2-9.
「誰かに殺されたということですよね。帝国の特使が。それは調査官などには伝えたんですか?」
「森番の若いのに、走らせたが、梨の礫だな。握りつぶされている可能性もある」
平地のルールはなかなか複雑怪奇だとでもいうようにチェイスは首を振る。
「カッティにも伝えたんですか?」
「カッティ坊主が話に来た時、浜辺の異邦人がエルフィルだという話は聞いていなかったからな」
じろりとチェイスがファリルの方をみてきたので、咄嗟に謝罪する。
「すみません、僕が伏せていました。調査官から止められていて」
「俺の勘に過ぎないが、あの坊主は今回の件には絡んじゃいない。むしろ、お前さんの助けになるだろう。腹を割って話すことだ。お前さん、だいぶ信頼されておったからな」
チェイスの言葉に、ファリルは項垂れた。
「家系が家系でして、いやがおうにも言葉に二重の意味を持たせたり、政治的な駆け引きのようなことをすることも多いんです。だから、友達には嘘はつきたくなかった。だから、沈黙していることにしました」
ファリルは、自分でも口から出ている言葉が言い訳のようにしか聞こえなかった。
「お前さんも、なかなかその年にしては苦労しているな。友人であるならばな、隠し事はしないことだ。森番に任官してダルマティアに来る前日に同期の男と酒を呑んだ際、些細なことで喧嘩をしてな。喧嘩別れをして、ここに赴任した。いずれ和解の差酒を酌み交わすこともあろうと思っていたが、大断絶でな」
「それは、こういう時にどういう言葉をかけたらいいのか、わかりませんが」
御愁傷様というのは違うだろうと思いながらも、言葉をファリルは見つけることはできなかった。
「別にそんなもんは期待しとらんわ。だがな、年寄りの話は話半分でもいいから覚えておくことだ」
「ありがとうございます。そうします」
わずかな時間ではあるものの、ファリルはチェイスのことが好きになっていた。祖父がこの人物と組んで仕事をしていたというのも頷ける話ではあった。
「だが気をつけろ、錫杖に偽装した組み立て式の斧槍をドワルフェンはもっとった。それでなお、奴さんは正面からの傷だけで絶命に近しい。あれだけの腕は大断絶で皮肉にも戦火から遠ざかったダルマティアには幾人もおらんじゃろ。そして、特使が真っ先に接触するのは皇帝勅任官かその周辺だ」
先ほどとは打って変わって、チェイスは凄みのある表情でファリルに警告を発する。
「腕が立ち、勅任官かその周辺というと」
「チェンバレン・プリモシュテン。乱世なら梟雄か英雄か。古い勇者だな。そいつが刀傷をやったのだろうが、もう一人少なくとも狙撃手がいる」
犯人は一人だと先入観で思い込んでいたファリルは、複数だと示唆するチェイスの言葉で考えの組み立て方を変える必要を感じた。
「覚えておきます。ではお時間割いていただきありがとうございました」
そう言って去ろうとしたファリルの背に、チェイスの言葉がかけられる。
「カーソンという学者の講義だがな。『知る』ことは『感じる』ことの半分も重要ではないというのが講義の度に出てくる常套句ではあったが、確かにこの仕事をする上でそれは真理だとは思った。その時はこれっぽっちも思ってはいなかったが、後々にな」
「どう感じたかって、特使ではあるが障壁打通をしていないって、なぞなぞですか?」
ハインドホープの知人であるが故か、チェイスもなぞなぞが好きなのだなと思う一方で、チェイスのそれは興味深い命題のようにも思えた。
「未知を既知に変えていくのが好きな性質を持った者は、それなりに多い。だが大半は平常という繰り返しの中に好奇心を収斂されて、矯められる。それも自分自身にだ。これがスタンダードなのだと。お前の爺様の口癖にあったろう、ほら、現実を制限するな、区切るなとかいうものだ」
それは、ファリルが繰り返し幼い頃から言われた言葉だった。時折、夢で見るほどに。
「確かに祖父の口癖ではありますが」
「俺はこの森は【うつくしい】と思う。美しいという言葉では掬いきれず感覚と言葉の合間に落ちてしまうクオリアとでもいうべきものを日々脳裏のメモ帳に写し取り、相対化し、比較する。未知に触れた恐ろしさ、哀れみ、怒り、喜び、驚き、様々な言葉にならない感覚器官から放たれる共鳴を脳裏に刻む。森は日々新しいが、だからこそとけこめていない傷跡はどうしても目につくし鼻につく、あるいは耳障りだ。違和感を大事にな」
そうしてファリルと森番の会話は終わった。




