れていくのさ。牧草、草花、ハーブ、木の実の類を食べた家畜からもたらされる芳醇な乳は季節が一巡りした頃にはあたしらの食卓に並ぶ。もちろん本場の味を味わいたいなら、麓の農村部に行くといい。チーズやバターは山家に買いに行くといい。そろそろいい頃合いだろう」


 ローザの慈しむ表情にファリルが呆気に取られている中、レミリアが応じる。


「それでは生産効率がよろしくないのでは?」

「非効率だと思うかい? そうだろうね。けれどその非効率さが美しい景観を守り、限られた期間だけ楽しめる花薫のチーズや、草木だけを喰んだ故の豊富な栄養素を含んだ上質なバターを生み出す。山家なんかは、あんたのいう人々の食よりも、牛などの家畜の餌を優先に生活を組み立てていたりもするのさ。ヒト種は紙の上で生きてるんじゃない。土の上で生きてるのさ。同じ尺度で測れるもんじゃないんだよ。ただ生きるだけじゃダメなのさ。良く生きねばね。言うだろ、ヒトはパンのみに生きるにあらずってね」


 それは違った意味なのではとファリルは思うものの、レミリアが反応しないようなので黙っておくことにした。


「まあ、そんなところさ」

「カニンガムのお家は公のため、ダルマティア五〇万の人々の生活を支えんと志しています。それには効率的な食料生産が必要では? 食料自給率が一〇〇パーセントを超えていると言っても、不作になれば行く末は崩壊ですよ」


「ベースとなる穀物はそれぞれ四種用意して作付面積を増やしている。カロリーベースで考えてみればそれぞれが六〇パーセント台、合計で二四〇パーセントだ。なかなかの、もんだろう」


 四種の穀物栽培は確かになかなかの数値だとファリルは思う。しかし、レミリアはまだ議論を続けるようだった。


「資本主義である以上、社会経済活動をして付加価値を生み出さなければ貧しいままなのでは?」


 食料自給率に関してダルマティアは高い。先人たちの成し得た窒素固定による収量の倍増化の仕組みはダルマティアにおいても等しく効果を発揮する。

 市長の反論の数字は概ね正しいだろうとファリルにも分かる。歴史年鑑における農作のページは、アリシアと知己になって以来、それなりに食に興味の出てきたファリルにとって歴史に次いで面白く読めるページだったからだ。


 執筆者の特権として、相互に内容が関連する可能性のあるページについては出版社内のクリーンルームと呼ばれる年鑑編纂用に用意された部屋で閲覧することが可能だった。もちろんファリルとて、全てを記憶しているわけではないが、数字における掴みの感覚は一致していた。


「それが従来の経済だったらね。お嬢ちゃん、お坊ちゃん。あたしの配下に組成させた地方府のワーキングチームは、これを循環価値と名づけた。あんたの爺様が求めていたのはたしかに取引価値の尺度だ。なにそれをどれだけ付加価値をつけて生産し、取引できるか。効率と、非効率の争いさ。まあそんな平行線だからあたしが地方長官になった最初は衝突が絶えなかった。けれどね。うまいこと折り合ったのさ、どちらかが折れたわけじゃあないんだ」


 楽しげに話すローザにレミリアは口を挟む。


「では、どうやって?」

「非効率が付加価値をつけられることを証明すればいい。共通の土壌、自然条件、歴史的な背景をストーリーに仕立てて、売れば通常よりも高い値がついた。高い値は利幅を増やし、再投資で生産量は増える。人口センサスを見たかい? 断然以後で十数パーセントの増加だ。市場は拡大し、需要は増え、利益が上がる。これぞ、まさに経済活動さ。新しいカタチのね」


 経済活動が表層にはあるが、コミュニティの共同活動が基底にあるのだとローザは付け加える。


「カニンガムの家と仲が良い証拠に、あのあたりでサプライチェーンを取り仕切っているのはあんたの一族のシャーロットだ。それにあの嬢ちゃんが噛んでいる地域活性化のプロジェクトもあるしね」


 そこへ突然、かなり大柄な男性がゆったりと入って来た。周りの給仕は止めようとして、けれど半ば諦めていることもあり招かれざる客ではあるもののどうやら見知った人物であることがわかった。


「お袋じゃあねえか。こんなところでバカンスかい?」

「なんだい、バカ息子。誰がここに呼んだかね」


 ファリルは密かにこれがチェンバレンか、と視線がバレないように興味深く観察する。とは言っても市長とチェンバレンのやりとりは全員の耳目を集めていてもいた。


「おいおい、お袋。あんたの部下たちを責めてやるなよ。あんたは顔がこう、威圧感があるんだからさ」


 笑いを堪えながら顔を逸らす給仕やスーツ姿の女性などがいるところをみると、どうにもチェンバレンは市長の部下からすらも慕われているようだという事が読み取れる。かつて古代の物語として読んだ戦記の中に出てくる猪武者のような人物だとファリルは想像していたものの、実物はどうにも違うようだった。


 身の丈は大きく、けれどそれが威圧感ではない人好きのする表情と纏っている空気が、警戒感を抱かせない。そう、どちらかと言えば危険な暴力の気配を漂わせているにも関わらず、手綱がついているというから安全と錯覚を起こさせるような二律背反する印象を持たせるのだ。


 ファリルは、乱世の時代に生まれておいたら梟雄にもなったろうとチェンバレンを評したチェイスの言葉を実感する。


「すまないね、あんたたち。お開きにしよう。食事は好きに楽しみな」


 そしてそのあと、デザートまで市長とチェンバレンが戻ることはなかった。ファリルたちは、調査官に送られてキャンパス市まで戻り、そのまま自宅へまっすぐに帰るように促されて周囲の人間と話す間もない召喚の終わりだった。

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