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料理の固有名称を出しているもの「かねーでるり」や「とるた・れじーな」は、実在するものだったりします
「ファリルくん、ここです。いつでもおすすめなお店」
そういってアリシアが案内したのは、様々な植物の鉢植えやエアプラント、装飾花などで入り口がアーチのように飾られた店だった。
店の看板には丸みを帯びた優美な文字で、フランチェスカのトルテの店と揮毫されている。
「トルテってなんですか?」
「パンとケーキの中間みたいなものですかね。最近だと、朝食にすることも多いんですよ。カニンガムのお屋敷だと、もしかしたらおやつくらいには出ているかも知れませんね」
「そう言われると、名前は知らないまでも食べたことがあるような気もしました」
「ここのは家庭的なものなので、完成度の高いプロっぽさというよりも素朴な味を大切にしているお店なんです。早速行きましょう」
大人二人がゆうに寝そべることのできる透明なショーケースの上には、ガラス瓶に様々な種類のナッツや、栗を何かの溶液に漬けた保存食、それからイチジクなどの乾燥フルーツが置かれ、その下には様々な円形の小ぶりなトルテが並んでいた。
「おばちゃん。栗ジャム入りトルタ・レジーナください!」
「おや、アリシア久しぶりだね。はいよ。一つじゃあ足りないよね?」
恰幅のいいエプロンをつけた女性が豪放磊落な笑いを浮かべてアリシアを迎え、ハグをしたあとに心得たものとばかりにアリシアの購入する分の数量の確認を行う。
「三つお願いします!」
「元気な子だね。はいよ。お連れさんはどうする?」
「ありがとうございます。アリシアさんと同じものを一つお願いします」
「ちょっと待ってておくれよ」
そういってガラスケースの中から、アリシアとファリルの注文したトルテを取り出して、皿に載せる。
その様を見ながら、アリシアがそわそわした様子でファリルに告げる。
「栗ジャム入りのトルタ・レジーナはこのお店の定番中の定番なので、是非ご賞味ください」
「アリシアが本に書いてくれたおかげでね。商売繁盛、ありがたいことだよ。うちはトルテの見た目は家庭的、けれど味は抜群のトルタが食べられる店ってのが売りだからね。あんまり宣伝なんかはしてなかったんだけど、ある日お客が今まで以上に入り始めてね」
アリシアの本がグルメ本の中で上位を争うベストセラーになっていた事を踏まえると、理由は推察がつく。
「それがアリシアさんの本の影響だったと」
「そうそう。元々はあたしの母が始めた店でね。それを受け継いだわけなんだけど、主街道がずれちゃったし、なんとかそれでもやってこれたのは巡礼路のおかげさね」
「ダルマティアの霊場四十四ヶ所巡りでしたっけ」
ダルマティアにおける巡礼路は入植してしばらく経った頃から開かれている。
「そうそう、霊場の一つがこの街の近くの普門院だったからだね、街道がより西に移ってもまだね、なんとかなっていたし巡礼者むけには少し安くサービスしてたけど、まあ今じゃアリシアのおかげでそんな心配もないけどね」
「それはよかったです」
「ちなみに巡礼者といえば、古式めかしい巡礼者のローブを着ている人を久しぶりに見たね。それも三人も。古式帝国金貨支払いでさ。どこのお大臣様だいって思ったもんさね。巡礼札も持ってなかったしねぇ」
不思議な客だったよとフランチェスカは思い出しながら言う。
「確かに珍しいですね。巡礼札がないと、巡礼路の割引サービスなんかは受けられないんですよね?」
「そもそも巡礼地毎に印を押して貰うからね。富裕層やらが行うあれだろ、グランドツアーとかいったっけ。あれと同じカタチだけの巡礼ごっこみたいなもんだよ。最近はそういうお遊びみたいなのも増えてきているって聞いたけど」
ダルマティアにおいて、貨幣価値の保守は困難を極めた。保証するべき帝国との通交が遮断されている以上、ダルマティアの中で完結させる必要があるからだ。さらに金が取れないという現実的な問題があった。
一方で銀は採掘可能であり、さらに銀貨と銅貨については帝国通貨の刻印所があった経緯もあり、ダルマティアの多くの地域では帝国銀貨の銀使いが主流になった。一方でキャンパス市周辺では、帝国金貨が多く流通していた影響もあり、補助貨幣である銅貨と組み合わせた金遣いが主流となる。また、中でも古式帝国金貨は金の含有量が高い金貨で通常の金貨よりも五割増しの価値で取引がされていた。
「キャンパス市に近いから帝国金貨は流通しているけど、ここは銀山もあるからね。銀貨で多めに払って貰って、金貨と銅貨でお釣りを調整して両替の手間を減らしてあげるなんてこともしているんだけど、おぼろ谷方面から来て金遣いの人は珍しいよ」
「何を買って行かれたんですか?」
「美味そうに匂いを嗅いで、トルタ・レジーナを買っていったよ。それから、おかしなことを聞いてきたんだよんだね」
フランチェスカの話をしばし聞き、その後、お礼を言って二人は店を出る。
帰りの道中でファリルは、トルタをアリシアと並んで御者席に座りながら一緒に食べた。
優しい酸味と風味を醸し出すリモーネピールが入り、栗ジャムの仄かな甘みと入り混じるそれは小腹の空いたファリルに程よい滋養だった。




