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2-11. 島への冒険

この物語には何人も老人が出てきますが、皆色々な意味でおしゃべりです。

 ベリーズ調査官に同行する課外実習は、高等学院が集合場所になっていた。そこから港へと引率されて移動する。港に用意されていたのは小型の貨客船だった。乗降ターミナルには何らかの手回しがあったのか人影は見当たらない。集められたファリルやレミリアとそのクラスメイトが、ベリーズと部下の男女二名に先導されて乗船する。


 目的地は告げられぬまま、着くまでの自由行動を許可されたが、それぞれが思い思いに過ごして、特に会話することはなかった。

 船着場は丁寧に手入れされてはいるが、放置されている大きな漁船が多く往時の盛況を偲ばせる。港からベリーズ調査官に誘われて、すぐ近くから始まる針葉樹の林の中へと足を運んだ。


 その途中に見かけた案内図の看板によれば、辿り着いた島は大きな弧を描いた円月型の島の中に湖を讃えるという不思議な構造をしていた。

 林の中に入りしばらく歩くと、私有地に入ったのか雰囲気が変化する。疎に生える木々の合間を縫うように木片と集成材で歩道がデザインされていて歩き易さを感じさせた。


 ファリルたちはベリーズ調査官の先導で散歩道としても使えるようなその道を歩んだ先で、島の抱える湖に出た。

 湖畔の崖の高さと一体化するように寄り添う建築物があった。高さに換算すると五階建にもなろうかという半円形が崖にくっついているようなデザインで、入り口は四階部分にあり、最上層でもある五階層は円錐形の屋根とテラスになっている。


 ファリルは湖畔に立ち、右手に見えるその建物を眺める。ダルマティア様式は自然との調和、それも動的なものを様式化する帝国でも独自の文化であると教科書に書かれていたものの、現実に教科書に描かれていたイラスト通りの景色が広がる様はどこか満足感を呼び起こした。


 『振る舞いを建築する』というテーマでデザインされたその半円形の塔は、湖に起こる漣と崖の上の青々として生い茂る常緑樹と一体化し、自然に風景に溶け込んでいる。

 どころか、岩肌と同じ色味で整えられた外壁が相まって自然な波の侵食と風化によって形成されたのだと言われても信じてしまいそうな佇まいでもあった。ファリルが浸っていると同行者であるベリーズ調査官の部下の男女が、湖岸についているボートの船頭に荷物を預けている様子が見えた。塔は岸辺から回り込むと少し遠い場所から崖の上へ登ることになるため、近しい場所へ連れて行ってくれるという。


 ボートで近づくにつれて、細部までくっきりと見えるそれは自然とのごくごく当たり前に一体化するというより、周囲の環境と相互に影響を与えあう一部になっていた。

 そして、塔の入り口に昔話に聞く魔女のような老成した女性がいた。


 ファリルは以前物語の中で、ある人物を評して、幾星霜もの年月を経た井戸の底を眺めると底には確かな年月を月と陽の光を合わせて溜め込んで、夜よりもなお深い静かな水面を湛えるような瞳という表現を読んだことがあった。


 眼前の人物について、話し出す前からこの人、地方府長官にしてキャンパス市長ローザはそういう瞳をしているとファリルは感じ、同時に静かな佇まいからでも圧を感じた。


「よく来たね、雛鳥たちよ。それからご苦労、調査官の坊やたち」


 声は小さくも大きくもないし、華や愛嬌があるわけでもないが、よく通って直接に耳朶を打たれるような感覚をファリルは覚えた。


「ベリーズ調査官、これは一体?」


 調査への協力という名目だったのでは、と暗に込めてファリルがベリーズに問いかけるも、ベリーズは黙して語らない。その代わりに、目の前の老女、市長が口を開いた。


「あたしが、依頼したんだ。調査官にね、あんたたちの話を聞きたいと思ったのさ。帝国本土との交流が復活するんなら、大仕事になるし、そうじゃないにしても何らかの政治的判断が必要そうな状況だろう? まあ、ここで立ち話も何だから、入りな。美味い飯を用意してある」


 そう言って彼女の部下らしきスーツ姿の女性が、ファリルたちを塔の中に案内する。ベリーズ調査官たちはここで少なくとも一旦は別れるようだった。

 腑に落ちない表情を浮かべながらも、ファリルたちは案内に従って塔の中に設られた円形の食堂に案内される。


 食堂には一枚の巨大な円形のテーブルの一角に、先ほど別れたはずのベリーズ調査官がすでに着席しており、また別の一角には市長が腰掛けていた。

 ファリルとレミリアは一瞬顔を見合わせつつも、ファリルは市長の横の席に座り、レミリアはそのさらに横に座った。他の高等学院生たちも思い思いの席に着いたが、ベリーズ調査官の左右は空席となった。


「さて、若人諸君。集まってもらったのは他でもない、浜辺で倒れていた異邦人が死んだ件だ。あんたらはまずこの状況をどう思うね?」

「どう思うも何も、政治や公安案件なのでは?」レミリアが模範的な回答をする。

「まったくつまらない答えだね。そんなことをきくためにここに呼んだと思うかい?」言葉ほどにはつまらなそうな風でもなくローザは応じる。


「胸の内を教えてくれませんか?」

「政治と女心は複雑なのさ。あんたがわからないなら、そのままこの問いかけを続けざるをえないだろうよ」

「そもそも何を知りたいのですか? その背景がわかればもう少し答えようもあるかと」レミリアが冷静に問い返す。

「あんたらが気づいたことはないかってね」

「そういう観点であれば、調査官の方から聴取いただいた時の答えと変わりません」

「そうかい」どこか退屈そうな目でローザは答えた。

「ちなみに何故この島でこんなことを? キャンパス市内でもよかったのでは」

「そもそもこの島がどういうところか、あんたらは知っているのかい?」

「いえ、わからないです」


 チラリとレミリアがファリルの方を見たので、ファリルが代表して答える。


「ここは大断絶でキャンパス市以上に大きな打撃を受けた村がある島だよ。帝国との交通の遮断、障壁制約で人口が半減するほどに揺れ動いた島なのさ」

「打ち捨てられていたように見えるのは遠洋漁業用の設備でしたか」

「ああ、そうさ。ここはファビーニャ島。断絶前はこのダルマティアの誇る多島海の中で漁業の中心地だった場所さ。多くの逞ましい気持ちのいい男たち、その男たちがとってきた魚の加工場、そして男たちが呑む酒の醸造所が並んで明け方から昼過ぎまで多くの賑わいがあったもんさ」


 ひどく感情がこもる、昔日を懐かしむ口調だった。


「いまはひどくのどかな場所になってますね」誰もベリーズですら、市長に対し言葉を返さない中、ファリ

ルが初めに浮かんだ感想をそのまま伝える。


「かつてはそうじゃなかった。この島のマッタンツァという追い込み漁は、数百キロにもなる巨大魚を逞ましい男達が釣り上げる伝統漁法さ。それでもここ数十年、それこそ帝国との遮断前から海流がずいぶんと変化したのかなかなか漁獲量も多くは取れなくなっていたがね」

「確かにあんまり魚を食べたことはないです。小魚が多いかな」

「いろんな種類の魚をたらふく食えた往時に比べれば寂しい限りさ」

「近海漁業ならまだ芽はあるのでは?」ファリルは思ったことを口にする。


「ここは遠洋漁業の中心だったからね。寂れも寂れた後じゃあ、そう簡単には切り替えられないんだよ、ヒトはね。学校でダルマティアは自給自足だって習ったろう。だから立ち直れたって。まあ全体としてみればそうだろうが、漁業は衰退したよ。船作りの腕の方はカニンガムの家が荷運び船をいくつもばかすか建造させたから断絶前よりもむしろ上がっているけどね」

「今はその方々はどちらに?」自らの家のことについてはまあそうだろうなと軽く聞き流し、ファリルは市長が話をしたそうな方向へ水を向ける。

「多くは近海漁業の中心であったリエカに移ったが、キャンパス市に来た数十人はあたしの父、当時の地方府長官が差配して親族が経営している食品加工や倉庫業で面倒見てもらったよ」


「あ、そういえばうちの爺様はそのパターンでした。それから食品加工の会社を新しく立ち上げて今に至ります。あれ、でも爺様は海渡りじゃないですけど、海の仕事をしていたんですね」ピーターが訝しげな声をあげる。


 ファリルは口を挟もうとしたものの先に市長から話があった。


「海渡りの系譜ではなくともキャンパスは半農半漁だったんだから、そりゃあいたさ。漁業関係者も勿論ね」


 市長が話していると小型のしなやかな体躯を持つ生き物がどこからともなく現れて市長の膝の上に乗って、丸まった。


「この子はウィスカァキャットと呼ばれる小型動物さ。この子らが船乗りたちの食糧とウィスカの味と品質とを害獣から守る誇り高き大地の子でもある」

「キャットは狩の名人だとか」

「ああ、そうさね。日に一度や二度は、小型害獣を仕留めて見せびらかしにくるよ」


 レミリアが目を輝かせながら、ウィスカァキャットを視線で追いかける様を横目に市長は話を続ける。

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