1-2.
「何があったんだ!」走っていく誰かの背中はよくよく見れば、ファリルの従妹のレミリアのものだ。
森の中の細い道をそれでもレミリアは走り続ける。それは何かから逃げようとしているのではなく、どうやら何か目的地へ向かって一心不乱に向かっているようだった。
結局、ファリルがレミリアに追いついたのは森の開けた先、海岸を見下ろす高台付近だった。見張り台からは直線距離で一km程のその場所からは海岸まで降りる石段が設けられている。
ファリルはそこから海岸を見下ろしていた。乱れた息を整えながらファリルはレミリアに話しかける。
「レミリア、そんなに急いでどうしたんだ」
「ファリル兄さん、あれを見て」そう言ってレミリアが指をさした先にあるのは、波打ち際に倒れている人物の姿だった。
レミリアの友達だろうか、数名が少し遠巻きに見つめているほか、倒れている人物の近くに二人ほどいて声掛けかなにかをしているようだった。
遠目ではうつぶせという態勢もあり、髪までマッシブなフォルムのダイバースーツで覆っている為、性別はわからない。
「このあたりって、遊泳もダイビングも禁止されていなかったっけ」そうファリルが応じると、ゆっくりと首を振ってレミリアは一言だけつぶやく。「外海からなのではと……」
「まさか外海から、この浜へ流されてきたって?」
レミリアは身震いするように肩をすくめ、興奮しているのかそれから一言も漏らさない。
ファリルも、言葉が出なかった。
ファリルもレミリアも、このあたりの子供は市を含めた近隣の地勢について必ず学んでいる。というのも、それぞれの地域の中等学校に上がる時点で昔は学校として活用されていた洒落た雰囲気の市役場に教師に引率されて教わるからだ。
市役場には、広い地図室があり、周辺の地図や海図が整理され保管されている。室内は中等学校の一学年数十人ほどが全員入っても、余裕のある広さを持っていて、周囲には地図模型や乗り物の模型が並べられている。
そこで学ぶ外海についての記載は、シンプルだった。ただただ船も人も帰っては来れないというものだったからだ。ファリルが地図の上でも、現実の上でも見知っているのは、今レミリアと共に立っている高台から見える沖合のいくつかの島までだった。禁足地、ノーマンズオーシャンとも呼ばれるエリアは沖合の島からであれば数十キロメートル先から広がっていて、その地帯を越えると帰ってこられないのだとそう結んでかつての講義の記憶は終わる。
記憶の海から浮かび上がり再び浜の方を見下ろすと、市の方から医官たちが走ってくるのが見えた。レミリアも我に返って、石段を降りていく。そこで初めてファリルはレミリアがログハウスの備え付けであろう小さな救急箱を持っていることに気づいた。