2-2. アミアータへの郵便
アリシアのモデルはかなり年上の知人だったりします。
ファリルは週に二回、郵便局を手伝っている。カニンガムの家の家訓に基づいて社会貢献活動をする為だった。
三曜の放課後と、それから六曜の朝に、キャンパス市の中央郵便局へと出向く。郵送担当課長のテレンス・ファクティールに指示を受けて、ファリルは自分が今日はアミアータというキャンパス市近郊の村までいくつかの手紙や荷物を届けることになることを知った。
「キャンパス市内の配送ルートとは異なり、市外への郵送に関しては以前、初期幹部研修で学んだかとは思うけれども、運航課・マーケティング課の合同コントロール局と連携して行うことになる。だから途中地点の郵便分局には必ず寄ってほしいわ」
運航課は、道の状況や、手紙の場合は郵送種別、手紙以外の痛みやすい荷物の場合は品名などを元に、適切なルート設定を行う。一方でマーケティング課は顧客から預かった荷物や手紙の最終到達期限の管理を担っている。前者がどちらかといえば運び手と荷物の安全を、後者が時間の観点を見ることになる。
そのため、大雨などで道路状況が悪化すると前者が迂回ルートを提案しつつ、後者がお届け日時の遅延調整を荷出し人の顧客と折衝することになる。その折り合えるポイントを調整するのが合同コントロール局、通称コントロールだった。
「分かりました」
「これも規則でね。毎回、読み合わせが必要なのよ。ごめんなさいね。郵便物に関しては配送期限が設けられているし、荷受けした各種コンテナ荷物に関しても同様ですが、道の状況次第では迂回ルートの指示が運航課からテレックスで進路上の分局へ出ることになります。はい、これで読み合わせ終了です」
「読み合わせ内容承知しました。ありがとうございます」
緩く波打つ豊かな髪質に、広めに取られた郵便局の窓から差し込む日差しが映えてキラキラと輝く女性がテレンスだった。
テレンスはテキパキと要点をかいつまんでファリルに指示する。
郵便局長の指示で、ファリルはこの女性の直属の部下扱いで郵便局の仕事をしている。そのお陰もあって、キャンパス市における簡易なモノや手紙の流れを大雑把にではあるものの把握できるようになってきていた。
「ごめんなさいね、いつもいつも。事件が起こるたびに読み合わせや、確認手順が増えていくのよ。大事なことだけどね」
少し疲れた口調でそうぼやくテレンスに、ファリルは仕方ないですよと声をかける。
「この読み合わせって、ダルマティア郵便時代のエース配達員、ファビアンとリヴィエールという著名なペアの事件の影響ですよね」
「ええ。彼らが当時、挑んでいたのは最も困難な夜の山越えの道でね。非常に重要な郵便で、アレックスとユーリスという若手ペアがバックアップに入っていた。けれど彼らは冬の寒さと凍てつく風と、夜の闇に飲まれたのよ」
脅すような口調でかつての業務上の事故をテレンスは語る。
「その年の冬は近年にない寒さだったと聞いています」
「そうね。いずれにせよ、きちんとコントロールの指示は聞いてちょうだい。それがあなたたちの安全と荷物の定時到着を守ることにもつながるわ」
「わかりました。ちなみに今回はどなたと組むことになるんでしょうか?」
郵便局は元来、女性職員の方が多い。帝国の逓信省の外郭団体として成立していた帝国時代の郵便局の時代からそうで、テレックス向けのタイピスト、通信交換手などにはそもそも女性が多く採用されていた。
「アリシア・ハイネと一緒に行ってくれるかしら。あなたはしっかりしてるし、あの娘はそろそろ一〇等級から、シングルナンバーへ昇格させてあげたいのよ」
カニンガム家の経営する各種企業体では、十三等級から始まり数字が少なくなるほどに給与や権限が増える制度となっている。九等級以上のシングルナンバーで一人前扱いとなり、テレンスは中間管理職の七等級に相当した。
基本的にどの企業体においても下から一〇等級までは、新人あるいは若手扱いになる。ファリルは、あくまで正規職員ではない手伝いの形なので等級に関しては付与されていないものの、テレンスの権限で十一等級の職員が確認できる程度の情報閲覧権限は付与されていた。
「あの娘は、郵便配達にはかなり向いているとは思うんだけど、どうにもマイペースなのがね。結構下の子達からは慕われているし、早く上がって欲しいんだけど」テレンスはやれやれという風に肩をすくめる。
ファリルもアリシアとは面識があるが、確かに物腰柔らかく人に慕われる人物ではあるが、マイペースで食に目がないという特徴がある。
また趣味が高じてアリシア・レニエールというグルメ評論家としてのペンネームで「食通年鑑」「招客必携」などのグルメ本を出している。
もともとアリシアは海沿いのリエカ出身で、海は見飽きたということで中等学校を卒業するとおぼろ谷の測量学校に入学し、山や巨大湖の傍で勉学に励んだ後、帝国内務省の出先機関である帝国国土地理院ダルマティア支部で測量士補として山林の地図作りに励んだらしい。
その際に、おぼろ谷の蒸し焼き料理や山家の山菜料理などに舌鼓を打ち、健啖家として目覚めたのだという。
ファリルの少し上の世代ではこういった健啖家やグルメに目覚めた人口が多い。
これはダルマティアと遮断されていなかった頃の帝国本土の置かれていた時代の要請によるものでもあったとファリルは理解している。
遮断のおよそ百年の昔、穀物にまつわる農業改革によって、ヒト種は長命種由来の少数での爆発的な収量を確保できる農作業を成立させた結果、大きく人口を増やすことになる。増えに増えた人口は農村から都市へと大規模に流入、様々な需要がそこに生じた。必要は発明の母ともいうように、人口集住は技術革新の度合いを高め、結果様々な職種が生まれた。
同時に技術革新に伴い、様々な社会的な仕組み、多くの企業体を立ち上げる必要があった為、女性や子供、ヒト種の中でも少数派であった長命種、ヒト種以外の労働力を取り込む形となる。
ヒト種であろうとなかろうと、働けば腹が減るのが世の真理ではある。さらに加えて、そこへ農村部からの豊富な食料品が流入した結果、大料理時代とでもいうべき様々な地方で、様々な特産品を使った料理が花開いていった。ごく細々と食べ継がれてきた伝統料理から、様々な産地の食料をミックスしたモダンプレートまでなんでもござれな飽食と美食の時代が到来する。
近年は気候変動の影響もあり、寒さに強い作物や、暖のとれる料理が人気を博している。
アリシアは故郷で健啖家として目覚めた後、海の食も見た。山の食も見た。あとは、他の場所の食を見たいと郵便局に転職してキャンパス市に来たという経緯がある。
その際の採用面接はテレンスが行ったそうで、自己アピールにアリシアはおぼろ谷の測量事務所に勤務していた際に手書きで刷った自作のおぼろ谷のおすすめグルメスポットを記載したミニコミ誌を持参し、熱く情報伝達の重要性について語ったという。
アリシアのミニコミ誌は噂が広がって、おぼろ谷周辺の農村部や山家にまで愛読者があり、頻繁におぼろ谷へ足を運べない読者にとっては郵便による配達が何よりも楽しみなのだという。
その縁で実はアリシアはトルデシリャス・クエストの前半部分の執筆者でもあった。




