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1-13.

 そのあとはたわいも無い話が続き、夕食がそろそろ終わりに差し掛かる頃に、ファリルはシャーロットから話しかけられた。


「そういえば、ファリル。あなたがまた大量に葉書を買っていった影響で在庫不足だって報告受けてるわよ」


 カニンガムの家の家訓で、公を楽しむことを学生のうちからも行うべしというものがあるため、ファリルは郵便局の手伝いをしていた。その伝でもって往復葉書を優先販売してもらっていた。ちなみに便宜を図っているのは郵便局長である。

 帝国本土との断絶以降はこれも公的なインフラとしての機能を喪失し、カニンガムの家が郵便局を基盤ごと買い取って民営化し、私企業になっていた。


 そのおかげもありダルマティア地方の物流と逓信はカニンガムの家といくつかのライバル企業体とが太い水脈の担保を行い、行商人が毛細血管のように行き交うことで保たれていた。

 伯母にあたるシャーロットはその元締めでもある。元々はヘンリーが代表となっていたが、数年前に祖父の片腕に専念するために引退し、それ以前から準備を重ねていたシャーロットが引き継いでいる。


「例の月刊冊子の読者参加型企画が今盛り上がっているんですよ」

「ああ、それって若い子達があのカフェで鐘をかき鳴らして熱狂するやつでしょ。そういえばファリルはまだ続けていたんだ」


 現在、ダルマティア地方の若年層の間では、定期刊行雑誌トルデシリャス・クエストが流行していた。雑誌の前半はダルマティア地方各地の観光ガイドの体裁をとりつつも、目玉となる記事が後半に掲載されている【航海時代の幕開け】という名の読者参加型ゲームだった。

 これはある意味で帝国を偲ぶ企画でもあり、探索や交易を柱として在りし日の帝国本土の資本家となって保持するゲーム上の資金で様々な行動を行える。

 特に他のプレイヤーとの競争、海域単位を指定しての掠奪や海戦なども選択肢として取りうるため、戦略シミュレーションゲームとも呼ばれている。


「高等学校のクラスメイト達からもかなり人気が高いですよ。それにこれでも、何度か上位入賞したこともあります」

「ふーん。それを遊ぶのに葉書が必要なの?」


 ゲーム自体には興味がなさそうなものの、やり取りの仕組みには興味があるのかシャーロットが質問を重ねる。


「ええ。往復葉書のやりとりをしながらゲームを進めるので。プレイヤーが手紙に行動を書くんです。それを読んだトルデシリャスの出版部の方でサイコロを振って出目で行動判定の失敗や成功なんかをシミュレーションしていくんです」


 ファリルが説明していると横合いからああ、そういえばと言ってレミリアが入り込む。


「そのシミュレーション用なんだと思いますけど。パトリシアがモンテカルロ法の計算プログラム部品を書いて、その出版社用にカニンガム家のライブラリに保存しましたよ」


 帝国にて開発され普及し始めていた汎用計算機はダルマティア全土では自動車よりも保有台数は少ないが、その過半数はカニンガムの家で独占されていると嘯かれてもいた。

 ファリルもそれが何に使われているのかは理解していない。管理は主にヘンリーとパトリシア、それからハインドホープが秘書として雇った高等学院とダルマティア大学の理学部双方を主席で及第したリーゼス・マイトナーの三人が勤めている。


「カニンガムの家の計算機資源の貸し出し枠って結構高いですよね」ファリルはうろ覚えながら、一時間の利用で一般的な家庭の生活費の一週間分の費用が嵩むくらいの料金をとっていたなと思い出す。

「それをペイ出来るだけの利益を出せているということでしょうね。でも、確か育成枠あったわよね。あれじゃないの?」シャーロットが関心したように、品よく頷きながらパトリシアとヘンリーに話をふる。

「はい、ご認識とおりでございます。新興企業向けの育成融資枠での貸し出しなので、お安くなっております」大体一時間あたりの使用とランチ代が同じくらいですのでと、パトリシアがシャーロットの発言を肯定しながら情報を付け加えた。


「まあでも育成枠になるくらいには、お父様も認めているのね。それなりに面白そうな男に出資しておいた甲斐があったわね」


 ロイズ出版はトーマス・フィールディングというカフェのウェイターをしていた男が、眼前のシャーロットを含めたカフェの常連客の出資を受けて、カフェの二階の部屋を間借りして新しく始めた出版ビジネスであり、近年では他のお堅い出版社を差し抜いて売り上げ部数を大きく伸ばしていた。


「伯母さんが出資者の一人だと聞いた時はそういえば、かなり驚きましたね」


 ファリルがゲームに参加するようになったのは、クラスメイトの友人から誘われたことが切掛になる。また、ゲームの参加からしばらくしてロイズ出版社の下のカフェに友人と訪れた際、カフェで馴染みの取引先と商談を繰り広げているシャーロットと鉢合わせ、その週の六曜の夕食を共にした際に一連の経緯を知ったのだった。


「可愛い子と価値は旅に出して、循環させないと育たないからね。今現在、主要村落への流通経路は辛うじて確保できているけれど、空荷が続けば不採算路線としてどうしても維持は難しいのよ。運びうるコンテンツ、雑誌と手紙の流通量が増えるのは嬉しいわ」


 柔らかな笑みを浮かべるものの、強かな経営者でもあるシャーロットはファリルにとって会話をしていて新たな発見の多い大人だった。


「ちなみにそのゲーム。僭越ながらわたくしも参加させていただいております」


 珍しくシャーロットとファリルの会話に入り込んできたのは、上級使用人のヘンリーである。


「ヘンリーさんも、トルデシリャスの航海者なんですか?」驚きのあまり、ファリルは通常よりもやや大きな声をあげてヘンリーに問い返す。


 航海者というのは「航海時代の幕開け」をプレイしているファンを指す愛称だった。

 ヘンリーは仕事一筋というような人物で、滅多に冗談も言わない執事の鑑のような人柄だったため、若者に人気のゲームに興じているのは意外なことのようにファリルには感じられた。


「ええ、ちょっとした偽名を使っておりますので気づかれなかったようですが、上位ランクにも名が出たことがございますよ」

「それは面白い話を聞きました。今度ぜひお話をさせてください」

「もちろんでございます」


 丁寧に礼を返してヘンリーは頷く。それから、他愛のない話が続いたが、食事の終わりまで来るとそれまで黙していたヘンリーが再び、口を開いた。


「ヘニッジ様、ファリル坊っちゃま、天体観測の準備は屋上にて整っております」


 それからそれぞれが散ることになった。

 六曜の夕食会においては、始まりは一定の時間で始まり、全員が揃う前から始める他、終わりについてもそれぞれ用事があるものが抜けていき、最後の一人が食卓を離れたら終わりになるというものだった。


 儀礼的な部分は最低限でいいというハインドホープの意向であり、ファリルたち家族や家人たちも長年続いた慣習の影響もあって気にするものはいなかった。

◇- 用語 補遺集 -◇

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● <歴史>ロイズの鐘

・史実においては船が難破、沈没などがあった場合に鳴らされた

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