5話 第一章:新世界/出会いのワイバーン-4
ん??????????回避率?????????
耳を疑った。基本ルールに「回避率」「命中率」といったパラメータは存在しない。応用ルールのもくじも見たが、HPと攻撃力以外のパラメータに対する見出しは存在しない。もう一度イービルヤーザドンのテキストを確認する。
『……奴は厄介だ。空を飛びながら高温の炎を吐いてくる。しかも一度飛び立ったらしばらく空からの攻撃を繰り返してくる。遠距離武器以外で戦おうとすると地獄を見るだろうな。――歴戦の怪獣ハンター』
何度見てもフレーバーテキストです本当にありがとうございました。しかも回避率とかそういった単語もまるで出ていない。
困惑しながら戦場に目を戻すと、確かにゼノのライフルは一発も当たっていない。40%を引いたようだ。HP変動とかそういった要素も無し、純粋に回避されている。
しかもその光景を見てカゼン氏は何も動じておらず、続けて指令を出す。
「ならば2番機3番機は対空マガジンに換装!空を飛んでいる奴には効果抜群の痛い弾をくれてやれ! 斉射用意!」
もちろんゼノのテキストにそんな文字は無い。しかし、驚くべきことにゼノの3Dモデルは本当にライフルのマガジンを長方形のものに差し替え、構えたまま待機している。
いつの間にかBGMも金管とバスドラムを主体とした派手なものに差し変わっていた。まさしく特撮映画といった趣だ。
「撃て!」
2番機3番機であろう機体が、フォーメーションを組んで一斉に弾丸を放つ。
飛行を続けるイービルヤーザドンの周囲で、先ほどとは違い無数の小さな爆発が起きる。どうやら本当に対空砲弾になっているらしい。
やがて、HPゲージも半分近くになり苦しげな声を上げた怪獣は地上に落下する。落下でダメージを負ったのかHPゲージは一瞬で0になり消滅する。
明らかにおかしい。ゼノのパワーは2000。トリガーカードや装備カードなど外部のカードの助けなど何もなく、5倍以上のエネルギーゲインを持つイービルヤーザドンを討伐しているのだ。しかも落下ダメージってなんだよ。アクションゲームか何か?
というか2体で同時に攻撃している。そういう効果のカードはメガデスにもあったが、あくまで効果でありルールには存在しない。もちろんライブラにもだ。
「ターンエンドだよ」
「イービルヤーザドン、ご苦労様でしたな……我のターン!ドロー!」
BGMはいつの間にか通常戦闘BGMに戻っている。演出……いや。先ほどまで演出の2文字で片づけることができないような戦闘が、眼前で繰り広げられていた。脳が理解を拒む。ただ茫然と、眺めることしかできなかった。
「こうなったら切り札を使わせて頂きますな……《対怪獣・迎撃要塞都市》!貴殿のフィールドに展開!」
「ほぅ……?」
テキスト確認は体が勝手に行っていた。
《対怪獣・迎撃要塞都市》。展開されているプレイヤーのカードが持つパワーとHPにバフがかかるカードだ。
モンスターを破壊されたら1枚につき1のライフダメージを負ってしまうという大きなデメリット効果を持ち、相手フィールドへの配置はバフに目を瞑る代わりにこちらを有効活用するのが目的だろう。
「そして我のフィールドには《決戦の大砂漠》を展開!」
街も含めた地面が砂漠になり、もめん氏の後方には1m先も見えなさそうな極大の砂嵐が吹き荒れる。もちろんフィールドには全体が見通せる程度のうっすい砂嵐がかかるだけのプレイヤーに優しい設計だ。
しかしカードの効果は優しくはない。モンスターを1体しか維持できず、発動後にモンスターが1体でも破壊されたら強制敗北になってしまうという重たい制約のかわりに元々のコスト15以上のカードのステータスに大幅なバフを与える。この3文字が意味するところは、相手フィールドに《対怪獣・迎撃要塞都市》を展開してもなおこちらのバフが上回っているということだ。
「面白い!さぁ来るがいい。何が襲来しようとも!このゼノ部隊が!街を護りきってくれよう!」
ゼノの3Dモデル3体が、呼応するように空に銃を向ける。
「今こそ来襲!我の究極にして最後の!最強の!切り札!!! 来たれ!《砂塵超巨大怪獣 ザ・グランド・ヤジギラス》!!!!!」
BGMが、ピタリと止んだ。
ズン……ズン……
砂嵐の音に紛れ、遠くから、かすかな音が聴こえた。
ズン……ズン……
少しずつ、少しずつではあるが音に合わせてフィールドが振動を始めた。
ズゥゥゥン……ズゥゥゥン……
一段と振動が大きくなり、音もはっきりと聴こえるようになった。
ズゥゥゥン……ズゥゥゥン……
もめん氏の奥に吹き荒れる巨大な砂嵐。雲があったらあの辺だろうかという高さで、2つの大きな光がうっすらと見える。
ズゥゥゥン……ズゥゥゥン……
音の主のシルエットが砂嵐に浮かぶ。2つの大きな光、それは天を貫く巨大怪獣の双眸で――
ズゥゥゥン……ズゥゥゥン……
これはVRゲームで、自分がいるのはとりわけ安全な観戦スペースだということは理解している。しかし、どうしても恐怖で身が竦む。
大怪獣を包み隠していた砂嵐がにわかに晴れ、その全貌があらわになる。
砂と共に悠久の時を生きているのが見て取れる、まるで岩石のような質感の表皮。もはや皮と呼んでよいかも疑わしい。どちらかというと「装甲」と呼ぶのが相応しいだろう。
イービルヤーザドンなんてちっぽけなものに感じる、雲があったであろう空間までその双眸が届く、1kmほどもあろうかという巨体。
そこに存在していたのは、超巨大という冠に嘘偽りのない、直立二足歩行の怪獣であった。
「ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!」
空気を切り裂く長大な咆哮。これはゲームなので人間の耳でちょうどいいくらいの音量で聴こえてはいるが、現地に居たらたまったものではないだろう。
バァァァァァァァンと銅鑼の音が響く。それを皮切りにいかにも最終決戦らしい雰囲気の、重厚な劇伴が流れ始める。
「破滅か繁栄か!勇者たちよ!その力を我に見せる時ですな!グランド・ヤジギラス、進めー!」
「ゼノ部隊!全機!迎撃準備!」
対戦中の二人は完全に自分の世界である。
ルールなんて、効果なんてどうだっていい。もはやこの戦いを見届けることしか頭には無かった。
《砂塵超巨大怪獣 ザ・グランド・ヤジギラス》赤 コスト15 HP30000 パワー18000
『……奴を討伐?冗談はよしてくれ。我々人間の力では撃退が精一杯だ。遺跡に残る古代兵器は人間が扱えるサイズじゃない。きっと太古の昔には巨人でも戦っていたんだろう。――歴戦の怪獣ハンター』