1-12. カニンガム家の夕べ
七曜の六つ目の日は、ファリルの実家であり生家でもあるカニンガム家では、親族一同で食卓を囲む習慣が存在した。
カニンガム邸の食堂は二つあり、三〇名程度が入ることのできる大きな食堂と、やや奥まった場所にある一〇名程度の親族一同が食事をするダイニングであり、双方とも二階建ての本棟に存在する。本棟は広く、数万冊単位で蔵書された図書室や工作室など用途別の部屋も存在する。
ちなみにそのほか、中庭に面し、柔らかい雰囲気のある中庭から大きなポーチを備えたテラスを通ってそのまま奥の重厚な書斎へと風が通るようにつながっていく平屋の別棟がある。これは主に当主であるハインドホープが起居する。
それから、やや離れた場所にある使用人たちが生活する三階建ての使用人棟が敷地内に存在していた。
夕食はきっかり夜の六時に始まり、サラダから始まってメインや水菓子などを含めたデザートまでそれなりの時間をかけて卓を囲む。
首座に座るのは、ファリルとレミリアの祖父にして一族の当主でもあるハインドホープであり、そのほかに出席する資格があるのは、レミリアの両親と、彼女の年少の妹弟にファリルとレミリアとなる。
その他、一族以外の出席者も存在する。
カニンガムの家では数十名の使用人を雇っており、その中でも上級使用人のヘンリー・スレイルと、ファリルの乳母でもあったパトリシア・オブライアンは公私の様々な面でハインドホープの補佐をしており、この食卓にもついている。
カニンガム家は上級貴族である為、帝国本土の領地からの相当量の地代が入る筈ではあるが、障壁制約により資金の流れは途絶えており、給金や生活費などは全てダルマティア内の事業収益から賄われていた。
ファリルの乳兄弟にして、彼女の娘も同様にカニンガムの家に仕え、現在は高等学校に進学して同学年のレミリアの側仕えをしていた。ただこの食卓には着いていない。
ちなみに席次は年齢順で、ファリル自身は年少ということもあって下座になる。
本来、この場に居合わせている筈のファリルの両親はカニンガムの家を出て、おぼろ谷で暮らしている為、滅多にこの場に顔を出すことはなかった。
またどうやら本日は、ハインドホープが気分が優れないとのことで、自室で夕食を取るため、欠席していた。
ハインドホープが欠席した場合の食卓はどこか弛緩した空気が滲むものとなる。
「ファリル君、来週の課外活動の件聞いたんだけど、レミリアのことをよろしく頼むよ」
レミリアの父であるヘニッジが穏やかな声音で話しかけてくる。ダルマティア地方最西部の街である港湾都市リエカにて、有力な医官の家系の一つであるダンダス家の五男として生まれ、街が大規模な山火事の類焼で焼け落ちたとき、その救命医としての腕を振るい、救助活動で名を上げた人物でもある。ファリルの伯母、つまりはレミリアの母にあたるシャーロットとはその時の縁で婚約を結んだという馴れ初めがある。
現在は、カニンガム家の後援のもとでキャンパス市議会議員を務めていて、平日は浜の手の方に持つ家で暮らし、週末にこの本邸へ通うという生活をしている。
「はい。レミリアが危ない橋を渡らないように見ておきます」ファリルはいつものように苦笑いをしながら返す。
ヘニッジは人望も厚く何事もそつなくこなしてきた男特有のスマートさを漂わせていたが、それも愛する妻や子供たちの前ではたじたじになってしまうようで、いつもフォローをファリルに依頼してくるのだ。
「はは、頼もしいね。その点、うちのおてんば娘たちはなかなかどうして、火中の栗だろうとなんだろうとそれが気になれば、興味津々で行動するんだよね。それも行動力はあるものだから、今週も支援者にレミリアの件でお礼を言われたよ。困っているときに、レミリアちゃんのお陰で助かりましたって」
「お父様、学業を疎かにしないし、義務を果たす限りは自由にしていいという約束でしょ」レミリアが間接的に嗜めようとするヘニッジにぴしゃりと言葉を被せる。
「まあ、それはそうなんだけれども」娘の反撃にヘニッジは頭をポリポリとかいて、言葉の接ぎ穂を探そうとしているようだった。
そこへ追い打ちをかけるようにレミリアが言葉を紡ぐ。
「パトリシア、わたしの中等部卒業における席次は?」
スープを飲んでいた上級使用人のパトリシアは口をナプキンで拭うと、透き通る声で朗々と話す。
「レミリアお嬢様の席次は首席でございました。また、特に課外活動においても市から感謝状を複数いただいております」
パトリシアはそこまで言い切るとヘニッジとレミリアにそれぞれ目礼を返して、再び食事に戻る。
「パトリシアからいまお聞きになったように、義務を知り、礼を知り、心を尽くし、信義を通していますが、お父様は何か物言いがあるのですか?」レミリアは一息にそこまでの台詞を言い切り、にっこりとレミリアの後輩男子が見たら恋に落ちそうな見事な大輪の笑みで実の父に向けて脅迫じみた言葉を放つ。
「うん。この話はここまでにしよう」
冷静な判断力を失っていなかったヘニッジは話題をそこで切り上げて、別の話に軸足をうつす意思決定を行なったようだった。




