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「帝国本土流の均質化、工業化、大量生産を根付かせて出てくる均質化した知識と能力を持つ人材の一人がうちの馬鹿孫でありあんたたちなわけだ。でもね、ここはテリトーリオなのさ。帝国十五州の員数外、十六番目の州ダルマティア。ここには都市も田園も農村もある。それらが密接に繋がっている。共通の経済や文化のアイデンティティを持つんだよ」
そこまで一息に語りきり、全員の頭に言葉が浸透していくタイミングを見計らったのか、続けてこう口にする。
「大量に作り、大量に消費する仕組みを作りだすというある種のエンジニアリングの精神が海渡りにとっちゃ好きだろうけどね。ここ、ダルマティアも帝国から隔たりも隔たっているなりに独自のやり方ってやつがこの地理的空間に蓄積されているんだ。揺るがないよ」
そう言い放つ時、何故だかファリルは市長の瞳がレミリアとファリルの方ではなく別の人物へ向けられているように感じられた。しかし、全員を見回すように言いつつ、そのタイミングを見計らっていたのか飲み物の提供が控えていた数名の給仕たちによって開始されたので違和感を解消することはできなかった。
卓に着く全員のグラスに、三分の一ほどの中身が注がれた頃合いを見計らって、ローザが再び口を開く。
「あんたがこれから食べるアッビナメントという伝統料理の一連の皿たちは、土地の恵みだ。心して食いな。この食前酒に酒精はあんたたちの分は抜いてある。中身は果実のジュースだ。キャンパス市がまだ開拓村だった頃、村の誇りであり開拓を支えたコルヴィーナという酸味のある房に沢山の実がなる果実をヴィーノに変えて飲んだ故事からとっている。私らは子供の頃から馴染んだものを好み、馴染みの店から買って飲み食いする。土地のものを食べているのが一番強いのさ」
どこか芝居めいた笑みを浮かべながら話すローザに、ファリルは何故だか山渡りの系譜の精髄のようなもののほんのさわりではあるだろうそれを濃密に感じる。海渡りの系譜であるファリルの祖父はもちろん、山渡りで思い浮かべるチェイス老ともまた異なる人物であることは確かだった。
すでに引退していてもおかしくはない年でありながら、矍鑠としている。
なによりこうして若輩者へもおそらく彼女としては大きく噛み砕いて、ファリルに伝わるように伝えた言語能力の冴えも衰えがないのだと確かに感じる。
政治家であり、この地方の文官の最高位につく人間が積み重ねてきたキャリアの重みをファリルは感じた。同時に、これはある種の政治の時間だということにも内心でため息をついて、パワーランチの作法を思い出さないとなと改めて気を強く持つことにした。
「ファリル兄様。政治的な意味がある駆け引きが行われるようでしたら、わたしに」
そんなファリルの内心を見透かしているのか、口元をナプキンで拭う素ぶりを見せながら、レミリアはファリルににみ聞こえるよう囁いた。
よく出来た従姉妹だ。やはりレミリアがカニンガムの家を継いでくれるのが一番いいシナリオじゃないだろうかと心の隅で中等学院の頃から大きく育ちつつある考えを転がしながら、ファリルも首は動かさず口だけで応じる。
「わかった」
ローザの話はその間も続いていたが、バレないように気をつけていたやりとりも百戦錬磨の御仁には通用しなかったのか、あるいはファリルの顔色や雰囲気に出ていたのか、苦笑しながら市長が詫びをする。
「いきなりこんな場所に呼び出して悪かったね。そんなに警戒しなくてもとって食いやしないよ。カニンガム。あんたらの爺様とあたしはそれなりに仲がいいのさ」
「そうなのですか。それは初耳でした」
レミリアが大袈裟に目を丸くして受け答えをする。愛らしい見た目のレミリアがやっている影響か、あるいは演技派な故か、周りの学生たちには本心から驚いているように、ベリーズと市長には心にもないことをというメッセージが伝わっているのだろうなとファリルは傍観者になった気分でやりとりを眺める。
ダブルミーニングをいちいち、挙措や言葉に混ぜ込んでやり取りするのは、どうにも時間の使い方として効率的なようでいて、けれどどこか無駄な思考力を使ってもいるなと思いつつファリルはジュースを口にする。
よく冷えていたジュースは果実の酸味と甘味のバランスが抜群で、何より喉越しがよく、一口だけ口をつけるつもりがするするとグラスに入っていた量を全て飲んでしまう。
給仕の一人がそれに気づいて、同じジュースを今度は半分を少し超えるくらいまで注いでくれたので、ファリルは礼を言って二人のやりとりの観察に戻る。
「ああそうさ。価値尺度っていうものが対象的に思えるかもしれないが、どちらも経済価値を創出しつつ、地域社会と地域資源との結びつきを強化したいからね。途中までのアプローチは同じなのさ、私はこの地方でテリトーリオ・ダルマティアという社会構築物を再設計したい、ハインドホープは再生産可能な技術基盤を整えたい」
そこへ次の皿が運ばれてくる。山の幸と海の幸に対し、丁寧な仕事がされた温菜だった。
多くのものは口を開かず、耳をそばだててレミリアと市長の会話を聞いている。
先程の段階でファリルだけ、グラスを空けて飲料のお代わりをもらっていたせいなのか、他の人の皿よりも少し多めに盛り付けがされていた。こういう観察を実益に生かすのならありがたいなとファリルは早速、皿に手をつける。
「それがあなたの地方長官としてのヴィジョンですか?」
「そうとも言える。そいつは帝国がなくとも明日を生きていけるという共同幻想の基盤の上に、象徴的な社会的・経済的・環境的資本をバランスさせて仕立て上げるこの皿のようなもの。あんたの兄様も美味そうに食べてくれるじゃないか」
温菜へ掌を向けながら、市長は微笑う。ファリルは市長に向けて、目礼をしつつ皿の残りの一欠片を口に運ぶ。
「だからお祖父様は経済を回すための技術基盤、器自体を形作ったんですね」
レミリアは、真っ向から市長への対話に応じる様子だった。
「それだけじゃないさ。あの男がエネルギー問題を一定程度解消したことで、域内の工業生産・物流・逓信など持ち直した部分は多い」
「どうにも話が見えませんね。あなたはカニンガムのやり方があまりお好きではないんですよね」
「そうさな。持ち直したところはいいんだ。でもね、高地には高地の、湖沼には湖沼の、海沿いには海沿いの文化や風土、料理がある」
「まあ、そうですね」
「都市の保存と再生を考えたとき、あんたの爺様がとった中央集権的なアプローチとは別であたしたちは考えたのさ。第一に考えるべきは、都市/田園/農村/漁村/深い山々/多島海をどう再統合していくかという問題さね。辺境領域として半ば独立独歩で歩んできたあたしらのダルマティアだ。帝国本土流のやり方が入ってきたのは断絶前の数十年かそこらなわけで、急速に開発されたキャンパス市周辺と元からあった港湾都市や農村とのバランスが崩れちまってた。だから真っ先に必要だったのは誇りを取り戻すことだったのさ、帝国なくともこの地方はやっていける、それだけの積み重ねがあるっていうことをね。心の奥底では誰しもが不安だったからね」
「あなたもですか?」言ってしまってから、自分がその言葉を吐いたことに気づく。それくらい自然にファリルはその問いを口にしていた。言ってしまった言葉に言い知れない気まずさを覚えながら、目の前の老婆の反応を伺う。
すると、意外にもクックッとどこか笑いを抑えているような肩を振るわせる姿がそこにあった。
「あたしは違う。そうだね、強いていうなら熱狂だよ。あたしの中にあったのは、醒めない熱量だ。断絶後すぐに政治家になったあたしが議会で初めて通した法案はチェントロ・ストリコ法だからね」
市長からは楽しげな様子で、中等学院の現代史で習う現在のダルマティア州都キャンパス市の街並みを形作った法案の名が持ち出される。
「街区毎にダルマティアン様式に基づく伝統的な景観保全と、車両通行の限定化が基本骨子で、街区の活気がこの法案を通じた建築、改修ラッシュで戻ったと習いました」
レミリアの様子を伺うと答えあぐねているようだったので、単なる感想としてファリルは記憶の中にある学んだ内容を話す。
「教科書通りだねぇ。カニンガムの坊や。あの法案のキモはね、家族の中小企業、小さな組織、小さな農場農家こそを中心に据えて、創造的な生産活動が繰り広げられていた時代の小さな街に再生させることなのさ」
「リエカは逆のアプローチで、都市への集積をしていますよね」
ファリルはヘニッジからつい最近も聞いたリエカの復興についての話で、ローザの言葉に疑問を呈する。
「場所が違えば、答えも変わるさ。キャンパスがリエカと同じである必要はないんだ。そもそも郊外まで建物や家屋で埋め尽くすだけの人もものもないからね。キャンパス市は小さくまとまり始めた。リエカは大火のあと、目まぐるしく都市化した。そうしたら次は田園、森林、山脈に住むものたちのための政治の時間だった。中心たる都市と周辺の田園なんていう考え方は帝国本土から持ち込まれたものだけどね、ここでは中心なんてものはもともとなかったのさ、それぞれの領域に生きるものたちが有機的に結びついて、この地方を織りなしていたそういう時代に帝国本土のエッセンスを多少なりと加えて再生させるのがあたしの目論見だったからね」
ローザはファリルの反論をいなして、それも一つの回答であったのだと嘯いた。
その言葉に、ファリルはローザの政治家としての信条が裏打ちされている気がした。
「そうなるとあなたの計画は成功したということですよね」
「さあどうかね。それはあたしの後任者たちが決めることだよ。あるいは学者たちかね。ただまあ、あたしの観たかった景色は半ばまでは観れたとは自負している。結局、あたしは取り戻したかったんだろうね。美味い酒と、染み入るような料理を気ままに食う景色をね」
先ほどとは打って変わって、感情論のような話をするローザに対して、けれどどこかこの人らしいとファリルは思う。
「それが原点、原動力だったんですか?」
「ふーん。あんた、ダルマティアの彼方此方を旅したことはないのかい?」
ファリルの言葉に意外そうな表情を浮かべて、ローザは逆に問う。
「おぼろ谷やリエカには何度か、山家には高等学院の研修旅行で行きました。祖父からの唯一の願いで郵便局の手伝いをしているので、最近はキャンパス市の先に広がる農村には足を運んだこともありますが」
「そこで村一番の旅籠ででも、飯を食ったかい?」
「いえそこまでの時間はなく」
「そりゃあ勿体無い。道を作るのが熱意だとしたらそこに留まらせるのは土と水だとあたしは思う。あんたの訪れたアミアータって村はね、栗が確かに有名さ。でもカラバッジョ芋とトマティーナ、バジリッサ、それから栗の茹でたやつを油で素揚げした生地でくるんで齧り付くモダン料理も美味くてね。月に数度はこれでも足を運んでいるんだ」
「トルテなら食べましたよ。美味しかったです」ファリルは、村での出来事を念頭におきながら答えた。
「そりゃあいいね。何よりだ。シティボーイと農村の相互理解は大事だからね。その地に根差したやり方をあたしは貫き通すべきだと考えるし、それを皆には伝えてきた。復興の要であったお前さんらの爺様は結局それを織り込んで社会経済を設計したんだよ。ほら、共同作業だろう」
「カニンガムのお家と、市長派は対立しているのかと」レミリアが何かを言おうとしたのを制して、ファリルが答える。
「あの男とは、全てではないが折り合えているよ。折に触れて、手紙や賀詞交換をするくらいにはね」冗談めかした口調で語るローザだが、おそらくそれは事実なのだろうとファリルは思う。
「それは意外でした」
「言ったろ。相互理解が大事だと」
そこへ、新たな皿が運ばれてくる。今度の皿には、いく種類かのチーズが放射状に並べられていた。




