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1-16.

「ヘニッジさんはお祖父様以上に、無茶なことを言われる気がします」

「謎を見出す。問いを立てる。その力は、たぶん君の才能の種なんだろう。僕は何を解決すれば、リエカが繁栄するのかすらわからなかった。けれど僕には医療の腕以外にも、物事のあちらとこちらをバランスさせるという才能はどうやら少しくらいはあったみたいだ。政治はバランスさせることだと、君のお祖父様に言われたよ」


 ファリルはハインドホープらしいと苦笑いする。


「参事会の議員としても立派な活動をされていると仄聞しています。シベニク=クニン病院と提携して大学で行う高度教育よりも、実践を重んじる医学専門学校の設立、それからキャンパス市全域での栄養調査などもですよね」


「買い被りすぎだよ」ヘニッジは耳の後ろをポリポリとかいて両手を体の後ろについて星空を見上げた。どこか稚気の感じられるその動作にファリルもなぜだかつられて、同じ姿勢をとる。見上げた星空はキャンパス市の中でも高い場所にあるカニンガム屋敷の位置関係のおかげか、街の明かりがあってもなお煌々と照り輝いて見えた。


「そうでしょうか」ポツリとしばしのお互いの無言の後にファリルは呟く。


「キャンパスとリエカ、それぞれ成り立ちは異なるし、発展の方向性も異なるけど僕のやったことはリエカで原型が育まれていたことなんだ。さらに遡れば、帝国のどこかでやっていたことの猿真似に近い。僕はそれをさらに孫引きし組み合わせ、なんとかキャンパスに適用しているだけと言える」ヘニッジは苦笑いをしながら、体勢を元に戻してあぐらをかきながら自重するような口調で応じる。


「有名な劇作家が口癖にしていたことらしいのですが、この世で成功する人とは、立ち上がって、自分が望むような状況を探し回り、もし見つからなければそれを創り出す人だそうです」ファリルはヘニッジのカップが空になっていることに気づいて、反動をつけて立ち上がり、ヘニッジのカップにレモネードを注いだ。


「ありがとう。そもそも僕は状況を探し回ることはできるけど、創り出すなんてことはさっぱりだ」

「僕も似たようなものです」


 ヘニッジの謙遜にファリルも謙遜で応じる。


「そうでもないと思うよ。謙遜は美徳かもしれないけれど、時には無用な軋轢を生む」

 それは、謙遜の達人のような人が言うが故に不思議な説得力があった。


「覚えておきます」

「結婚は家と家の文化のすり合わせともいうけれどね、なかなかどうしてこの家の家風は僕には興味深い」


 掌を夜空に透かすように掲げて、その指の隙間からこぼれ落ちる星空を眺めながらヘニッジはしみじみとつぶやいた。


「みんなそれぞれ自分のやりたいことを好きにやる家だとは思いますよ」


 ファリルも夜空を眺めてつぶやく。


「そうだね。どんどんと成長していくレミリアを見ていてもそう思う。例えば、リエカとキャンパスの間は鉄道が走っているから、一日で行って帰って来れる。片道二時間強というところだけどね。でも鉄道がどういう仕組みで動くのか、僕にはわからない。でも、この家の人たちは鉄道が故障しても自分たちで原因を特定し、修理し、復旧と改善まで繋げる事ができる」

「それは買い被りすぎです。僕にもわかりません」

「でも、ファリル君もどういう技能の人を連れてくればいいかくらいは語れるんだろ。どういう調査をすればいいのかも」

「ええそのくらいなら。レミリアまた少し分野が違うでしょうけど、それならお祖父様やシャーロット伯母さんも同じですよ。あの二人は最も技術論まで語ってくれるかもしれませんが」


 レミリアは以前は文学や経済、政治についての学びを深めているようにファリルには伺えたが、中等学院以後はむしろ工学的な分野に興味を惹かれたようだった。

 ハインドホープのいる別邸にはハインドホープが個人的に雇っている研究者向けの工作室や研究室も備え付けられているが、そこに入り浸って勉強をしてもいるとパトリシアからファリルは聞いている。 


「僕にはね。シャーリーも、レミリアもファリル君も、ハインドホープさんも。全く新しい未知の状況に出くわした時に、目の奥が輝くように見える。楽しそうにしている」

「医療でも未知の症状というのはあるのでは?」

「あるよ。もちろんある。というよりも、既知の症状だったとして、知識の中にある病名そのままだったことがわかるのは、患者が無事に全快するか、火で燃えて灯篭と共に川に帰ったケースの一部だけかな」


 完治するか、死んでしまうかしないとわからないというヘニッジの話に内心驚きながら、それでも未知に挑むヘニッジを含む医官をファリルは敬する。


「僕たちは未知を切り開いてきた一族だと幼少の砌、祖父に教わりました。不謹慎かもしれないのですが、未知を既知に変えていく面白さを楽しむ心は捨てられません」

「そういうところが凄いんだ。なんというか。カニンガムの家は自由だ」

「そうなんでしょうか。父と母はこの家の家風を嫌って、距離を置いたみたいですが」

「距離を置けることも自由だよ。自由があって、過去に戻れたとしても多分僕はまた医療の道を志すけどね」

「医療や政治で新しい未知の状況に立ち向かっているという意味では、カニンガムの家と同じようにも思います」

「そうかな。そうであればいいね。さっきの言葉は少しだけ、嫉妬のような感情も含まれているからね」


 それから少しして、ヘニッジは立ち上がりお尻について砂を払った。サイドテーブルに用意されていた清潔な布巾で手を拭い、天体望遠鏡の近くまで歩み寄る。


「さて、今日も輪っか星は歪んでいるな。どうしてもピントが合わないんだよね」

「本体やレンズ側の歪みの可能性は」

「年代物とはいえ、家にあった帝国の老舗エイボン・スミス社の上位モデルだからね。ないとは思いたいが」


 分からないなとつぶやきながらヘニッジは説明書と実機を見比べている。


「ダンダス家とカニンガム家で、医療用カメラやフィルムなどの合同企業を立ち上げていましたよね。あそこで分解整備してもらうのもありだと思います」

「確かにね。分野違いではあるかもしれないが、ダメで元々だし。依頼してみるよ」


 ファリルとヘニッジは、それから星を眺めて他愛無い雑談を繰り広げながら、過ぎゆく微睡の夜の時間を過ごした。

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