2-7.
「祖父のチームがそれを調整したんですね」
「調整もそうだが、継続的な仕組み自体をあの男は短時間で組み上げた。寝食を惜しんで、工房に泊まり込んでな。測定方法の開発を革切りに、エーテルの粘度、密度、蒸散量の各種パラメータの予測分析モデル、そのモデルを用いてダルマティアで手に入るいずれの素材を付加添加物に出来るかという判定の定式化までが一年だ。それから、そのプロセスを回していく為の工場の建設、動線設計まで含めて二年はかかっとらんな。驚くべき短時間でそれを成さしめておったよ」
「祖父の事績は、学校で習いましたが。当時は大きなニュースだったんですよね」
他者から家族の事績を語られるのはどこかこそばゆいとファリルは思う。
「門外漢だがな、そんな俺でも精密さを求められる機械系処理を業務プロセスの中に組み込んで回し続ける大変さくらいは理解しとる。ラスマインズ社は日々、そのプロセスを回してフィードバックを受けて改善するループを回し続けてもいるそうだ」
ファリルの理解不足を察したように、少しかみ砕いた説明をチェイスはファリルに向けて訥々と語る。
「断絶直後から、祖父はのちの創業メンバを集めて、複数の小規模な実験ラボを創る為に動いていたとか。家のものから聞いています」
ファリルにとってそれなりに厳しいながらも、ハインドホープは優しい祖父ではあったがあまり自分自身の仕事を語ることはしなかったし、祖父の仕事の部下とカニンガム邸で顔を合わせることもなかった。ハインドホープを訪ねてくる人間は多かったようだが、客人が来た際には、ハインドホープが主に起居している別邸へ通されるのが大半だったからだ。
「そのころに俺も接触を受けている。確率分布の話だとあの男は言った。足りないのは常に時間と意思だと。データが全て得られるのであれば、それを使う必要はないが、この閉ざされた世界の中で余さずデータをとらえ、蓄積することは難しい」
「祖父はよく言っています。探索は物理世界だけのことではない、データを探索することで新たな世界の見え方を見つけるのだと。自分の中の世界を限定させ、区切るなとも」
「お前さんは、だからここに来たのか」
「はい」改めて強くチェイスの瞳をファリルは見つめる。
「何を聞きたい? 異邦人がどこから来たのかなぞ、本当に聞きたい事ではなかろう」チェイスの言葉を受けて、ファリルは眉を顰める。チェイスの指摘は正しかった。
「僕の知る限り、海の側から来れるルートはありません。あなたは誇り高い職業人だと僕は思います。だからあなたやあなたの育てた森番たちは、不審な侵入者を基本的には見逃さないはずです」
そこで一呼吸おいて、ファリルはチェイスの反応を伺うが特に別段大きな変化はなかった。
「けれど、それが不審な人物ではなかったとしたら話は変わるのではと思います」
「続けてみろ」
「あくまで架空の想定を置くとして、あなたが不審ではないと判断する人物の属性、背景は何かを考えました。帝国本土からの正規のライセンスを持った特使、市長や公共機関の人間だったらあなたは不審者とは見做さないんじゃないかと」ファリルはそこまで言ってから、少しだけ間を空けて続ける。「チェンバレンさんの一派が、浜辺で異邦人が見つかった日、偶然にも山で狩をしていたとかで怪我を負ったそうです。切傷が多かったとかで、診察した医官の話では刀傷であると」
本題に踏み込んだという手応えはあったが、チェイスの反応はあまり変化しなかった。
「それでお前さんは、異邦人が帝国本土からの特使で、チェンバレン派がそれを妨害したとでも言うつもりか?」
「そこまでは言いません。共通点もお互いが怪我をしていたというだけです。ただ余りにも対称性がある意味、それを繋ぐ鍵はなんだろうかと考えていました。単なる推論以下ですが、異邦人は確実にキャンパス市の外から来ています。その場合、周辺から市へ入る上での道は海からか森からかです。森の場合、あなたの敷いた哨戒網にかからないということは考えにくい点、それからチェンバレンさんたちが狩をするのであれば同じようにキャンパス市と周辺の境界線の山野で行う筈です。どちらも境界線に関わりうる」
液体エーテルの場合は、温度・圧力が低いと「ドロドロの状態」、高いと「サラサラの状態」になるのだという。ファリルにとって自分自身の思考が話すうちに昇華され、サラサラになって研ぎ澄まされていく感覚を覚える。
「その異邦人とやらが海から来ていたらどうする」
「高等学院生なので、海洋実習の一環で潮流に勉強くらいは当たり前にさせられます。あの浜は、水泳やダイビングが禁止なんです。離岸流が発生しやすい地形であることと、急深地形といって海に入ってからすぐに急激な傾斜があって深くなるので波打ち際からして水深の浅いエリアがなく波の速さ、流れ方の観点からあそこに漂流物、漂流者がたどり着いた記録はここ数十年残っていなかったです」
念の為にファリルは郵便局の手伝いの後に、かつて外海について学んだ場所へと訪れていた。
「だから森からだと?」
「はい。それに、先日アミアータで、巡礼服姿の三名の人物が見掛けられています。そのうちの一人は、こう聞いたそうです。『森番の長にはどこに行けば会えるのか』と」
今度はチェイスが沈黙する番だった。同時に、品定めをするような鋭い視線と共に質問が一つ、ファリルに投げかけられる。
「ちなみにカッティ坊主を連れてこなかったのは何故だ?」
痛いところを突かれたなという印象を受ける問いだった。カッティは親友と呼んでもいい間柄ではあるし、情報交換の約束もしている。ただ、これから聞くことに関し、彼の父と彼が協力してことにあたっている可能性もあったからだ。




