「この前、合わせ鏡をやったんだ」
「どうだった?」
織川理央は、心底興味なさげな様子で聞いた。
合わせ鏡について話題を出した二条蒼空は「それがさぁ」と椅子をガタガタ揺らしながら言う。その態度は合わせ鏡の展開に不満げなものだった。
「つまんなかった。悪魔も通らなかったし、死に顔も写んなかった。ただ俺の顔と俺の後頭部がいくつも見えただけ」
「安易にやるなよ、そんな馬鹿なことを」
「安易って何?」
「辞書で調べろ」
理央に突き放された蒼空は「ちぇー」と唇を尖らせ、自分のスマートフォンの液晶画面に指を滑らせる。
検索エンジンのアプリを立ち上げ、検索画面に『安易』と入力。
その言葉の意味を調べてから、彼は思い出したように「あ」と呟いた。
「何だよ」
「思い出したんだけど」
「何を」
「合わせ鏡をした時さ」
蒼空は何でもない口調で、
「いくつも俺の後頭部と顔が続いてたんだけど、奥の方だったかな? 後ろの鏡で一枚だけさ、こっちを振り向いてる鏡があったんだよな」
あれ、何だろうね。
蒼空はケラケラと笑い飛ばしながら「安易ってこんな意味なんだ!!」とスマートフォンに表示された言葉の意味に感心していたが、その話を聞かされた理央は固まっていた。
だって、明らかにやばい話が紛れていたのだ。しかも身近な人間が実際に体験した話である。
理央は蒼空の制服の袖を指先で摘み、
「お前、気をつけろよ」
「夜道に?」
「いやもうどうでもいいけど、本当に」
冗談であろうとなかろうと、やはり合わせ鏡なんてするものではないと理央は確信した。
登場人物
二条蒼空:馬鹿なのでやべえ心霊現象を実践しても怖くない子。
織川理央:本気で友人の馬鹿行動をやめてほしい、特に心霊系の奴だけは。