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2-8.

 押し黙るファリルを尻目に、鼻を鳴らしてチェイスは残っていた魚を全て胃袋に収めた。

 それからお茶を何度か啜り、空になった器を両手を添えた状態で机の上に置きながら、ポツリポツリと話し始める。


「かつて若かりし頃の話だ。森番になるものは、皆カーソンという学者の講義を受けた。美しさや神秘を感じ取り続ける力という講義だ」話が大きく変わったことに困惑するファリルを放置して、チェイスはこともなげに語りを続ける。

「意外でした。森番というのはもっと実践的な職業訓練のようなものを経てなるものなのだと考えていたので」


 実際にファリルが認識しているだけでも森番の職掌範囲はかなりプラクティカルだ。手に職をつけるという概念に近い、自らの感覚で常人が見たら単なる森だと思うものに対して、知識と観察眼を用いて複数のレイヤーを重ねることになる。


 どの程度の量の獣が視界の範囲に見える獣道を通り行くのか、森の土壌の状態、湖沼の水質、翌年の天候、歩き慣れるぬものたちの侵入有無。もちろんファリルが知らぬ指標や証跡すらもあるだろうことは明白だった。


「実地訓練は数ヶ月、山や河川沿いにこもって街に寄り付かんこともあるが、座学も多い。特に実地の場では、常に異化作用を働かせる必要もあるのでな」

「異化作用ですか?」

「見慣れたものを、見たことのないものへ認識変化させることだ。本質はさっきも少し言ったかもしれんが事物を知識としてではなく、異なる感触として己の感覚に伝えることにある」

「僕には知識と感覚は地続きだとしか。それに、チェイスさんがそこまで熱心にされるのは森番の職務を遂行するためなんですか? だとしたら、何故そこまで?」


 帝国との交通は途絶えて久しいのにとは続けなかった。それを言ってしまえば、この老人は貝のように口を閉ざすだろうという奇妙な確信があったからだ。


「職務に奉じるなんてのは今の若い者には通じんだろうな。これはある意味、魂に染みついた動作なんだろう。お前さんものめり込むものがあるだろうが、俺はそれが森番という仕事だった。いや違うな、やりたいことをしていたらそれがたまたま森番という仕事だったということだ」


 職業人、そんな言葉をヒトの形にしたならばなるほどこういう人物になるのかというくらいに人柄を表す言葉だと、ファリルは思った。好ましい人物がひた隠す好ましからざる秘密を聞き出すのか、気が重いなとそんなことを頭の片隅におきつつ会話の応酬を続ける。


「さっきお話しされていた異化作用は、要は違和感を感じ取るためにあえて少し斜めに視点をずらして観察するという理解で正しいですか?」

「概ねそうだ。森番にとり、深山幽谷での活動は日常生活になる。いくつかの技術や慣習を習得したら、森番は己が身ひとつでそれぞれ持ち場を定期的、あるいは不定期に巡回する。だが慣れというのは誰にでも平等に蓄積される。そして慣れは怠惰と慢心を生む。単なる習慣、覚えた技術、決まりきった日常の中の慣習や決まりごとの繰り返しは、感覚を鈍らせる。それは避けねばならん」


 お茶を飲み、喉を湿らせながらチェイスは語る。


「それだけ気を付けているそのあなたがここ最近森には異常がないと判断した。僕はそれが異常だと思いました。あなたは異邦人の正体をしっているんじゃないんですか?」

「知っている。浜辺のエルフィルの女は、たしかに帝国本土からの特使だろうな」


 意外なほどあっさりと隠されていた札が開示された。けれど、どうにも違和感のある言葉遣いだった。もう一歩、踏み込む距離を間違えれば、口を閉ざすのだろうなと先ほどと変わらぬレベルの直感を抱きながら、頭の中でチェイスの言葉にさまざまな角度から記憶の棚にあるワードをぶつけてみる。


 何かを閃かないときにとるファリルの最終手段は用語の総当たりだった。意外な言葉や概念が繋がり、それが別の言葉と繋がって糸口になる。


 帝国特使と大断絶は繋がりそうで、どこかファリルの中で違和感があった。そこに、当てはまる言葉を再び探すと、ねじれの位置という言葉が頭の中でぼんやりと光を放つ。

 それは平行でもなく、交わる訳でもない二直線の関係を意味する。無意識下で導き出した言葉を浮上させる。


「それは、障壁制約を打通したということと同義ですか?」


 慎重に聞く。掴んだ糸口がこぼれ落ちていかないように、自分でもわかりやすいくらいに緊張している自覚はあった。


「否だ」

「それは、どういう?」

「俺のところに来たのは、ドワルフェンの男だった。その男は、今週普門院で弔われとった」

「それは、どういう意味ですか?」


 ドワルフェンもエルフィル同様に長命種の一枝であり、鍛治と錬金、斧や槌などの重量武具を使いこなす戦士の多い種族でもあった。


「その男は確かにある事を尋ねてきたが、カニンガム家が反乱を企てている予兆はあるかと聞いてきたが、ないと答えて酒を酌み交わして別れた。それから今週に入って、山で身元不明のご遺体が見つかってな。遭難者やらは森番か山家の猟師が見つけることが多いし、本人たちがなることも往々にしてあるから連絡がくる」

「それでその方であったと」

「顔を潰し、獣の爪痕に見せかけても刃物の傷は騙せない。それに種族は腑分けをすれば確実だ。ヒト種にはない臓器があった。そこに鉛玉もめり込んどったがな」


 犯人は複数で、かつ腕のいい狙撃手がいるようだなとチェイスは付け加える。

◇- 用語 補遺集 -◇

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● カーソン

・参考にしたのは、レイチェル・カーソン。代表作は「沈黙の春」、遺作は「センス・オブ・ワンダー」

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