1話 第零章:旋律のプロローグ
トレーディングカードゲーム「メガロディスティニー」大型非公認大会の決勝戦。
お互い残りライフは1、フィールドには回復状態の切り札《究極竜騎士 マスター・ナイトドラゴン》が残っているものの、こちらの手札はもう残っていない。そして今は相手のターンだ。
「ドロー!」
相手の手札に生き物は居ないはず。防御札を抱えているのは見えたがここを耐えれば……
「《機巧兵零・弐式改》を召喚!」
終わった。あのカードは墓地の「機巧兵」と名のつくカード3枚を山札に戻すことで回復する、機巧兵零デッキのキーカードだ。トップがあれではしょうがない。
「アタック入ります!零弐式改でアタック!」
もうどうしようもない。潔く負けを認めよう。
「ライフで……」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました!!」
会場内に歓声がこだまする。
『決まったァーー!!!優勝は東雲マッピー選手!皆様惜しみない拍手を!!!!』
『負けてしまったサターン選手も!!いいバトルだったぞォ!!!』
悔しいがお互い死力を出し尽くした。そのうえで対面が上回っていた。それに準優勝は喜ぶべきことだ。
しかし、帰りの電車の中でフレンドから送られてきたメッセージでどこか満足していたその気分は台無しになった。
『相手の墓地機巧兵2枚しか無くね?』
こちらのマスター・ナイトドラゴンは回復状態だ。もしそうならパワーで負けているため破壊されるもののブロックしていればターンを凌げた。何よりももしそうならと思っている時点でこちらの確認不足だ。
悶々とした気分のまま帰宅して即リュックなんか放り投げコートも来たまんまパソコンの電源をつける。こういう大会は映像が公開されているのだ。
果たして墓地に落ちていた「機巧兵」カードは2枚であった。機巧兵零を主体としたデッキはディスカードが激しい。落ちているのが当たり前と思い確認すらしていなかった。
いやしかしターンが帰ってきていたとしてもこちらの手札はトップドローのみ。相手は防御札を持っているし流石に突破は……でもデッキエンジンの《クラックドラゴン》《エスカトン・コール》のサーチ性能はゲーム中でもトップクラスだからどちらか引ければしかもメジャーな防御札の《結晶シールド》はこのデッキに効かなくてえっとあのそのあとえっと
「プレミやんけーーーーーーーカスぅーーーーーーーーーーー」
大きな、大きな独り言が出た。《バカ・マヌケ二世 愚者のサターン》だ。アホ。
カードゲーマーは得てして口が悪い。でも対面への誹謗中傷だったりピー音が入らない分自分はお上品な方であると信じたい。
「もうまぢむり……げーむしよ……」
しかしパソコンの中には大作のRTSばかり。こういう精神状態ではとてもプレイできない。結局ベッドで横になりSNSカード垢のタイムラインをぼーっと見る。
しばらく見ていると、ふと広告が目に入る。
『ライブラカード・オンライン一周年アニバーサリー!今なら3000ジェムとUR桜空あかり貰える!』
「DCGか……」
TCGを忠実に再現したオンラインゲームなら過去にやっていた。しかしその忠実な再現度は結果的にTCGの一強環境も再現することに成功していたので今はお察しだ。ライブラカード・オンラインは純粋なDCGで、しかもフルダイブ型VRゲーム。どちらかというと古式ゆかしいTCGとモニターで遊ぶPCゲームを好む自分にとっては両方とも縁遠いものだった。
しかしこういう精神状態の時は全く新しいことを始めてみるのも悪くない。今はとにかくメガデスから離れたい。
PCにライブラをインストールしながら押し入れの中のフルダイブ用デバイスを探す。ミーハーなので実用化された瞬間に購入し、生活のほぼ全てをTCGに捧げていたのでそのまま押し入れに突っ込んでいた。
何千枚というカードの山の奥地からデバイスを発見したときにはインストールは終わっていた。SNSでライブラの公式垢をフォローしてから即起動する。
――
キャラメイクは一瞬で終わった。VRこそ初めてなもののこういうアバターは他のゲームでも作る。
あとは名前の入力だ。さたーんと入力したところで思考入力が止まる。
「このタイミングでサターンって名前そのまんま使うのダサくね?」
そうと決まれば一瞬でキャラメイク画面まで遡る。いつもの銀髪ロングの女の子は無しだ。よく考えたらフルダイブのゲームなのに美少女はマズい。今気づけてよかった。
このゲームはせっかくなら過去の栄光もやらかしも無し、心機一転名無しからスタートしよう。
赤髪で顔には一本の傷、そこそこの高身長に細身の青年。実年齢と一緒くらいの想定だ。文字にすると端的に表せるが、実のところキャラメイクに2時間近くかけている。
キャラメイク画面とおさらばし、名前入力の画面に戻る。
「ハンドルネームなぁ……」
こういう時は連想に限る。サターン……土星……サートゥルヌス……
「……サトウ?」
いやいや流石に安直すぎるし実名勢になるのは嫌だ。だいいち本名は佐藤じゃなくて松田だ。
その後もバトデスで使っていたカードや好きなゲームなど様々なワードから連想を始めたが、どうしても見栄が出たりありふれた名前になってしまう。オリジナリティを出しつつコンプラ的に問題ないハンドルネームを考えるのはとても骨の折れる作業だ。
30分近くが経過したときにはもうなんか適当でいいやという気分になっていた。そもそもサターンだって深い意味は無かった。
「よし!マーズだ!」
長考したものこそ決まるときはあっけないものだ。前世が土星なら今度は火星、赤髪にはよく似合う。
今は一人。誰にも聴かれていないと思い妙なテンションによりエントリィィィと叫びながら登録ボタンを押した。
投稿してしまいました。あとがきでは本編の一言補足とか劇中カードの小噺とかそういったものを書いていこうと思います。
ちなみに冒頭の対戦は私が実際にやらかした試合内容を盛りに盛りにメガ盛りにしたものです。相手の墓地の確認は忘れずに……