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1-14. 星見の夜に

 ファリルとヘニッジは使用人の手で観測機材が設置された屋敷の屋上に足を運んでいた。

 周囲には、二人ほど家人の姿もあり、何か声かけをすればすぐに近寄って来れるが二人の静かな話し声は聞こえない絶妙な距離を保っている。


「さて、じゃあ今日も天体観測をしようか。ファリル君、そういえばさっき上がってくる時に、相談事があるって言っていたけどどうしたんだい?」


 ファリルは移動の最中、ヘニッジに相談事がある旨を告げていた。

 の常ならぬ様子に、かつての職業柄かヘニッジがファリルの額に掌を当てようとしてくる。それを手で静止して、少しだけファリルは距離をとった。


「そろそろ高等学院の終わりも見えてきた時期なので、ヘニッジさんにも話を通しておいた方がいいと思ってお話しします」


 もう数ヶ月でファリルは高等学院の最終学年に進学する。そのあとは大学へ行くことになるのは既定路線ではある。


 ファリルはカニンガム家の末席として政治に関わる文脈を読み取ることはある程度出来る。しかし、処世術としてその能力を発揮するのは良いとしても気が乗らないのだ。様々な資料にあたり、現地を見、人と会い話を聞いて歴史を綴りたいという欲求は日に日に強くなるばかりだった。


 ヘニッジは医官であった過去もあり、カニンガムの家の人間とはまた異なる視点や考え方を持った人物でもある。ファリルにとって進路を相談する相手として適当な人物になる。


 また、逆説的にヘニッジはカニンガムの家に婿に入り、多くの仕事をこなす中でカニンガムの家の考え方も肌身に染みてわかっている。

 外の視点、内の視点、どちらの視点からでも中立的な相談ができるという意味でもおあつらえ向きだった。


「それじゃあ聞こうか。温かいココアとレモネード、どちらがいいかな?」朗らかにヘニッジは応じて保温ポットに入った飲み物を指さす。


 ファリルはいつも天体観測をするときにはココアを飲んでいた。けれど、ヘニッジは毎回ファリルに飲み物を選ばせてくれる。その行いを温和と取るか、融通が利かないと取るかは人それぞれだろうなとファリルは思う。けれど、どうしてだか今はその心遣いが心地よかった。


「レモネードでお願いします」ファリルははっきりとした声でそれをヘニッジに告げる。

「わかった。レモネードだね、ハチミツは入れるかい?」意外そうな顔ひとつ見せずに、ヘニッジは頷いて保温水筒の方へ背を向けてコポコポと中身をカップに注ぎながらファリルに再度尋ねる。

「ありがとうございます。少しだけいただきます」そんな背中に家族を支える大きな温かさのようなものを感じて、いつもより幾分か優しい声でファリルは応じた。


 それからしばらく、お互いにカップを抱えながら空を見上げた。天体望遠鏡は傍らにあるもののまだそちらにはお互いに触れてはいなかった。


 少し切り出しにくいなと内心思いながら、どこか柔らかいヘニッジの醸し出す空気に誘われて、ファリルは話を切り出すことにした。


「高等学院を卒業し、ダルマティア大学に進学したら一人暮らしをしようかなとも思っています。カニンガムの家を継ぐのはレミリアでもいいと思っているんです。もちろん彼女がそれを望めばですが」


 沈黙が二人の間に立ち込めた。ファリルは静かに呼吸をしながら、自分の心臓の音が聞こえることに気づいて、緊張を自覚する。

 少ししてヘニッジは口を開く。


「意外だな。そう言うものなのかい」


 ファリルの言葉を真正面から受け入れつつ、少し目を大きく見開いてのヘニッジの発言だった。


「色々と思うところがありまして。クラスメイトで市長の孫のカッティや、レミリアとも異なり、僕には身体的な問題もありますしね。少し自分を追い込んでみたいと思うんです」

「ファリル君のそれはもう殆ど影響がないんだから、なんでもないことだと思うよ。それにみんな、子供の頃は何者かになりたいと、何者かにはなれるはずと思うものさ。そういう子供心をくすぐるのが、ハインドホープさんは上手いよね」

「祖父は茶目っけもありますからね」

「レミリアからちらっとだけ聞いたけど、中等学院に入学すると、謎かけと共に一つの贈り物をもらうんだろう?」

「祖父からの贈り物は、各学校課程に進むたびに貰えはしますけど、中等学院の時は少しだけ毛色が違うんです」


「何がそんなに違うんだい?」ヘニッジは面白がるような口調で、ファリルに話の続きを促す。

「僕はポケットラジオをもらいました。レミリアは日記だったかな。祖父曰く、そこに一つの謎を掛けた。答えではなく、そこに何の謎を隠したかをわかったら答えなさいと」


「ハインドホープさんらしいといえば、らしい。風変わりな家風だね」心底からそう思っているような裏表のない声だった。


 ヘニッジの言葉に苦笑しながらファリルは言葉を返す。


「昔ながらの成人の儀なんでしょうね。カニンガムの家は、代々帝国本土の海峡貴族でしたから、普段の海と異なる海、その差異を感じ取り違和感を見つけ出すことが当主の資質ともされていたそうなので」

「ああ、年の終わりなんかでたまにやるキムス・ゲームもそういう文脈なら理解できる」


 あのゲームもまた特殊な部類に入るよねとでも言いたげな口調でヘニッジは呟く。


「あのゲームはカニンガムの家では子供の頃からやるお遊びみたいなものですけどね」

「ナイフ、お菓子、スプーン、ペン、小石、本、皿など種類や用途のバラバラなものを二〇個、トレイの上に置いて一分間観察させ、大きな布を被せて、何があったか、どういう配置があったかを当てさせるなんて、初めて見た時は簡単だと思ったけど、案外、僕には難しかったよ」

「僕は、あのゲームだと五〇個までならなんとか正解したことがあります」ファリルは自慢には聞こえぬように淡々とした口調を心掛けて、過去の記録を話す。

「そいつはすごい。僕なんて八個くらいだ」


 人それぞれに得意なものは違いますからと言って肩を落とす仕草をしているヘニッジを慰めつつ、ファリルは悩みを吐露する。


「祖父から出題された謎も、今ダルマティアで起きている謎も解けないままですけどね」

「後者は箝口令が敷かれているらしいけど、長命種だったんだろう」


 この人くらいになるとやはり情報は入ってくるのだなと、ファリルは緘口令が敷かれている情報をさも当たり前かのように知っているヘニッジに対して僅かな驚きを覚えながら頷く。レミリアは反抗期が故にそういった情報をヘニッジに伝えていはいないだろうと思うからだ。


「ええ。もしかしたら、歴史が動いているその最前線に僕たちはいるのかもしれません」

「僕は寡聞にして、歴史についての学究的な探索をしたことがないけれど、どういう風に深めていくものなんだい」


 へニッジが穏やかな表情を浮かべて聞いた。


「基本は文献調査、フィールドワーク、歴史的な事件に立ち会った人からのヒアリングですね。僕の場合、帝国やダルマティアの昔話を集めています」

「昔話か」


 ヘニッジがどこか苦笑いのような表情を浮かべながら呟く。レミリアの弟妹たちはまだ幼い。ヘニッジは何度も絵本や昔話の本などを読まされていたなと思い出して納得する。


「たとえばよく昔話や童話に鬼などが登場してきますが、この場合の鬼は長命種との接触経験が少ないヒト種が洞窟の中に村落を築いていたドワルフェンの縄張りに入り込んだ文明衝突時期が出元になっていることが多いんです。ヒト種の進出範囲の伸長に伴い、双角兜をかぶった戦士団の迎撃を受けたなんて話を、鬼の襲撃に苦しむ村の青年がお供を連れて鬼退治に出かけるなんて伝承に書き換えるなんてこともあるんですよ」

「そういうお話を聞くと面白いね」


 先程の苦笑いから打って変わって、ヘニッジは話に興味を持ち出したようだった。


「今みたいな童話の類型、少しずつパターンの違う話が帝国全土で三十七種類あり、その伝承の分布状態から、現在の帝国領域内にある長命種の領域と、過去の分かっている領域の分布図を重ね合わせて、遺跡調査なんかの参考にしたりも」

「長命種側は覚えてないのかな、そういうの」


 素朴な疑問をヘニッジが提示する。それは歴史学を学ぶ上で初学者からよく出る質問の一つだった。


「エルフィルは記憶媒体が特殊でヒト種では情報にアクセスできないんですよ。それにドワルフェンは書籍によればあんまり歴史を書く文化はないそうです。あの種族の人たちは基本かなりのプラグマティストで武器や金属細工の仕様書、鉱山地図、金属の配合表なんかは古い時代のものまで残っているそうなんですが」

「なるほど。そういう話を聞くと、まだ見ぬ長命種に親しみすら覚えるよ。僕も医官時代はカルテの整理こそきちんとしていたけど、日常生活は壊滅的だったから」

「僕も文面だけでなく、実際に会っていろいろなことを聞いてみたいです」


 ファリルはこれまで『星』の技術により影響を受ける帝国という器の中にあるダルマティアを見てきた。ただ、それはダルマティアを語る上での一つの側面でしかないとも考えている。


 ファリルが集めた昔話の中には、『星』の影響を受けた可能性のあるエピソードなども見受けられた。

 もちろん、歴史が広範な意味での人類が縦糸と横糸で織りなしてきた編み物のようなものである以上、長命種の存在もそこには重要な役割を果たしているとファリルは思っている。


「自分でもいつからかはわからないんですが、ただただダルマティアや帝国について、断絶がどう影響を与えたのかについての歴史を綴ってみたいと考えるようになりました。それ以外にも『星』から多くの影響を受けている筈なんですが、それはあまり歴史の表舞台には出てこないんです。そういうものを帝国各地や他国を回って丁寧に掘り起こしていきたいと思っています」


 ヘニッジにはついつい話してしまうなと思いながら、ファリルはかねてから思っていたことを話す。


「歴史家になりたいのか。それならここで当主を継いでもできるだろうに。レミリアも、ファリル君もこの家で大分のびのびと過ごしているように、僕には見えるけどね」ヘニッジは外、つまりは帝国本土への交通手段が失われて久しい点には触れず、ただやんわりと別の道もあるのではという提言をファリルに行う。


「家のお陰で、高等学院まで進学できていることは自覚しています。けれど、その先の人生で地に足のついた生き方をきっと僕はできない。きっとレミリアや家人に迷惑をかけてしまう」

「古言に曰く、為せばなるだそうだよ。まだ少しだけ、時間もあるだろう。そんなに急がなくてもいいんじゃないかな」


「実は、このお話をしたのは、ある見通しが立ったからなんです」

「見通し、とは?」

「ダルマティア断絶五〇年史という歴史書がダルマティア第一出版から今度、出るんですが、その文化・習俗の章と技術の章で執筆者の末席に加わることになったんです」

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