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2-6. 森番との会話

 翌日、ファリルは朝から家を出て昼に差し掛かるころに森番のチェイス老人が拠点としている山小屋へ足を運んでいた。

 本宅にはノックをしても反応がなかったが、家の裏の方で金属音が響いており音のする方に回っていく。入り口から覗くと、チェイスはちょうどなにかの作業をしている様子だった。


 ファリルは作業小屋の入口で直立したまま、チェイスの作業が終わるのを待とうとする。けれど、どれくらい待つだろうかとそんな考えを浮かべたころ合いで、チェイスから声がかかる。


「レーベンスの末か」そう言って、作業用のゴーグルを外すとチェイスは鋭さの中にどこか面白みのある感情のこもった視線をファリルに寄越してきた。

「なにか、作業をされていたのでは?」恐る恐るファリルは話しかける。


 チェイスの手元では、懐中時計のフレームとパーツが並べられていた。作業机の端には懐中時計のパーツを削り出す旋盤なども存在していた。ファリルの視線に気づいてチェイスは応じる。


「森番は常に時計を持ち歩くからな。頻繁な調整も必要だ。それにしても市長の孫っこといい、最近は客人が随分と多い」


 それから無言で立ち上がり、手で山小屋のような設えの彼の家を示す。ファリルは頷き、チェイスが作業小屋の施錠をしている間、家の玄関の方に回って待つことにした。


「こっちだ」手早く施錠を済ませたチェイスがファリルの横まで来て、家の施錠を解除して玄関の扉を開ける。彼の鍵束は十数の鍵がかけられていたが、手慣れた手つきで適切な鍵をさばいていた。

「狭いところだがな。茶くらいは出せる」


 ファリルは木でつくられた広々とした椅子に座るよう促され、チェイスが茶を入れるのを待った。ほどなくして、茶を入れ終わったチェイスが向かいの椅子に座り、一口茶を啜る様を見届けてから、話を始める。


「浜辺の異邦人の件は、ご存知でしょうか」

「ああ。ここにいる時は新聞くらいは読む」

「異邦人がどこから来たのか。僕はそれを知りたいと考えています」

「いきなり本題に入るか。若さだな」


 チェイスは改めて向かい合ってみると朴訥なしゃべり方で、言っていることは意地が悪そうにも聞こえるが、面白がるような感情の方が強そうだった。あまり背は高くはないものの、よく鍛えられているであろう体躯からは静かな佇まいでも圧のようなものを感じられる。


「カッティがあなたから話は聞いたということだったんですが、もう少し詳しく話を聞きたいと思いまして、ここまで来てしまいました」

「それを、なぜおまえさんが調べる。本職の調査官どもに任せておけばよかろ」素っ気ない様子でチェイスは言葉を返す。


「わがままなことだというのはわかっています。それでも知りたいのは、僕が歴史を綴りたいからです。五〇年という時間、障壁制約がどのように強固であろうとも世界が繋がっている以上、帝国からの接触がないことの方がおかしいとは思いませんか。そして、その過程で不可解な状況に陥っている。帝国本土から来たと見られる人物はいたものの、何故か浜辺で倒れていた。隠された真実などという上等なものは求めていませんが、誰かが知って残しておいた方がいいと僕は考えます。浜辺で倒れていたエルフィルの彼女を見つけたうちの一人の義務として、そして歴史家の卵の責務としても」


 ベリーズから関係者外秘を要請されていた浜辺の異邦人がエルフィルだという情報をファリルは意図的にチェイスに伝えることにした。そういう風に伏せた手札を見せなければ、この人物が情報を開示してくれることはないだろうと思ったからだ。

 チェイスはファリルの瞳を見て、しばらく黙考している。そのまま数分が経過したところでファリルのお腹が鳴った。

 チェイスはその音を聞いてくっくっと抑えた笑いを浮かべ、少し待っとれと言ってキッチンらしきエリアに移動していく。十数分後、彼はいくつかの小皿をもって戻ってきた。


「まあ、食え。骨まで嚙み締めろ」

 チェイスから左右に平たい魚だった。木の葉のような形をしていて、上半分と下半分では色が違う。色鮮やかな緑青色と銀白色の二色で、さわやかな酸味が鼻をくすぐる。付け合わせに載っているのは炒った豆のようだった。


「これは、あまり食べなれないですが、たしかに豆とか味のそこまで強くない穀物類を食べたくなりますね」初めは恐る恐る食べつつ、舌の上で転がせると食べているはずなのにお腹が空いてくるような感覚をファリルは覚える。チェイスが言うように骨も嚙み切れるくらいに柔らかくなっていた食感が妙に食欲をそそるのだ。

「森番やおぼろ谷の湖畔漁師がよく食べている伝統食のようなものだ」

「キャンパス市でも魚の類は食べますが、これは初めて食べました。なんという魚なんですか?」

「ママカリという。おぼろ谷の汽水湖に生息している小魚だ」


 それからしばらくチェイスから供された保存食に少し手を加えた料理にファリルは舌鼓を打つ。腹がくちくなったころ合いで、お互いにどちらからともなくお茶を相手の椀に注いで食後の一服をする。


「カニンガムの家は、重苦しいのか」小休止を経たあと、チェイスが話し出す。


 言葉の少ないその言葉には、ダルマティア財界と関わりの深いカニンガムの家の嫡男が、歴史家になりたいといい出すことへの興味が滲んでいた。


「父と母は、苦しかったようですね。いまはおぼろ谷で暮らしています。僕にとっては、優しい祖父ではありますが、父にはそうではなかったようです。それに僕自身も、祖父に昔の人の厳しさのようなものはひしひしと感じています」

「ハインドホープは、自分にも他人にも厳しい男だ」さもあらんという風にチェイスは頷く。

「祖父と、知己なんですよね。オリジナルイレブンのつながりで」ファリルの祖父をファーストネームで呼ぶ人間は数少ない。チェイスがその一人だったことに内心驚きつつ、ファリルは問いかける。

「それだけではない。帝国貴族で、軍務に奉じる者は多いが、ハインドホープほどの高位貴族で実学に造詣が深いものは珍しい。あの男はいいエンジニアでもある。森番は職務の都合上、昔ながらの頑固なダルマティア職人たちと仕事の付き合いが多い。その橋渡しを頼まれた」


 ハインドホープの知己であるからか、胸襟を開いて話をしてくれるようだとファリルは感じる。


「祖父がこの地で一番最初に起業したものが、重工業だったと聞いています」

「そうだな。断絶直後からハインドホープがチームを組成し、指揮をとり、各エーテル動粘度の各段階における試料の粘度指数を求める測定方法を開発した。とは言っても、お前さんの顔にはなんだそれはと書いてあるな」


 工学的な知識は乏しいため、ファリルは素直に分からないと謝罪する。


「浅学なもので、申し訳ございません」

「エーテル資源はな、採取はできるがそのままでは使えんのだ。精妙な配分で混ぜ物をして、機械が食べられる形に加工する必要がある。その配合表は断絶当時、ダルマティアにはなかった。それをハインドホープは作り上げた。自分の系譜を遡ったところにいる者が何を成したかくらいは理解しておくといいかもな。孝行にもなろう」

「ありがとうございます。僕は何も知らないのだなということを改めて思い知りました」


 実のところ、ファリルにとって祖父の事績を全くの第三者から語られるというのは新しいことではない。幼年学校、中等学院や高等学院において、侯爵家まで陞爵していったカニンガムの家の歴史はちらほらと帝国史に散見されるほか、ダルマティア断絶後の祖父の事績はチェイスが語ったことを含め、多かったからだ。

 教科書に出てくるその記載は単なる文章として頭の中に記憶されたのとは異なり、生きた言葉として同じ時代を生きた人物から語られるそれは、異なる響きで真摯に受け止められた。


「ハインドホープの研究があの断絶の後、今日のダルマティアを支える工業基盤の一端を築くことになったのは間違いない。あの男の仕事がなかりせば、ここの暮らしは昔日の在り方に近しい様になっていただろう」

「祖父が創り上げた企業が、ダルマティア随一のエーテル重工業ラスマインズ・シッスル社へ続いていることは理解していますが、エーテル資源は一定自給できていたのでは」


 話しながらファリルは意外性を覚えていた。チェイスが、祖父の事績について非常に詳しいというの点についてだ。しかし、考えてみれば森番は原エーテルの採集業者でもありうる。エーテル資源加工を行うハインドホープとビジネス上での関係性はファリルが思うよりもよほど強かったのかもしれないと考え直した。


「エーテルの一滴は、血の一滴だなどと新聞では盛んに独自生産方法についての懸賞なんかがかかっていたんだが、隔世の感だな」

「その言葉には聞き覚えもありますね」

「さっきも少し話したからもしれんが、本土からの物流が遮断された際、最も枯渇の懸念があったのはエーテル資源だった。それまでは、全部輸入していたからな。未加工の原エーテルはおぼろ谷周辺や、このキャンパス市近郊で複数採取することは可能ではあったが、残åされた船舶やエーテル駆動車、鉱山などで稼働する各種機械動力へ加工する上でのエーテルのパラメータ調整が難事だった」


 昔を思い出すように、一語一語を噛みしめるようにチェイスは言う。


◇- 用語 補遺集 -◇

-------------------------

● エーテルの一滴は、血の一滴

・ダルマティア世界におけるガソリンのようなもの。元は、日本の標語のようにも思えますが、第一次大戦でフランスのクレマンソー首相が合衆国に石油支援を求めた際の言葉とも

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