2-3.
待ち合わせ場所に行くと、道端の石に腰掛けてアリシアが口を動かしているところだった。
「あ、ファリルくん。おはようございます」
「アリシアさんおはようございます。今食べかけていたというか、食べたのはなんですか?」ファリルに挨拶をしてから空中で止まっていたスプーンを口の中に運び、満足気に嚥下するアリシアにファリルは声をかける。
「カネーデルリという丸めたパンとチーズが浮いた伝統的な山家のスープですよ。今日は少し冷えますからね。あ、山家ってわかりますか。キャンパス市からクルカ川を遡っていった先にある山岳地帯のことです!」
パンと卵を捏ねて丸めたらしき団子状態の塊がいくつも浮かび、濃厚なチーズを溶かし込んでいるのか鼻をくすぐる香ばしい匂いがファリルのところまで漂う。
アリシアは料理も非常に上手く、一度食べたらある程度は材料や調味料、調理方法まで再現できるだけの舌を持つ。彼女の健啖家としての特性と相まって、小腹が空いた時用の軽食を常に持参し、隙あらば同行者に食べさせようとしてくるのだった。
「ファリル君は年の離れた末の弟をなんでか思い出させるんですよね」
ファリルは満面の笑みを浮かべるアリシアの様子に根負けして、予備の椀でいただくことにした。
「確かに美味しいですね、これ」
食べ終えると、二人で手分けして今日の郵送分の手紙や小包の宛先が正しいことを確認する。
「これから行くアミアータ村は、栗の栽培が主要な産物の村なんですよ。村の中心となる場所に植えた栗の木が十メートルくらいにまで成長した巨木になったとか。そこを起点とした開拓が進んだから、起源に学んで栗の作付を増やして名産化したらしいです」
食にまつわることならば、歴史や伝承はファリルよりも豊富な知識を持つ彼女を、ファリルは尊敬していた。
「ああ、アミアータ栗なら確かに食卓に何度も上っていますね。でも、乳母が言っていたんですが昔はあんまり有名じゃなかったとか」
「乳母さんがいるのはさすがカニンガム家、坂の上のお屋敷すごいですものね。前にお散歩していた時、いい匂いに釣られて迷い込んじゃいました」
「敷地は雑木林になっているところもあるので、薮などで怪我は大丈夫でしたか?」
入り口少なくとも一〇分程度は歩かなければ、屋敷には辿り着かない広大な敷地には警備用の仕掛けなどもある筈で、過去の事ながら怪我をしていないかをファリルは心配した。
「ええ、大丈夫でした。季節は晩秋で、ちょうど栗などのお菓子を食べながら木の葉が舞い落ちるなかをお散歩していたら、木々の合間からすごく愛嬌のある形の茅葺き屋根が見えて驚きました。。それに、丁寧に手入れされた下草の斜面がエントランスにスムーズにつながっていて、なんだか可愛いい屋敷だなって思っちゃいました」
「結構なところまで迷い込んでいますね。多分、それ本邸玄関です」
運がいいのか、仕掛けに遭遇せずに玄関までたどり着いたアリシアに驚きつつファリルは相槌を打つ。
「誰にも見つからずに、ひょいっとまた元の道に帰れたのでよかったですけど、栗ごはんか何かの匂いが今でも鼻の奥に残っていますよ」
「アリシアさんらしいですね。それより、アミアータの話を聞きたいです」
ファリルにとり、アミアータは名前のみ知っている場所だった。
「昔、大断絶の頃には小規模な農村に過ぎなかったらしいのですが、その村は今や地域一帯の名所にもなっているんですよ。まあそれに栗は食用としてもいいですし、樹皮は煮詰めれば染料になり、高耐久性に木材にもなる結構お得な植物らしいです」
「アリシアさんがそこまで気にしているとなると、栗の料理も美味しそうですね。うちだと、シンプルな焼き栗や栗饅頭とかでしたけど」
「カニンガム屋敷のお料理食べたいですね。栗ってシンプルな調理方法もすごくいいんですよね」
おそらく本気の発言だろうアリシアの言葉に、ファリルはそのうちテレンスなどを含めて招待しようかと思い始めていた。
「ありがとうございます」
「あ、それで栗料理ですよね。もう少し後の季節になると本格シーズンなんですけどね、今の時期だとジャムや川魚の甘辛煮なんかの保存食にしていたものを活用したお料理になるんですけど、やはり目玉はスイーツです」
「スイーツって、栗饅頭とかってことですか?」
ファリルに言葉に目を丸くして少しのけぞった後、怒涛のように言葉の引き出しを片っ端から開けたよう
にアリシアは語り出す。ファリルは、これは不味いスイッチを踏んでしまったなと内心で苦笑した。
「いえいえいえいえ、筆舌に尽くし難い美味しさの様々な宝石のごときお菓子たち、まずは風味際立つ王道の渋皮煮、あるいはなめらか食感な舌触りの麗しい甘露煮、ウィスカの風味香るマロングラッセの基本三種、そこから羽ばたく応用と創意工夫のお菓子たち。宝石のように大事にファリルさんにも食べてもらいたいけど、シーズンじゃないのが悔やまれます」
「じゃあまた今度、シーズンになったら教えてください」
「はい、その時はぜひおすすめのお店にご案内します」
「ちなみに、そろそろ出発しませんか?」
「はい、行きましょう!」
近郊の村であれば、キャンパスから二頭立ての幌つき馬車を利用することになる。アリシアは動物の扱いも巧みで、危なげなく手綱を握りながら御者台に腰掛けた。
馬車であれば二時間ほどでアミアータ村の村域には到着する。




