2-10. カフェ探偵会議
森番との会話を交わした翌日、カフェ「モッキンバード」にファリルとともにレミリア、カッティ、ピーターが集まる。
口火を切ったのはカッティだった。
「親父に確認したが、お前には関係ないの一点張りだったぜ。親父の部下にもあたってみたがどうもみんな隠しているな」
「カッティさん。それで、引き下がってしまわれたんですか?」レミリアがカッティに対して、常よりも一オクターブ高い声で続きを促す。
「もちろん、そんなわけはないだろレミリアちゃん。それしか情報持ってこれなかったら俺って、片手落ち過ぎるじゃないん」
「先輩の情報聞きたいっす」ピーターがカッティの話を促す。
「うちの門番の爺様は俺の子供の頃から、お菓子とかくれて仲がいいんだが、あの人に聞いたら親父たちは早朝というより前日の夕食後に装備を整えて出掛けて行ったらしい」
「それ以外には、何か情報があるんですか?」
「みんな、落ち着いて聞いてくれよ。あの異邦人、死んだらしい」
「どうして?」ファリルはついつい口をついて出てしまった言葉を自分でも自覚して苦笑いして訂正する「カッティは誰から聞いたの? 精度は?」
「婆様からだ。今日の朝家まで慌ただしく調査官が報告に来たんだ」
「場所と死因は?」
「お前たちが見つけた浜辺で、溺死だとさ。でもなぜか口の中に石が入っていたらしい」
「驚いた。ほんとに驚いた。でも、なんだろう。奇妙な悪意を感じるね」
「まあ、そうだわな」
それからしばらくは沈黙が立ち込める。
「そうだ、ごめん。一つ、僕からも報告があります」
「おう、なんだ」
「浜辺の女性、エルフィルだったんだ」
そう言って様子を伺う。レミリアは特に感情は浮かべずに澄ました顔をしていた。一方のカッティとピーターは目を丸くして驚いている。カッティは身体ごとのけぞる感じで体全体で驚きを表現しているのに対して、ピーターは目を丸くしながら口元の端を掻いていた。性格が出るものだなとファリルは思いながら、二人からの反応を待つ。
「そいつはまた、なかなかだな。驚いてないことを見るとレミリアちゃんは知っていたのか」
「ええ」
「ごめん、カッティ、ピーターくん。レミリアから聞いたんだけど隠していた。調査官から止められていてね。でも隠し事はなしにしよう」
「まあでもどうして今になって話してくれたんだ」
「チェイスさんのところに行ってね。色々話をしてきたんだ。友は大切になって」
チェイスだけではなく、ヘニッジの言葉もファリルの中で生きていた。少し残りの高騰学院生活を前向きに過ごしてみようと思ったのだ。
「あの爺様もなかなかいいことを言ってくれるじゃないか」
「チェイス顧問は含蓄の深い言葉を使う人です」
ピーターも首肯した。チェイスが山岳部の顧問である以上、そういえばピーターとも関わりがあるのかとファリルは思いながら、話を続ける。
「チェイスさんから聞いた話はそれだけじゃない。チェイスさんのところに特使のドワルフェンが接触してきていたらしい。そして多分チェンバレンさんはその人を弑している」
「親父が?」
チェンバレンの話に差し掛かるとファリルの予想通り、カッティが反応する。
「事件は、誰がやったのか、どうやったのか、どうしてやったのかという切り口から調査していった方がいいとも言われている。チェイスさんの証言は、チェンバレンさんが犯人だと言っているわけじゃないけど、そのドワルフェンは武装していたらしいんだ。駐留していた軍人たちが年老い、閉ざされたこのダルマティアで、正面から斬り合って打倒できるとしたら」
「親父は老軍人たちに諸々教わっていたからな。剣技の大会でも連覇記録を持つことは確かだ」
「ピーターさんの証言もありますよね。狩で怪我をしたと。あまりにもタイミングが良すぎます」
レミリアが、別の観点からの示唆を提示する。
「ドワルフェン殺しと、エルフィルの殴打があったのが同日だとして、親父たちが片方の主犯だとしても、エルフィルはどうなんだ?」
片手で頭を掻きながら、カッティが気になる指摘をする。それが、ファリルには意外だった。
「あれ意外と冷静なんだね」
「親父は親父、俺は俺だ。昔から下に慕われてのせられていろいろしでかしてきた親父だ。殺しというとあれだが、相手も武器を持っていたんなら果たし合いみたいなもんだからな。なんというか理由があったんだろう。もし本当に親父が犯人ならな」
「確かにその通りだ」
ファリルは真摯にカッティを見て頷いた。
「エルフィルも親父たちなのか?」
「チェイスさんが森で会ったのが、キャンパス市から離れたそれこそアミアータに近い森番の山小屋らしい。そこに待機していた森番補佐の若者にコンタクトがあり、それで赴いたって。エルフィルを発見する二日前だ」
「エルフィルと同時並行も可能なタイミングか」
カッティがため息をつく。本人は気丈に振る舞っていても、やはり犯人の可能性の高い父親に対して複雑な思いを抱いているようだった。
「そういうことになる」
「どうなんだ。理由がわからん」
「この件の全体像は複雑かもしれないけれど、やっぱり大きな絵図というか大断絶以来続く障壁制約が多かれ少なかれ関わっていることは確かだと思う」
「帝国の特使を斬ったとしたら、族滅もありうるかね。帝国と繋がったらさ」
肩を落とし、落胆した風になるカッティにファリルは声をかける言葉を見つけられず、視線は虚空を彷徨う。
そんな中ぽつりぽつりとカッティは話し出す。
「フランシス・エジャートンが俺の憧れなんだよ」
「なんだっけ。帝国最大のブリッジウォーター運河を開鑿した人だっけ」
「その説明で正しいが、正鵠を射ているとは言い難いな。名家の生まれにして放蕩息子として育ち、家庭教師のロバート・ウッドを相棒にして大陸巡遊を繰り広げたんだ。そこで彼が出会ったのが、大いなるハミルトン・ミディ運河さ。ブリッジウォーター運河と並び帝国土木史の偉業の双璧だと言われているんだ。ハミルトン・ミディ運河は帝国北方の小麦やヴィーノの流通を加速させた。その運河の偉大さに感銘を受けたフランシスはロバートと共にブリッジウォーター運河を紆余曲折を経て切り開くんだ。ブリッジウォーター空中運河は鉱石資源や果物類の流量を七倍以上にしたと言われている」
「珍しいね。カッティがそこまで熱をもって語るなんてこと」
「まあなかなかないかもな。ただ、このダルマティアでも同じこととは言わないが、縮小版なら出来るだろと思うんだよ。大動脈といえば、キャンパスとリエカを結ぶ限定的な近海輸送と陸上輸送が主流だけどさ。トルデシリャスのあのゲームをやっているともっと道が通りやすくなって人の行き来が増えたらさ、キャンパスもそれこそおぼろ谷や、十塚追分なんかも含めて盛り上がっていくと思うんだよな。俺らを含め帝国時代の経験記憶を残してない世代の方が多数派になっていくんだからさ」
「世代交代か。カッティは市長選、いや市の参事会に立候補するつもりなんだっけ」
過去に語られた彼の夢を思い出してファリルは聞いた。
「ゆくゆくは俺は継ぎたいと思っていたよ、今でも思ってるけどな。なんだかんだで、キャンパス市もダルマティアも好きだしな。でも親父の件次第ではこの世とおさらばかもな」
「そうじゃない可能性も勿論ある。僕の話は真実と決まったわけじゃない」
「まあ無事に事態がおさまったらさ、その時はファリル、お前にも手伝ってほしいと思っている。カニンガムグループは、やはり違うよな。この年になってみるとかなり心憎い分野で貢献を果たしているし、そこそこ以上に的確だ」
それはファリルにはカッティの強がりにも思えた。けれど、それを指摘することはしなかった。友情の問題ではなく、カッティの矜持の問題だと思ったからだ。
「うちも内部は内部でいろいろあるけどね」
「だとしても、今日のダルマティアの繁栄はお前さんの家の貢献も大きいのさ。誰もが当たり前に思っていることかもしれないが、俺は覚えてる。ガキの頃にはもっと、舗装されていない道とか、空き地が多かったけど、どんどんと面白い風に街が進化していった」
そうして話し合いはカッティが暗くなった空気を元に戻そうと奮闘して終わった。




