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「でも、ファリル。それにピーターも、調査官の連中、最近はそんなに大きな調査活動もしていないだろうから、それなりの備蓄自体はあるんじゃないか」
液化エーテルの特性などを加味しなければ正しいカッティの意見にピーターが声を上げた。
「カッティ先輩、うちの実家が加工した肉類やパンなんかをキャンパス市のエーテルスタンドに卸しているんで見聞きしているんですが、車両用の液化エーテルは揮発性なんですよ」
「ピーター君の言うとおりで、液化エーテルは揮発性が高いんだ。気温にもよるけど、一ヶ月で一割から二割は減ると言われているよ」
「うちの親父が燃料費が大変だってぼやくワケだな」
思い当たる節があったのか、カッティがつぶやく。
「プリモシュテン家も、そういえば自家用車持ってるんだよね」
「ああ。そこそこゴツいやつがあるけど、平日はダルマティア市の仕事に貸したりしてて、家族で使うのは週末だな。確かにしょっちゅうエーテルスタンド寄るなって思ってたが、そんなに減るもんなのか」
ダルマティアで台数の限られた自家用車を保有できるのは財力か権力の証だった。ピーターがカッティを羨ましそうな目で見ている。
「カッティがアルバイトしているバーで出しているウィシュカがあるでしょ」
「ああ。あれに果実を漬けて、アイスクリームだっけか。その上に載っけたやつが結構イけて、店でも人気出ているぜ。それから、それに合うのはビチェリンだな。温泉を利用して栽培しているカカオから作ったチョコレートをふんだんに使う高いドリンクだが、これが美味いんだ」
カッティの働くバー・エル・フロディーテには、健全な未成年としてファリルは足を運んだことがなかったが、カッティの語るデザートやドリンクにはファリル自身興味をそそられた。
ピーターも同様らしく、想像して涎が出かけている。
「そのデザートは是非レシピを教えてほしいけど、とにかくウィシュカも作る時、結構中身が抜けているんだよ」
「ああ、それなら知ってるな。なんていったっけ。ウィシュカ作りが伝わってきた北方神話だと、神の使いに天使とか悪魔とかいう超常存在がいるんだったか。その名前をとって、ウィシュカの自然蒸発分が天使の分け前で、タルに染み込んだ分が悪魔の取り分だとかいうらしいな」
「それと似たようなものだよ。でも、容器に染み込むわけでもないから強いて名付けるなら神の召し上げかな」
自分でもあまりいい名付けのセンスではないと思いながら、ファリルはカッティの話に合わせる。
「まあ、とりあえず液化エーテルが蒸発しやすいのはわかったけどよ。調査官て、駐在官と違ってダルマティア全域での警察権限を与えられたエリートなんだから、結構ゴリゴリな権限で車を転がせるんじゃないか?」
「その可能性もある。でも、経済活動の振興や地域活性化に予算を多く割いている君のお祖母様が、砦の維持補修や残留老軍人たちの恩給、それから駐在官・調査官といった軍事や警察機能にそれほど多くの予算を割いていないことは事実だ」
それどころか、帝国海軍の管理していた砦や軍用情報も管理主体が、地方府に移管されている。これは、ガートナー艦長の遺命とでもいうべきもので行われていた。
「まあ確かにうちの婆様は、そういう施策方針だよな。夜警国家的なとでもいうんだったか。さすがに何事もないのに、市内を車は走らせられないか」カッティはピーターの見解に賛意を示した。
つまり、生産量のただでさえ少ない車両用の液化エーテルは本当に緊急事態、例えば怪我人がでたであるとか、災害救助であるとか。そういった類の事態にのみ利用することが求められている。
「帝国の中央省庁直轄の巡察使の頃はさ、ダルマティア地方府への査察やら進出してきた企業への強制捜査みたいなことが中央の後ろ盾でできたわけだけど、今の調査官は地方府自体が後ろ盾だからね。法律的に、各自治体市長か副市長、あるいはもちろん地方長官からの指揮命令がなかったら出動できない縛りがある筈だよ」
ファリルは以前、住民の目がある為、余程のことがない限り大規模な公開捜査に関連すること以外では車両は使われないと、調査官を引退し高等学校の教師をしていた老人から聞いた覚えがあった。
「ファリル先輩のお言葉は頷ける話なんですけど」
「どうしたピート、歯切れが悪いな」
カッティがにこやかに笑いながらピーターに話しかけるも、話しかけられたほうのピーターの目には微かにためらいの色が現れる。
「色々なことが怪しく思えてきてしまって、頭がこんがらがってました。すみません、とにかくですね、呼びに行った人がベリーズ調査官の車には乗っていなくてですね。そもそもあの調査官の目的は病院に来ることだったみたいなんですよ」
「三角巾を吊った調査官が遣いを送ったこととは別件で、ベリーズ調査官は動いていたという事か」カッティはたしかに怪しいなとつぶやいて腕を組む。
「ちょっと整理したいのだけど、ベリーズ調査官は車で病院へ海側から来た。けれど、病院から調査官を呼びに行った人とは別の目的で病院へ来た、ということであっているのかな」ファリルはピーターに状況を確認し、彼が頷く様を見て少し困惑した。
「ベリーズ調査官の目的はなんだったのかな?」
「三角巾の調査官の話を聞くことだったと思います。真っ先に三角巾の人を探していましたから、ただその彼からいろいろと話を聞いたのか、病院から海岸へ出向く車両にくっついて自分も行くといいだしたんです。まあ調査官がいずれにせよ必要だと思っていたので、渡りに船とでもいうべきでしたけど。病院の救急車両に乗り込める人数も限られていたので」
澱みなく答えるピーターの言葉に、ファリルは当時の状況を頭の中で浮かべる。シミュレーションというほどに大したことはしていないが、見知った場所であれば建物の距離感、方角と想像での人物の配置と動作トレースはファリルにとっては慣れた思考の動きだった。
「ベリーズとその三角巾は、何か別の仕事を浜辺の件とは別にやっていたということだろうな。それが何かはわからないが、親父たちもその早朝にケガをしていたらしいことを踏まえると、なにか事件が起こっていたのかもしれないぞ」
カッティはいまさらのように顔を顰め、頭の横をトントンと叩いた。
「その可能性は高いかもね」
「いろいろと材料が集まってきた気はするんだが、ベリーズ調査官がその流れの中で浜辺に到着した際にテトラさんを見て驚いたというレミリアちゃんの話とは、あまりつながらない気がするな」カッティがファリルに話をふってくる。
「ピーター君の話とレミリアの話を踏まえると、何かしら裏で起きていることは確かだろうとは思うんだけど、カッティの言う通りでまだ材料は足りない気がすることは確かだよね。それに、これからピーター君とぼくを含めた発見者たちが課外実習でベリーズ調査官に引率される件とこの話がどう関係してくるのか、あるいはまったくの無関係なのかも気になるかな」
「なあ、そのベリーズって調査官に引率される課外実習って、いつだったっけか?」
「来週末だね」
「なるほど、多少は時間あるわけか。なあ、ちょっと今週どこかでレミリアちゃん含めて、この件をそれぞれ各自が推察を進めたうえで集まらないか?」
カッティなりに気になる部分がいくつかあるのか、それを踏まえて確認してくるということを言って、再度の集まりを提案されたことに対して、ファリルは頷いた。
「いいよ。またこのカフェにしようか。ピーター君はそれで問題ないかい?」
「はい。自分は、大丈夫です」元気よくピーターが答え、懐から手帳を書き出して予定を書き留めている。カッティの部の後輩とは思えないくらいに律儀だなとファリルは思う。
「そう言えば、レミリアは男女一人ずつ走ってもらったって言っていたんだけど。ピーター君以外の人はどうしたのかな?」
「ああ、レベッカですね。彼女は直接カニンガム屋敷ですよ。政治的な判断てやつでしょうね」
「なるほどね」
レミリアが明示的に言わなかったのは、政治絡みの話をファリルが多少苦手としているからだろうとファリルは納得する。
「それじゃあ、レミリアにも確認をとってみるけど、多分大丈夫だろうとは思う。無理そうなら、早めに連絡するよ」
「おうわかった。ピーターここは俺が会計を持つから、好きに飲み食いしてくれ」カッティが豪儀なことをいって、ピーターが恐縮しながらもいろいろと食べ盛りの男子らしく大皿を注文するさまをみながら、ファリルはたわいない雑談に興じた。




