表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/67

1-9.

 ピーターはいつのまにか近寄ってきていた給仕から冷えた水の入ったコップを受け取り、注文はあとでしますと答える。給仕が十分に遠ざかったことを確認してから話し出した。


「自分としては、少し違和感があります」

「違和感? ベリーズ調査官の浜辺での驚愕についてかな」

「はい。いえ、別にレミリアの言っていることを疑っているわけではないんです」ピーターはファリルの質問に答えてからレミリアの顔をつぶすようなことにならないかを懸念してか、付け加える。

「レミリアは別にそんなこと気にしないと思うよ。むしろ、興味深いと思ったりするだろうね」ファリルはピーターを安心させるようにして、話を続けるよう促した。

「ありがとうございます。当日医官たちを呼ばなくちゃと思って、自分はまずシベニク=クニン病院に行ったんですよ」


 シベニク=クニン病院はダルマティア地方一の総合病院になる。かつての帝国本土からの資本も入った立派な五階建ての建造物で、主棟とそこから連結する二つずつの入院病棟と研究棟を備える大きな病院だ。

 医師だけで往時では百名をくだらない数は存在しており、なんらかの緊急事態があればひとまずそこに行っておけば問題ないというのがダルマティア地方では知られている。もちろん、断絶後のいまは市営になっていて医師を含めた病院全体の人数も半数弱程度にまで落ちてはいるものの、それでもピーターが駆け込む選択肢としては正しい判断だとファリルは思う。


 病院と市役場は、なんらかの災害や侵攻等を受けた緊急事態の際の避難場所に行政上指定されており、トラブルに対しての対応力は高いためだ。


「医官はそれで確保できたということだな。調査官たちの拠点である調査官事務所はかなり浜辺からだと遠いだろうけど、よく呼んでこれたな。それに一般警察の駐在官事務所の方が近場にあったろう」カッティが歯切れよく疑問点を提示する。


 一方で、ファリルは別の点が気になっていた。口を開こうとする前に、ピーターがカッティの問いかけに応じる。


「いえ、調査官事務所には自分は行っていないんです。というのも、病院でかなり手こずっていまして。実はその時医官たちが忙しかったようで、なかなか人を出してもらえる状況じゃなさそうだったんですよ。どうも、当日は市長補佐のチェンバレンさんとその部下の数人が、狩猟でけがをしたらしくて」


「親父がケガしたのか?」チェンバレンという人物は、カッティの父であり、ホーンブロワーの一人息子でもある。カッティはいきなり大きな声を上げた。

「ええ、医官たちからのまた聞きですけどね。そんなに早朝に何を狩ろうとしていたんだって」ピーターはカッティの剣幕に驚いたように答える。

「カッティ、その日は家にいなかったの?」

「ああ、大体五曜から翌週の一曜にかけてはいつも外泊してるしな」


 カッティの不品行ぶりは今更のことではあるので、特段ファリルとしても気にはしないものの、一言くらいは言っておこうといさめる言葉を口の端に載せる。


「というかカッティ、君、高等学校の学生は無断外泊禁止という校則を毎度のごとく完全に無視しているよね。僕たちもあと一年もすれば卒業資格を得るんだから、そろそろ落ち着いてみてもいいんじゃない」

「紳士として、淑女たちを接遇しているんだから、大人の対応をしていると言ってもらおうかね」


 カッティは冗談めかしていっているが、女性たちの家を転々と泊まり歩いているとか、そういう類の行動ではない。ただ、彼には年上の女性たちを虜にする魅力的な性質があるらしく、都市の外れで女性バーテンダーがやっている店のアルバイトをしているのだ。

 ダルマティアのとある島で栽培されている茶を用いてカッティの入れる紅茶は酒呑みたちにも評判がいいらしい。主にウィスカ入りの紅茶として。


 もちろんカッティの素性などは完全にばれてはいるものの、常連客達の連携プレーによりカッティの実家には伝わっていないという。もちろん、ばれていないというのは本人談だ。なので、やり手の地方長官が足元の孫の不品行を、若気のいたりとしてお目こぼししているという方が真相に近いのだろうとファリルは常々思っている。


「まあ、それはそれとして。週始めに本邸に帰った時点では、親父は特にケガをしているようには見えなかったな」

「何を狩ろうとしていたのか気にはなるね。アミルスタン羊なんてことはないだろうし。それで、医官たちは捕まらなかったと言っていたけれど、結局どうしたの?」話が本題からずれつつあるので、ファリルはピーターに話の続きを促していったん市長の家であるプリモシュテン家の話を打ち切った。

「はい。それが、そこに調査官の一人がたまたま通りすがって、早急に手配するよう病院側に手回ししてくれたんですよ」

「多忙な調査官殿が、病院にいるかね」

「その人もケガをしていたようでしたね。ただ、そのおかげもあって医者を含めた数名が出発することに急遽決まったんですよ。その準備している裏側で、その調査官が人を遣って調査官のトップであるベリーズ氏が急いで来られて」


 そこで合流したのかとファリルは足を組みつつ、少し下を向いて思考を整理する。当日の自分の行動ログと、それから今話を聞いたピーターや調査官・医官たち、それからレミリアたちの動きを頭の中で動かす。一連の流れをトレースすると、やはりピーターの言ったように調査官が加わる流れがどうにも不自然に感じられるところだ。


「その調査官は、本当にケガをしていたの?」外傷なのか、内傷なのかでも話の受け取り方が変わるだろうなと思い、ファリルはピーターに問いかける。

「外傷でした。腕をこう三角巾で吊っている感じの」ピーターがジェスチャーを混ぜながら話してくれる。カッティも唇を左右に動かしてなにか考えているようだ。もちろんファリルにとっても、ピーターの証言はなかなか興味深い。


「三角巾って、吊ってしまえばだれでも怪我人になれると思うけど」

「ファリル先輩の言われることももっともだとは思います。自分もそこは気になっていたんですが、そのあと市内でたまたまその人を見かけることがあって、相変わらず腕は吊っていましたよ」そんなに長期間偽装を続ける筈はないだろうという推測と、そもそもピーターはその調査官を見かけただけなので、彼がそもそもその調査官の三角巾姿を見ているかどうかがわからないのに騙す対象にはしないだろうという含意を込めて、ピーターが言葉の穂を繋げる。


「すると、ピーターが気になっている点というのは、調査官たちの動きのどの部分なの?」


 どうにも口はぼったいなとファリルは思いつつ、話を促す。


「はい。自分が気になっているのは、ベリーズ調査官の現れた方向です」

「方向?」ファリルは意外な点を気にするものだなとピーターの発言を受けて思う一方で、方向という意味では現れるはずのない方向から来たと思しきテトラさんという存在もあるため、方向や方角というキーワードは今回の件、少し掘り下げた方がいいと内心でメモをした。

「調査官事務所は、キャンパス市からおぼろ谷方面へ向かう少し町はずれにあるじゃないですか。だから山側から病院の方へ来ると思っていたんです。でも実際は海の方から来たんです。あの調査官」


 位置関係をファリルは思い浮かべる。ファリルやレミリアが倒れているテトラさんを見つけた海岸から病院までは四km程離れているが、調査官事務所は病院を挟んで反対側に同じ程度の距離離れた場所にある。だから南から北へ、海岸、病院、調査官事務所という順に並べることができる。調査官事務所にいたのであれば、北からくる筈で、海岸方面の南からくるのは変なのではないかという主張だった。


「たまたま、市内にいたとか?」


 おおよそ八km四方のキャンパス市は、最初期に開拓民たちが入植した半農半漁の小ぶりな村を後から資本投下して街に発展させた為、海側―浜の手の方に発展の度合が偏っている。とはいえ、病院が山の手にあるように開拓民たちの旧来の富裕層は山の手に住むことを好んでいた。山の手が住民生活や行政の拠点であり、浜の手が経済活動の拠点であるといった方が実態には相応しい。


 その為、浜の手側に用事があった蓋然性は否定できない。


「いえ、ベリーズ調査官は公用車で移動されていたので、そういうわけでもないと思います」


 ピーターの述べた公用車の利用という情報は重要だった。


 ダルマティア地方では、そもそも四輪駆動車の数が少ない。五〇万を超える人口に対して、三〇〇〇台ほどと言われている。多くは断絶前の帝国本土からの輸入車両で、液化エーテルを燃焼させて機動する内燃機関を具備している。

 現在、車両の周辺部品を限定的に生産できる小型の工房と、カニンガム家の重要部品を生産できる工場とでようやく生産ラインの立ち上げが始まったばかりだった。また燃料となる液化エーテルの精製施設はあるものの、エーテル加工における連産品という特性から車両用液化エーテルの生産は限定的にならざるを得ないという事情があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ