時が経ち
クレア:支援魔法士
ジル :剣士・パーティーリーダー
ヴィア:回復魔法士
イステ:重戦士
ミラ :攻撃魔法士
ナナ :冒険者ギルド職員
「聞いたか?
カナシュのとこBランクに上がるってよ」
「さすが、期待の若手パーティー。
勢いあるよな」
クレアが酒場でそんな話を聞いたのは、脱退から一年後だった。
囀りの声が小さく低くなる。
「あそこにいる女支援、元メンバーだったよな」
「あぁ、あいつが抜けてから勢い増したらしいな。
抜けたあいつはCランクパーティーに寄生だろ?」
「治癒でもない支援なんて寄生だよな」
悪口を言う時の声は遠くまで聞こえやすい響きだという。
クレアは嘘か本当か分からない話を思い返して妙に納得していた。
「大丈夫?」
同じテーブルのパーティーメンバーから心配する声が聞こえた。
重戦士のイステと攻撃魔法士のミラが、気遣うようにクレアを見ていた。
クレアは苦笑して返した。
「大丈夫よ。
あのパーティーに私はいらなかった。
それは本当だから」
空いていた席に座りながら、回復魔法士のヴィアがクレアの肩に手を置いた。
「うちには必要よ」
「ありがとう」
もう一人、席に座りながら大きく肯定した。
「必要だ」
「……ありがとう」
パーティーリーダーのジルだ。
じっと見つめられ、クレアは気まずさに目を逸らした。
ο ο ο
カナシュのパーティーを抜けた後、クレアは仕事を探すのに苦労した。
火力重視パーティーは勿論火力職を好む傾向があり、支援魔法士は必要とされなかった。
火力重視パーティーは慎重さより勢いを重視しがちなイメージがあり、クレアも入りたくない。
一方で慎重派パーティーは、カナシュのパーティーにいたという理由でクレアを敬遠した。
そんなクレアに声をかけてくれたのがヴィアだった。
ヴィアとは以前、クレアが無理矢理参加させられた催しで面識があった。
ジルパーティーは完全に慎重派で、リーダーであるジルも、クレアがカナシュのパーティーに居たと聞いて最初は眉を潜めていた。
クレアはお試し加入から始まったものの、一年経った今では居なくてはならないメンバーとして受け入れられている。
ο ο ο
合流したリーダーに、イステが進捗を尋ねた。
「結局どうなったんだ?」
「ナナさんが助けてくれた。
Cランクの俺達にBランクの討伐任務を押し付けようとするとか、いい加減にしてほしいよな」
「ごめんなさい」
「クレアのせいじゃない」
ジルとヴィアは今まで冒険者ギルドの職員と話をしていて、クレア達との合流が遅れていた。
冒険者も慣れてくると馴染みの職員ができるのだが、たまに面識の少ない職員から声をかけられることがある。
そうした時は面倒ごとの場合が多く、今回は適正を超えた任務を受けろと命令じみた話をされた。
ジルがクレア達を先に帰した後、ナナが助けてくれたらしい。
ナナはジルパーティーの馴染みの受付で、慎重なパーティーを好む職員だ。
押し付けようとしてきたのは熱血パーティー好きの職員だ。
クレアがメンバーに居るのを引き合いに出して、カナシュパーティーと比べてくることもある。
「その任務はどうなるのかな。
あえてCランクに押し付けようなんて、Bランク以上のパーティーが近場にいないの?」
ミラの疑問にヴィアが首を振ってから答えた。
「いけるだろ、って」
「へ?」
「BランクパーティーにはAランクの任務を押し付けてるみたい」
「……」
「何のためのランクなんだか……」
「でもまぁ、うちもランクあがるのも遠くないな」
ジルが感情の見えない呟きをこぼした。
カナシュのように上へ上へと行きたい冒険者はランクが上がるのを心から喜び励む。
しかしジル達は生活の為の職と考えていて、命を脅かすような仕事は受けたくない。
そうした冒険者はランクを上げたがらなかった。
Cランクくらいが丁度よく、危険はゼロにはできないものの安定した収入が維持できる強さだ。
ジル達が活動する一帯では、自己防衛の境目が丁度Bランクだ。
Bランクを越えると強制任務が命じられる場合が出てくる。
古い過去には、凶悪な魔物の討伐準備を整える時間稼ぎのための人柱になれと言うものもあったと言う。
最近ではそこまでの危険は聞かないが、凶悪な魔物が出たからと、僻地まで強制召集を掛けられることもある。
無償に近い報酬で命を懸ける羽目に陥るのは、名誉が与えられたとしても、ジル達にはありがたくない。
「結果として付いてくるならありがたく受け入れよう。
実力に伴わないランクアップにならないよう、無茶をせず目立たず堅実に行こう」
ジルの言葉にメンバーは重々しく頷いた。
その後ですぐにミラがジルへ尋ねた。
「押し付け任務は断れたとして次はどうする?
装備を更新したいから少し時間が欲しいんだけど」
「あ、俺も会ってきたい知人がいるんだ。
長めが良いな」
イステは追随し、ジルは残りの二人へ視線で確認した。
ヴィアもクレアも文句がなく、頷いて返した。
「五日くらいで大丈夫か?」
「六日」
「七日」
「分かった。
次は一週間後、またこの酒場で集合。
仕事は決めておいて良いか?」
「適正の依頼ならなんでも」
冒険者ギルドが扱う仕事には種類がある。
大雑把に分けるなら、人々の安全のために重要度が高く公的機関から出されるもの。
または利益目的で商人や一般から出されていて、緊急性に乏しいことが多いもの。
難易度や危険はまちまちで、自分達のランク以下に仕事のランクを合わせるのが堅実だ。
「装備慣らしに魔法がよく利く対象が良いな」
「私は何でも」
「私も任せるわ」
「なら仕事は前日までに俺が受けてくる。
何かあれば無理せずに連絡をくれ」
「了解」
「またね」
それはジルパーティーではいつもの流れだ。
仕事を終えて、報酬を分け、次の約束をして休みに入る。
今回はバラバラに解散するが、決して仲が悪い訳ではない。
休みでも約束して遊んだり、仕事ではない非常事態が起きて慌てて皆で合流して、なんてこともある。
クレアにとっては飾らずに気楽に付き合っていける、良い人達だった。
解散で去ろうとしたクレアを、ジルが呼んだ。
残りの三人は微笑ましそうに二人を見ると、クレアが呼び止める前に行ってしまった。
二人で残されて、クレアはぎこちなくジルを見つめた。
ジルは苦笑しながらクレアを誘った。
「忙しい?」
「忙しくは……ないけど」
「一緒に食べないか」
食事も取らずに解散になったのは裏で打合せしてたのかなと、クレアは思った。