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「この辺りからが栗街道ですね」
「栗街道、ですか?」
「道の愛称なんですけどね」
レミリアの語る栗街道とはごく最近盛り上がってきているキャンパスからアミアータまでの街道筋の一部エリアのことのようで、ファリルには初耳だった。
アミアータの栗を目当てに旅籠や、菓子匠、寄木細工職人などの店や工房が軒を連ねて集まってきたのでいつからかそう呼ばれるようにもなったらしい。
「最近は栗の皮やイガの成分を抽出して、化粧品にするなんてプロジェクトも進んでいるみたいですね。シャーロットさんから聞きました」
「多分、それはリエカの医療機関と合同で運営している研究開発の一環だと思います。それより、伯母をご存知なんですか?」
「あー、郵便局にミニコミ誌を持ち込んだって話を、私、ファリル君にしましたっけ?」
「はい。テレンスさんが大事に持っているのを見せてもらったりもしましたよ」
アリシアのそれは商業誌でも通用するのではないか
という構成の冊子だった。頁数からして、百ページもありファリルが目を軽く通した程度でも食と産地、料理人への深い愛が感じられる筆致で、グルメ情報が綴られていた。
「それは嬉しいですね。それで、そのミニコミ誌なんですが、全部で五百冊くらいしか頒布していないんですけど、シャーロットさんがどこから聞きつけたのか郵便局に持ってきてですね。グルメ本出さないかってお誘いいただいた頃からのご縁です」
アリシアはあっけらかんと言うが、ファリルにとって鋭い嗅覚で様々なビジネスの種を植えては育て、植えては育て収穫することを繰り返す伯母のシャーロットのバイタリティは驚くべきものがあった。
それに付き合って、そこまで食に興味のないファリルでも知っているベストセラーを書き上げるアリシアも大概ではあるなと改めてアリシアやシャーロットへの畏敬の念をファリルは抱く。
そもそも無名時代にミニコミ誌とはいえ、個人で五百冊刷って配るという食にまつわる行為への熱量も凄まじい。
「伯母は手広くやっているので、そういう関係があったことは意外でしたが、言われてみれば確かにそうだなという感じで、何度か似たようなこともあったので驚き慣れました」
「確かにエネルギッシュな人ですよね。最近はシャーロットさんの医療系の研究開発企業と、食べられる土の研究開発を始めたりもしています」
カニンガムの家がどちらも経営するからこその取り組みだろうとファリルは思った。シャーロットは特に有用な人材の活用にも余念がない。
「食べられる土って、土を食べるんですか?」
ファリルにとって、素朴な疑問が浮かぶ。美味しいのだろうか、雑菌などは大丈夫なのかなどだ。
「食べられる土と言っても見た目だけですよ。ゼリー状の食べ物、寒天ってあるじゃないですか」
「はい、無色透明なぷるぷるしたものですよね」
「あれといくつかの栄養素を組み合わせて、土に似せた色合いにしたものの中に、ダルマティアキノコや、小さく育つ葉物野菜なんかを植え込んでおいて育てて食べる商品なんです」
予想よりもまともそうな食品であることは分かったものの、なかなか不思議な食品のようでもある。
「それは美味しいんですか?」
「そこは研究開発中なので、研究者の皆様がいま頑張っています。でも面白いですよね、食べられるものの中でさらに食べられるものが育つなんて」
「アリシアさんは何を?」
「キノコや野菜の選定ですね。あとは味見係です」元気よく飛び跳ねるように、頷いた。
「確かにアリシアさんに向いていそうですね」
「はい!」
それからファリルはしばらく栗街道の景色を楽しみつつ、ゆったりと進む空の青さを眺めながら馬車に揺られていた。
アミアータの村が近づいてくると、荷下ろしの準備に荷台側へファリルが移りつつどちらともなく会話が再び始まる。
ダルマティア各地のグルメや、郵便局の人間などについて村の入り口付近に来る頃には、手紙の量が増えたという話になっていた。
「そういえば、最近は島嶼部の再開発が始まって、人が移り始めているせいなのか、島嶼部からキャンパスを経由しておぼろ谷やリエカへというお手紙も多いそうなんです」
「へえ、じゃあ結構忙しいんですか」
「そうですね。遠距離郵便や小包が増えると色々、従業員のシフト調整や輸送時間なんかも関わってくるので特に上役たちやテレンスさんが大変そうですけど、現場の私は色々遠い場所に行きやすくなるのでありがたいですね」
会話をしている間に、馬車は村の郵便局へとたどり着く。出てきた村の担当者に小包や手紙の類と共に、受領証にサインを貰いひとまずファリルとアリシアの仕事は終了となる。
都市や村を跨ぐ郵送の場合は、現地担当者まで荷受け元から引き渡すまでが責任分界点となっている為だ。その為遠方への輸送の場合は、中継点となる郵便局が設けられており、そちらに運び込むことになる。
「帰る前にちょっと寄りたいところがあるので行きせんか?」
「まあスムーズに終わったのでそのくらいは大丈夫かと思いますよ」
「じゃあ行きましょう! でも、速達便だったらもっと色々なところへお届けしつつ、寄り道もできたのでそれが残念ですね」
「寄り道は必須なんですか。まあ、今回は普通便だけでしたからね」
ダルマティアロジスティックスの傘下におさまったダルマティア郵便では、普通郵便、速達郵便、公用郵便と三種類の郵送手段が用意されている。普通郵便であれば、通例通りに局同士で配送し、それ以後の配達は引き継ぐことになるが、速達と公用郵便は、配達まで責任を持って、二名の担当者で行う規則になっている。
「そういえばアリシアさんて、公用郵便を配達したことあるんですか?」
「まさか、ないですよ。公用郵便の場合は、なんでしたっけ、密使あるいは伝令でしたっけ? 帝国郵便制度の名残で係長級以上、つまりはシングルナンバーの人が二名体制で運びますからね」
「補助的な役割で、一〇等級であれば参加も可能だった筈ですよ」
ファリルは会社の規則はある程度頭に入っていた。
「ファリルくん、私は仕事とプライベートは両立したい派なのです。多分、もっとしっかり職務を果たしてくれる人がやってますよ。テレーズ先輩とかね」
「テレンスさん、管理職ですけど。そんな実務までカバーしているんですか?」
仕事の出来そうな女性だと思っていたものの、予想以上の働きにファリルは驚きの声を上げる。
「さっきも言ったじゃないですか。なんか、ここ最近は忙しいんですよ。大量配送の割引や不在通知とか、段々サービス利用が増えているらしいです」
「そうなんですか?」
「ええ、私が子供の頃なんて、隣のおじいちゃんへの手紙や荷物も不在だったら庭先で泥遊びをして遊んでいた私に預けるくらいだったんですけどね。多分シャーロットさんへ社長交代してからだんだんと、いろいろなサービスも増えているみたいです」
アリシアの田舎の話はキャンパス市育ちのファリルにとっては、なかなかの衝撃だった。
「アリシアさんの子供の頃、その人宛の手紙を隣の家に預けちゃうんですか?」
「はい、お互い様ってやつですしね。リエカ近くの漁村でしたけど、野菜やお魚なんかも留守の間に上がり込んで、置いていったり、私も隣近所のおばあちゃんの家に勝手に入って、おやつを用意してくれたりしたので食べたりもしましたね」
「そういうのを牧歌的というんでしょうか」
「私の田舎ではまだあるでしょうけど、少しずつそういう緩い雰囲気はキャンパス市あたりからは失われつつあるのかもですね」
そんなことを話していると、アリシアの目指している場所へたどり着く。




