1-11. 道端
さんざんに飲み食いをした後カフェを出て、ピーターと別れる。ファリルも家に戻ろうとしているところで、カッティから呼び止められた。
「そういえば、まだ森番の爺様の話をしていなかったろ」そういって、後頭部を搔きながらカッティは話を続けた。
森番の爺様というのは、チェイス・ロウさんという名前の老人であり、山渡の系譜のなかでも特殊な地位にある。また、カッティの属する山岳部の外部顧問でもあった。
「そうだね。狩の話が初耳だったということはその類の話はなかったということだよね。そもそもなんで、森番に話を聞きに?」ファリルはじっとカッティを見つめて疑問に思っていたことを聞いた。
「まあ、ファリルも気づいているんだろうとは思うが、可能性の話だな。この土地に外部から入ってくるんなら、海か森かの二択だ」
「そうだろうね。原因不明の海よりも、はるか遠く険しいけれど、かつては交通があったという陸路の方がまだ外部から入ってくるのはたやすいかもしれない」
ファリルは確かにと頷いた。
「あの人は山岳部の顧問でもあるからな。色々教えてくれたよ。俺が聞いたのは森であの人の部下含め不審な奴をみたかどうかと、森になにか異変がないかっていうことだったが、どっちもないとさ」
棄民政策といまのダルマティア地方では言われているものの、開拓当時は帝国東方植民という一大事業でもあり、様々な行政機関の出先機関、あるいはその孫機関も整備されたのだ。
森番はその一つで、森林山野湖沼にまつわる様々な技術--植林、採集、狩猟、鉱山、追跡、原エーテル採集といった資源採取ならびに管理技術とレンジャー技能を習得し、人の生活圏とその外の境界にある各フィールドにおける動植物等の個体数管理、を担う皇帝内務府――通称、帝権内庫の役人だった。
皇帝私財を管理運用する性質上、彼らは全て皇帝勅任官になる。
断絶から五〇年、当時は若手の森番であったチェイスは現在では森番の中で唯一の、断絶以前の帝国で正式に任命された皇帝勅任官であり、現在は長官としてほかの森番を育てている。
「今更だけど、森番の人たちってお金、どうしてるんだろうね」
彼らは地方公務員ではなく、国直轄のいわゆる国家公務員という分類になる筈だとファリルは思う。であれば、彼らの給与の支払い元はどこになるのだろうかという素朴な疑問が浮かんだ。
「森番は、皇帝直轄領の自然資源の管理責任者だからな。狩猟や漁、それから原エーテル採集なんかをして、それをおぼろ谷やキャンパス市に売ってるからそれなりに懐事情はいい筈だぞ」
カッティは森番の話を聞いて真っ先に思うのがまず給料の話かよと肩を振るわせて笑う。
「うちだと特にシャーロット伯母さんとか、ヘンリーとか、ヒトモノカネの流れに目を光らせてるからね。ついつい気になって」
ファリルの話に応じ、帝権内庫は、皇帝家の私財を所管する単なる皇帝私奉の機関ではなく、国家財政の運用における予備金庫的性質をも具有している。予備財源――いわゆる、隠し財産なんかもあるだろうよ、とカッティは付け加えた。
「隠し財産って」
歴史の中で嘯かれる伝説の六割は財宝伝説と言われる。隠された財貨には、ヒト種はよほど興味を惹かれるのだろうとファリルは苦笑しつつも、自分自身がその例外でないことを自覚していた。
「わからんだろう。帝国との交通が遮断されている以上、使おうと使うまいと、咎められはしないだろうしな」
「森番と、調査官って相性悪そうだよね」
「まあ、悪いだろうな」カッティが苦笑しながら首肯する。
森番に対し、ベリーズの就いている調査官という役職はもともと帝国の役職ではない。本来的には、巡察使と呼ばれていたものになる。
分断前の帝国では、立法・行政・司法を管轄する最高行政機関は太政府と呼びならわした。
巡察使は、太政府の基幹七省には属さず、太政府直轄の役職となり、地方を巡り総督府の治績を調査確認するほか、簡易な裁判権を保有し、特に水利権の裁定などにもあたったという。その他、人口統計をはじめとする各種民情調査なども手がける役職となる。
問題になるのは五〇年も帝国本土と陸路海路が寸断していれば、本土の官庁と連絡などとれようもないということだった。
とはいえ、現地行政を維持する為にもそれらの役職は必要であり、一方で仮に本土との交通が再度、打通することになれば勝手に任官していると憚りがあるという政治的な判断で、独自に役職名を設けざるを得なかったという。
またその際にもともとの役職には存在しなかった警察機能を職掌範囲として加えていた結果、街の治安維持を担う駐在とは別口のある種公安捜査専従の警察機構として立脚する今の調査官になっていた。
「森番のチェイス老は、お前のところの爺様含めて断絶時にこの地方に残された皇帝勅任官オリジナルイレブンズの一人だぜ。地方政府の執政官が承認した地方木っ端役職の調査官よりかは権威的には上だろうな」
「地方政府の執政官って、自分のところの家長でしょ。そんなこと言っていたら、御祖母様が悲しむんじゃない」
「いいって、婆様はそういうところには口うるさくないもんでね」
そう無邪気に笑んでから、カッティは街中へと消えていった。
「さて、家に戻るか」
日差しのまだ強い中、ファリルもカッティとは別の方向に歩き始める。
◇- 用語 補遺集 -◇
-------------------------
● オリジナルイレヴン
・オリジナル10・・オリジナル10は、1992年の日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)発足時に加盟した10クラブを指す通称
・オリジナル11・・漫画「ギレン暗殺計画」におけるジオン公国創設に与した11人の人々




