一か月は割と長い。
「まさかこの俺を…。おめでとう。君がチャンピオンだ。」
「・・・。」
「本当にありがとう、勇者様。この恩は必ずお返しいたします。」
「・・・。」
――――――
20××年。N国。
俺は焦っていた。周りよりも遅れて就活を始め、ちょくちょく就活イベントに参加し始めたものの、右も左も分からず、1ヶ月が徒に過ぎたからだ。
エントリーシートの提出が解禁されるまで残すところもあと30日。その後先輩や友人に現状を客観的に教えてもらうと、やばいという診断結果が返ってくる。
試しに履歴書を書いてみると、途中で見直して、げんなりする。
(趣味が少ないからってゲームは追加しない方が良いな…。資格も途中で諦めちゃったし、自己PRも何を書いていいのやら。)
俺は机からベッドへ戻る。まだ時間もあるし、と今日行われるお昼の合同説明会までゆっくりすることにした。
結局、俺が説明会に参加したのは開始から1時間が経過してからだったが、足を運んでみてまず人の数に驚いた。最初こそイベントっぽくて良かったものの、次第に俺は人混みにも疲れて、空いてる方向と流れて行った。
参加している企業数も大概で、とりあえず一番端まで行ってみようと思った。人の姿は段々と減っていくが、特にどこの企業を探している訳でもない俺は、さらに先へと進んでいった。そうしていると、出展もなく、組み立てられたブースが並んでいるだけと言える場所まできた。
そこは閑散としており、薄暗く、どこまでも静かだった。加えて、何故か空調や冷房といったものとは異なる、山のような清々しさも感じた。俺は、端まで行くという目標も達成できたため、踵を返したところ、「お待ちください。」と後ろから女性の声がした。
(お待ちください?) 再び向き直すとそこには綺麗な女性が立っていた。自分よりも下手をすると年は下かもしれないが、雰囲気は就活生のそれとは異なっていた。(それよりも既視感?があるような。)
目が合ってしばらくして、「調子はいかがですか?」と聞いてきた。
「えっと、就活ですか?実は行きたい企業も決まってなくて。」と答える。
「お手伝いしましょうか?」と自分の目を見て微笑む。
「え、いや、えっと、企業の方ですか?(うわあ可愛い)」と聞くと、
「そんなところですね。」とはぐらかされる。
「そうなんですね(どゆこと)」と緊張して内心とは異なる当たり障りのない返事をしてしまったが、綺麗な人と話せているのに喜んでいると、いつの間にか流れるように向かい合って着席していた。
(あれここ企業入ってたっけ。)
そこで渡されたのは一枚の紙。(何この古い紙…)
「ここに自分を自由に書いてみてください。」ワークみたいで普段なら緊張するところだが、何だか受け止めてくれそうな気がして、やりたいことや自分について自由に書いてみた。
書くのを待ってくれている。ーそれだけで嬉しく、どんどん書いた。
筆が軽かった、というか筆に羽が付いていた。
「ゲームがお好きなんですね。」と彼女が呟く。
「はい。特に小さい頃は大好きでした。色んな種類のゲームをやってたんですが、やっぱりRPGが一番ですね!」と聞かれていないことに嬉々として答える。面接なら減点である。
しかし、なんだか嬉しそうに微笑む彼女。それが更に筆を走らせたのだ。
しばらくして、あるところで筆が遅くなる。頑張ったことが書けずにいるのだ。
「実は資格を途中で諦めちゃって…。ほかに実績とかもなくて、上手く自己表現に繋げられないんですよね。分析が足りてないんですかね。」
「そうなんですね。それでも頑張ってきたことなら書いてもよろしいのでは。」
「このまま見つからなかったらそのつもりではいます。付け焼刃よりはましかなと。」
今更30日でできることなんてたかが知れている。そう思いながら答えた。
少しの間沈黙が流れ、(ちょっと暗かったかも。)なんて反省していると、
「私が知っているだけでも、あなたは素晴らしい実績を沢山持ってるでしょう。隠さなくて良いのに…。」と何だか寂しそうな顔をした。
「え・・・?」
「例えば、私と一緒に魔王を討伐したとか。5回も10回も倒しましたね。」
続けて音が聞こえてくる。
「あと…資格の欄も<勇者>とかは駄目ですか?他にもユウスケなら沢山持ってそうだけど…」
音としか捉えられず、答えられない。
「あの、提案があるのですが。残りの30日で、今までにやったゲームをもう一回やってみるってのはいかがでしょう?私達なら多分できます。温故知新?って言葉は素敵ですね。ユウスケはゲーム大好きでしたし、これなら、自分を分析なんてすぐにできますよ!」
そう言い放った彼女は更に輝きを増し、髪色は空色に変化した。
それは、俺にとって最も馴染みある〈賢者〉アリスその人だった。
「・・・。」
主人公は無言を貫く。
未だ、ここはゲームの世界ではない。気絶しただけである。
そんなこんなで、初めての夏休みよりも長く、部活だらけの夏休みより過酷で、受験の夏よりクールな、夏休みでも何でもない勝負の1か月が幕を開けたのだった。
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