表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

第7話 お弁当式夕食

 台所ではしっかりy人を中心に、y人達がネコ兵の夕食作りに、忙しく働いていました。

 「じゃあ、このパックに、混ぜご飯を入れてください」しっかりy人が、泣き虫y人にしゃもじを渡します。

 「もー、どうしてよっ!」トマトを洗っていた変人y人は、怒って叫びました。

 「何だ、変人。うるさいなあ」

 「どうして変人は、台所にいないといけないのっ!ネコ兵に、全然会えないじゃあないのっ!」

 皆、変人y人を無視して、黙々と働く振りをします。

 「僕も見に行きたいな、最先端の装置」写真家y人も、使い終わった用具を洗いながら言いました。

 「変人、早くトマトを洗ってよ。サラダが作れないじゃあないか」ドジy人が催促します。

 「ちょっと!皆、聞いているのっ!」

 「仕方ないだろう、クーニャ様のご命令なんだから。それに、ネコ兵も忙しくて、変人の相手なんかしてくれないよ、どうせ」暗がりy人が言いました。

 「何よ、それっ!」変人y人が、暗がりy人を睨みつけました。

 「ほら、変人、早く仕事して。早く済ませば、それだけ会いに行けるチャンスが増えるかも知れないよ」しっかりy人です。

 「っんもう」

 変人y人は不機嫌そうに、またトマトを洗い始めました。

 「しっかりy人、お弁当は十一匹分でいいの?」おちょうしy人が聞きました。

 「うん、本部にいる隊員達の分だけだそうだから」

 「外で働いている、隊員の分は?」

 「皆、それぞれ外で食事をするそうだよ」

 「大変だね。寝る時間とか、あるのかなあ」

 「シフト制になっているんじゃあないの?昼と夜の、二班に分かれてさ」

 「ミーニャ様、早く見つかるといいね」

 「あら、そうしたら、ネコ兵さん達は、早く帰っちゃうってことじゃあない?」

 うたがいy人が、ジロリと疑いの目で、変人y人を見ます。

 「何だ、変人。もしかして、ミーニャ様がなるべく遅く見つかるように、なんて願っているのか?」

 「違うわよ、いやあねえ。勿論、ミーニャ様には、一刻も早くお会いしたいと思っているわ。でも、そうするとネコ兵が…」変人y人はしばらく考えます。「ネコ兵には、長くいてもらいたいけど、そうするとミーニャ様が…。あーあ、乙女心って、複雑ね…」

 そう言って、ため息をつく変人y人を、皆が白い目で見つめます。

 「あら、どうかしたの、皆?」

 「乙女心って、お前、オスだろう」うたがいy人が、呆れたように言いました。

 「なによっ!失礼ねっ!もう知らないっ!」

 変人y人は乱暴に、洗ったトマトをざるにあけました。そして、静かになったと思うと、突然大声で泣き出しました。

 「ワーッ!ひどいわ。何よ、どうせいつも皆で、変人のことをバカにしているんだから…」

 皆、変人y人の方を向いて、困り顔です。

 「違うよ、変人。僕達は別に、バカになんかしていないよ」

 「そうだよ、そんなんじゃあないよ」

 「バカにしているんじゃあなくて、事実を言っているまでで…」

 「ワーッ、何よー!」変人y人は、更に大声を出して泣き続けます。

 「うるさいですね、どうしたのですか?」

 その時、クーニャが台所に入ってきました。

 「あっ、クーニャ様」

 「どうしたのです、変人y人。何かあったのですか?」

 「ク、クーニャ様…。ワーッ!」

 「僕達は、変人が乙女じゃあないっていう事実を、話していただけです」

 暗がりy人は、クーニャに成り行きを説明しました。

 「ああ、もう、変人y人。泣かないでください。分かりましたから。別に、乙女じゃあなくても、乙女心を持つのは、悪いことではないと思いますよ」

 変人y人はエプロンで涙を拭きながら、顔を上げました。

 「クーニャ様、それって、変人を慰めてくださっているの?それとも…」変人y人は疑いの眼差しでクーニャを見て、言いました。

 「勿論、慰めているんです。ほら、とにかく今は、ミーニャ様の捜索を、何よりも一番に考えて、そのためにちゃんと働いてください。分かりましたね」

 「はい、分かりました…」

 変人y人は、納得したように頷くと、ようやくトマトを、サラダを作っているドジy人に渡しました。

 「しっかりy人、そろそろお味噌汁も、用意できますよ」だまされy人が言いました。

 「それじゃあ、十一匹分よそってください」

 「漬け物もよそらないとね。ああ、小皿を取ってくれる?」

 「このパックには、魚の煮物…、と」

 皆も、また仕事に戻りました。

 「クーニャ様」変人y人が、大人しい声で言いました。

 「何ですか、変人y人」

 「誰が、お弁当を本部までお運びするの?変人、お運びしても構わないけど?」

 うたがいy人が、ジロリと変人y人を見ました。

 「いや、いいです。他の誰かに、頼みますから」

 クーニャの言葉に、変人y人は赤らみました。

 「どうしてっ!クーニャ様、どうして変人は、本部に行っちゃあいけないのっ」

 「僕も、行きたいです」写真家y人です。

 クーニャは二匹をじっと見てから、きっぱりと言いました。

 「隊員の方達の、邪魔をさせないためです」

 「どうして、そんなことを言うの?変人、大人しくしているわ。本当よ、絶対」

 それでも、クーニャは首を振ります。

 「駄目です。変人y人と写真家y人は、台所に待機」

 「ひどいっ!」

 「うるさいぞ、変人。自分でまいた種だろう」うたがいy人です。

 「どういう意味よ!」

 「クーニャ様…」

 写真家y人は、がっくりと肩を落としました。その姿が、何だかとっても痛々しくて、クーニャはちょっと、写真家y人が可哀想に思えてきました。肩を落としたまま、仕事に戻る写真家y人を見ながら、しばらく考えて、クーニャは言いました。

 「いいでしょう。それでは、写真家y人。夕食を運ぶのを手伝ってください」

 写真家y人は、パッと振り返って、

 「本当ですか、クーニャ様!」

 「ずるいっ!どうして、写真家だけなのっ!」変人y人が叫びました。「そんなの、不公平よ!ずるい、ずるいわ!」

 クーニャは、ため息をつきました。

 「分かりました。それでは、変人y人も手伝ってください」

 「キャーッ♪」変人y人は飛び上がって、嬉しさのあまりに踊り出しました。

 「変人y人、静かに」しっかりy人が、変人y人をたしなめます。

 「ただし」クーニャは続けて言いました。「ただし、写真家y人。カメラは置いていきなさい」

 一瞬、写真家y人の顔が凍りつきましたが、それでも嬉しそうに頷きました。

 「はい、分かりました」

 「そして、変人y人」今度は変人y人の方を向いて、クーニャは言いました。

 「はい、なーに?」

 クーニャは一息置いてから、静かに言いました。

 「化粧を、落としなさい」

 ブーッ。だまされy人が、味見をしていたお味噌汁を、噴き出してしまいました。そして皆、笑い出しました。

 「ニャハハハ…」

 「フヘヘヘ…」

 「何よ、皆、止めてよ!」変人y人は、真っ赤です。「ひどいわっ、クーニャ様!」

 クーニャは少し困ったような顔をして、言いました。

 「今日は、特に化粧が濃いようですから。それから、鏡も置いていくように」

 皆は、まだ笑っています。

 「やっぱり、皆で、変人をバカにしている…」

 「違うよ、変人」おちょうしy人が見兼ねて、変人y人を慰めます。「そうじゃあないよ。ちょっと今日は、いつもよりも派手だからだよ。本部の中は、真剣な雰囲気だろうから、場に合わないっていうだけだよ。それに変人は、化粧なんてしなくても、十分個性的な顔だよ」

 途端に、変人y人は嬉しそうにうつむいて、微笑みました。

 「あら、そんな…。おちょうしさんったら」

 音y人は、笑いすぎで息を切らしながら、そっとエプロンで涙を拭きました。

 「分かったわ、クーニャ様。変人、顔を洗ってくるわね」

 そして変人y人は、急いで台所を出て行ってしまいました。

 「単純な奴」

 皆、呆れ顔です。

 「クーニャ様、良いんですか?変人を本部に行かせても」暗がりy人が、心配そうにクーニャに聞きました。

 「仕方ありません。でも、私と、それからしっかりy人も、一緒に行くので、大丈夫でしょう」そう言うクーニャも、ちょっと心配そうです。

 だまされy人は、お味噌汁をよそりながら、誰となく言いました。

 「変人も化粧病になってから、言葉も仕草も、女みたいになりましたよね」

 「きっと、彼の頭の中では、もう自分がオスかメスか、分からなくなっているんじゃあないの?それとも、両方混ざっているのか」

 「え?混ざっているんじゃあなくて、メスだと信じているんじゃあないの?」

 「どんどん、化粧が濃くなりますしねえ」

 「洋服だって、完全に女物だよ。変人の洋服ダンスに入っているの」

 「恋に落ちるのも、オスの猫だしね」

 「猫だけじゃあないよ。犬にでも何にでも、かっこう良いものには、みんなだよ」

 「まったく、困った変人だね」

 「ほら、変人y人のことよりも、お弁当の用意を、しっかり頼みますよ」

 また話に花を咲かせているy人達を、クーニャがうながします。

 「はい、クーニャ様。もうほぼできています」

 「あとは、それぞれのパックを一つにして」

 「ドジy人、サラダをのっけて。ワゴンに全部のるかなあ」

 「お味噌汁は、こっちに。はい」

 「お待たせ」

 変人y人が台所に戻ってきた時には、お弁当式夕食の準備は、すっかりできあがっていました。

 「あら、もう全部用意できたの?」

 うたがいy人が、変人y人の顔をジロジロと見回しながら、

 「本当に、化粧を落としてきたのか?まつ毛が、異様に長いようだけど?」

 変人y人は鏡を取り出して、自分の顔を覗き込みながら答えます。

 「あら、付けまつ毛くらいしないと。これは、化粧に入らないでしょう?」

 「変人y人、鏡は置いていくようにと、言ったでしょう」クーニャです。

 「分かっていますって、クーニャ様。ちゃんと本部に行く前に、置いていくわ。最終チェックをしているだけ」

 y人達は、変人y人を見て、呆れたように首を振ります。その時、台所の置き時計のベルが鳴りました。

 「あ、もう七時ですよ。さあ、本部に早く夕食を運びましょう。写真家y人、変人y人、それぞれワゴンを押してください。しっかりy人も頼みますよ」

 「はい」

 三匹はエプロンを脱いで、壁のフックにかけると、ワゴンを押す準備をします。

 「残りのy人達は、食後のデザートと、お茶の用意をしておいてください。それでは、行きましょう。写真家y人、カメラを置いていきなさい」

 クーニャに言われて、写真家y人は慌てて、首にかけていた一眼レフカメラを外しました。そして、三匹のy人達は、ネコ兵隊のお弁当式夕食をのせたワゴンを押しながら、本部がある会議室に向かって行きました。

 本部に行く途中、変人y人はルンルンです。

 「変人y人。もうちょっと、真剣になりなさい。ネコ兵の猫達は、ミーニャ様捜索のためにいらしているんです。遊びに来ている訳ではないのですよ」クーニャが、変人y人を注意します。

 「ごめんなさい、クーニャ様。分かってはいるんですけれど、顔が言うことを聞かなくて」

 変人y人の横で、写真家y人も申し訳ないような顔をしています。

 「ごめんなさい、クーニャ様。大変な時だって、分かってはいるんですけど、最先端の装置が、どうしても見たくって」

 

 さて、本部の中は、相変わらず忙しそうです。ペイがヘッドホンをつけたまま、隊長の所に駆けつけてきました。

 「隊長!ナオミの班からの連絡ですが、あの日に交通事故で亡くなった、猫の身元確認をして、ミーニャ様ではないと、確認できたそうであります」

 本部の中に、隊員達の喜びの声が沸きあがりました。

 「そうか、よかった。間違いないのだな」隊長は、ほっと息を吐きました。

 「はい、毛並は非常によく似ておりましたが、亡くなったのは、七十八歳になる、この町に来たばかりの、野良猫だったようであります」

 「病院送りになった、猫達の詳細は、どうだ」

 「はい、そちらも、一つ一つ確認できているようでありますが、今の所、ミーニャ様らしき猫は、見つかっていないようであります」

 「そうか。しかし、何よりも交通事故にあった猫が、ミーニャ様でないと分かって、良かった」隊長は、安心したように微笑みました。

 「その他にも、様々な場所で、目撃情報が出てきていますが、ほとんどが、可能性の少ないものばかりであるようであります」

 「隊長!」今度は、違う隊員が叫びました。「ユニの班から、連絡が入りました。田中家の飼い犬、しばの目撃した人間の情報です!」

 隊長が、叫んだ隊員の方へ駆け寄ります。

 「よし、ユニにつないでくれ」

 ジージー。例のごとく、電波音が本部内に響きます。

 「ハロー、ハロー、こちら本部だ。ユニか」

 「はい、隊長。ユニです」ユニの声が、スピーカーから響きました。

 「田中家の犬、しばの目撃した人間について、何か分かったのか」隊長が尋ねました。

 「はい、隊長。しばの証言を頼りに作成した、人間像を頼りに、ご命令通りに三丁目と五丁目を中心に捜索しまして、この人物の病院後の足取りをたどっています。今までに得た情報によりますと、この人物は、どうもこの付近の者のようですね。病院を出た後、ムーンライト商店街にある、ペットショップに寄ったようです。不審な、タオルに包まった物を持った人間が、店に入って行くのを、近くの電線にとまっていたヒヨドリが、たまたま目撃していました。この人物は、しばの証言と一致しています」

 「その人物の身元は、分かったのか」

 「いいえ、それが、目撃者はどれも、この人物との面識がないものばかりでして、まだです」

 「そうか。とにかく、急いでこの人物の身元解明をするように。また何か分かり次第、すぐ本部に連絡するように。ご苦労」

 「はい、了解しました」

 そこで、隊長は電波を切りました。隊長が指示する前に、地図係の隊員は、この人物を示している、人の形をしたマグネットを、病院からムーンライト商店街へと移動させました。隊長はその地図を眺めながら、また考え込み始めました。その時、本部の部屋の扉をノックする音がしました。

 トントン。そして、失礼します、とクーニャと三匹のy人達が、夕食がのったワゴンを押して入ってきました。

 「夕食を、お持ちいたしました」クーニャが、近くにいた隊員に言いました。

 「どうも、ご苦労様です」隊長が、y人達に軽くお辞儀をしました。

 それまで、それぞれの持ち場で、仕事に集中していた隊員達が、嬉しそうにy人達を振り向きました。しっかりy人が、お弁当式夕食を、まず隊長に渡しました。

 「どうぞ」

 「どうも、ありがとうございます。いただきます」

 写真家y人も、お弁当を隊員に配り始めました。変人y人は、お味噌汁を配って回ります。

 「ありがとうございます」

 「いただきます」

 隊員達は次々と、お弁当とお味噌汁を受け取ります。お弁当を配っている写真家y人の目が、最先端の装置の前で、ランランと光りました。変人y人の目も、隊員達の前で、ランランと光りました。クーニャは何か起こりはしないかと、ハラハラしています。そんなクーニャの心配を、全然知らずに、隊長はクーニャに話しかけてきました。

 「ミーニャ様の捜索は、順調に進んでおります。様々な情報が入ってきていますが、その中でも、一番可能性のあるものを、ただ今、全速力で追跡中です」

 クーニャははっとして、そばに立っている隊長に気付きました。

 「はい?あ、そ、そうですか。それは良かったです」

 y人達に気をもんでいたクーニャは、突然の隊長の言葉に、しどろもどろです。隊長はそんなクーニャを見て、今回の色々な出来事での疲れが、クーニャをまいらせているのだろうと、勝手に勘違いして、クーニャを気の毒に思いました。そして言いました。

 「クーニャ様。あなたの責任の重さは、分かります。が、しかし、ご自分のお体のことも、考えなくては。このままでは、疲れで倒れてしまうかもしれません。ミーニャ様がお戻りになられた時、元気なお姿でお迎えしてあげることも、大切なことではありませんか」

 「はい?」

 クーニャは、隊長の言葉を、すぐには理解できないでいます。

 「後のことは、我々に任せて、どうか少しお休みになってはいかがですか」

 クーニャは、隊長が何を言っているのか分からないまま、隊長のいたわりの眼差しに見つめられ、何だかそれでも返事をしてしまいました。

 「は、はい、どうも、ありがとうございます…」

 「どうぞ」色っぽい声がして、変人y人が、お味噌汁を隊長の所に運んできました。

 「ありがとうございます」

 隊長は軽くお辞儀をして、お味噌汁を受け取りました。ランランと光っている、変人y人の眼差しに、全く気付いていないようです。

 「隊長さんって、筋肉がついていて、たくましいのね」変人y人が、隊長の体を、上から下までジロジロ眺めながら、言いました。

 「はい?」

 隊長が変人y人に返事をしようとするのを、クーニャが慌てて止めました。

 「ほ、ほら、変人y人。ご用が済んだのなら、もう行きますよ。隊員の皆様のお邪魔にならない様に」

 クーニャは急いで変人y人の背中を押して、本部から追い出そうとします。ふと見ると、写真家y人も最先端の装置の前で、熱心に隊員の一匹と話をしていました。

 「ほら、写真家y人も、もう行きますよ。しっかりy人、写真家y人を連れてきてください。それでは皆さん、ごゆっくり夕食をお召し上がりください」

 クーニャは、そそくさと隊長にお辞儀をすると、しっかりy人に目で合図しました。

 「ちょっと、クーニャ様」変人y人が不満そうに言います。「ワゴンはどうするのよ?」

 「そのままでいいです。隊員の方が食べ終わったら、食器を置くでしょうから」

 そして、クーニャが変人y人を、しっかりy人が写真家y人を押すように、本部から出て行きました。そんなy人達の姿を見て、ペイが隊長に言いました。

 「何だか、クーニャ様は、かなり疲れていらっしゃるようでありますね。いつもの落ち着きも、なくなっているようでありますし」

 隊長も頷きながら、言いました。

 「うむ。一刻も早く、ミーニャ様を見つけてさしあげなければ」そう言って、お味噌汁を一口飲みました。

 

 隊員達が夕食を終え、三色アイスクリームのデザートを食べている頃でした。(デザートは、変人y人と、写真家y人以外の者が、運びました。)突然、緊急用の赤ランプが点滅して、ユニの声がスピーカーから聞こえてきました。

 「こちらユニです!緊急情報です!」

 本部の中は、急にあわただしくなりました。ゆっくりとデザートを楽しんでいた、数匹の隊員達が、慌てて残りのアイスクリームを、一度に口にかきこみます。

 「ペイ!すぐにこっちにつなげろ!」

 隊長が叫んで、近くに置いてあったヘッドホンをひったくると、頭にかぶりました。

 「うわ〜っ!」

 突然、本部に苦しみの叫び声が響き渡りました。それは、苦しみの末に吐き出された、うめき声のようでした。急いでそれぞれの持ち場に、戻りかけていた隊員達が、その叫び声に、全身の毛を逆立てて、その場に立ち尽くしました。一気に青ざめている隊員もいます。隊長までが、ヘッドホンをかぶったまま、動きを止めてしまいました。

 「ああ〜っ!」

 皆、声のした方に目をやりました。そこには、両手で頭を抱えて、体を折り曲げて、苦しんでいる一匹の隊員がいました。

 「ど、どうしたんだ?」隊長は驚いて、その隊員を見つめました。

 すぐ近くにいた隊員が、苦しんでいる隊員に駆け寄りました。

 「おい、どうしたんだ!何があったんだ!」

 すると、その隊員は、まるで何事もなかったように、すっと体を起こして、「はあ」と安堵のため息をつきました。

 「おい、どうしたんだ!」

 隊長が厳しい声で尋ねると、その隊員はビクッとして、周りを見回しました。そして、本部の全隊員に見つめられているのに気付くと、赤くなりました。

 「おい、どうしたと聞いているんだ!」

 隊長が、命令口調で言いました。すると、その隊員は恐る恐る隊長を見上げながら、小声で言いました。

 「す、すみません」

 「謝るよりも、先に理由を言え、と言っているのだ。何があったんだ」

 すると、その隊員は少しためらってから、更に小声で言いました。

 「すみません。その、デザートのアイスクリームが…」

 「アイスクリームが、どうした!」

 「アイスクリームが、その…。いっぺんに沢山飲み込んだものですから、冷たくて頭が痛くなりまして…。我慢しようとしたんですけど、どうしても我慢できなくて…」

 「バカモノ!」

 それはまるで、稲妻が本部を直撃したようでした。隊長が力の限りに吐き出した、お叱りの怒鳴り声でした。隊員の何匹かは、とっさに頭を抱えてしまいました。

 「この非常時に、何たる…、たるんどる!」

 隊長の鼻の穴は、怒りで開かれ、全身をブルブルと震わせています。叫び声をあげた隊員は、本能的に身をすくめました。本部にいる隊員達も、恐怖で震え始めました。

 「全く、気持ちがたるんどる!アイスクリームで悲鳴をあげるとは、何たる…、たるんどる!」

 隊長は、たるんどる、を連発します。そして、その隊員をギロリと睨みつけ、

 「きさま、名前は!」と怒鳴りました。

 「タ、タイキです」悲鳴をあげた隊員が、涙声で答えました。

 「タイキ、きさま、隊に入って何年になる!」

 「は、はい、五ヶ月と、二週間です」

 「たるんどる!全くなってない!きさまの気を引き締めるために、二週間、ネコ兵隊事務所のトイレ掃除だ!」

 タイキは、更に目を潤ませました。

 「返事は!」

 牙をむき出して、隊長の顔は鬼のようになっています。

 「は、はいっ」タイキの声が、裏返りました。

 「それに一ヶ月、アイスクリームはおろか、デザート、菓子類は一切禁止!」

 タイキの顔が、更に悲惨な表情になります。

 「返事は!」

 「は、はいっ」タイキは、ほとんど泣き出しそうです。

 「ペイ、この若造を、しっかり教育し直すこと。お前の責任でもある!」

 「まことに、申し訳ないであります」ペイが頭を下げました。

 隊長は、今度は隊員全員を見回しながら、言いました。

 「お前達には、この重大事件に対する、しっかりとした認識があるのか!王子様であられるミーニャ様の捜索という、今までにない大事件なのだぞ!王家の歴史を揺るがしかねないほどの、重大事件なのだぞ!分かっているのか!」

 そして隊長は、大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせると、普段の声に戻して言いました。

 「もっと気を引き締めて、仕事をするように。すぐにそれぞれの持ち場につけ。ペイ、すぐユニにつなげろ」

 「はっ!」

 隊長の声に、全員素早く持ち場に急ぎます。怒鳴りつけられたタイキも、目に半分涙をためながら、持ち場に戻りました。足が少しもつれています。

 ジージー。電波の音が本部内に響きます。

 「おいっ!お前、タイキ!」

 またまた隊長に怒鳴られて、タイキは泣きべそをかいています。

 「は、はい」

 「お前は、持ち場に戻らんでいい。お前は、夕食の後片付けをしろ。食器を台所まで返して来い」

 「は、はあ」タイキは少し、その場でためらっていました。

 「さっさと動かんか!」隊長は、また怒鳴りました。

 「は、はい」

 「どもるな!しっかり返事をしろ!」

 「は…はい、はいっ!」

 「返事は、一回だけでいい!」

 「はいっ!」

 足をもつれさせながら、タイキはワゴンの方に、小走りに駆け寄りました。そして、隊員達の食べ終えたデザートの食器を、震える手で集めてワゴンにのせます。他の隊員達は、タイキに同情の視線を送っています。

 食器を回収した後、タイキはワゴンを押して、本部を出て行こうとしました。しかし、ワゴンが二つあるので、うまく扱えません。それでも、もう隊長に怒鳴られたくはないので、彼は一生懸命、それぞれの手にワゴンを掴み、苦労の末に、おしりで本部の扉を押し開けて、やっとのことで部屋を出て行きました。

 あわただしい本部の物音が、扉が閉まると同時に、静かになりました。ほっと一息ついて、タイキは歩き出そうとしました。が、シモーン邸のことは、全然分かりません。台所はどこでしょうか。入隊して、訓練期間中に、確かシモーン邸のことを勉強したはずだったのですが…。

 「どうしよう、よく思い出せない…」

 まだ泣きべそをかいたまま、タイキは呆然とします。とにかく、何とか探してみようと、歩き出すことにしました。しかし、二つのワゴンが、それぞれ違う方向に行こうとして、うろうろとして全然前に進めません。

 「うっうっう…。アイスクリームで悲鳴をあげて、怒られるなんて」

 二つのワゴンに振り回されながら、タイキは自分が情けなくなってきました。

 丁度その時、だまされy人が、廊下の一番奥にあるトイレから出てきました。だまされy人が、ふと見ると、廊下にワゴンとたった一匹で、押しくらまんじゅうをしている隊員がいます。

 「あれ、どうしたんですか?」

 背後からの声に、タイキは驚いて振り返りました。そこには、y人が立っていました。

 「あ、y人さん。良かった」

 だまされy人は、半べそをかきながら、安堵の笑いを浮かべる隊員に、近づいていきました。

 「どうしてワゴンを、運んでいるんですか?いいんですよ、私達がやりますから」

 「いいえ、いいんです。僕がやりますから。でも、台所がどこか分からなくて、困っていたんです」

 「台所はこっちですよ。でも、本当にいいですよ。ここに置いておいてください。y人の仕事ですから」

 しかし、そう言うだまされy人に、タイキは首を振って答えました。

 「いいえ。本当に、僕にやらせてください。隊長命令ですから」

 そう強く言うタイキを見て、だまされy人は驚いてしまいました。

 「隊長命令ですか?まあ、そういう訳でしたら…。分かりました。どうぞこちらです」

 そして、だまされy人は、台所に向かって歩き始めました。でも、しばらくしてから、また隊員を振り返って言いました。

 「あのー、やっぱりいいですよ。私達がやりますから」

 「いや、本当に大丈夫です。僕がやりますから」

 「でも…」

 台所に歩き始めただまされy人は、タイキを置いて、もうかなり先まで来てしまっていました。二つのワゴンが上手く扱えないタイキは、一向に前に進まないのです。それに気付いたタイキは、ちょっと赤くなりました。

 「そ、それじゃあ、あの、手伝ってもらえますか。ワゴンを一つ…。すみません」

 結局、タイキとだまされy人は、ワゴンを一つずつ押しながら、台所へ向かいました。

 「あのー、y人さんは…」

 「はい、私は、だまされy人です」タイキに答えて、だまされy人は言いました。

 「あっ、だまされさんでしたか。僕はタイキです。どうぞよろしく」タイキは親しげに話し始めました。「シモーン邸って、結構広いんですね。外から見ると、小ぢんまりとして見えましたけど」

 「はい。部屋は沢山あるんですよ。外から見ると、そんな風には見えませんけど」

 「y人さん達それぞれに、お部屋があるんですよね?」

 「はい。私達は、皆、二階に自分の部屋を持っているんです」

 「へえ、そうなんですか」

 タイキ達は玄関ホールに出て、右に折れてから、さらに二つの扉を通りました。

 「あれ?だまされy人。どうして、隊員の方がワゴンを?」

 二つ目の扉の向こうは、台所でした。広くて居心地の良さそうな台所に、三匹のy人がいました。

 「隊長のご命令だそうです」だまされy人が答えました。

 「隊長の?」一匹のy人が、タイキの押してきたワゴンを受け取りながら、キョトンとしました。

 「はい。どうも、ごちそうさまでした」タイキは丁寧にお辞儀をしました。

 「僕達は、これから片付けに行こうと思っていたんですよ。わざわざすみません」

 「皆さん、お食事に満足していました?」

 「また、夜食もご用意しますので」

 珍しがって、y人達はタイキの周りに群がります。

 「せっかく台所にいらしたんですから、お茶でもどうですか」

 そう言って、y人の一匹がお湯を沸かそうとします。

 「そうだ。デザートのアイスクリーム、もしよかったら、もっといります?まだ余っているはずだから」

 y人の一匹がそう言うやいなや、タイキの顔が青ざめました。

 「いっ、いいえ、結構です!ぼ、僕はもう、仕事に戻らないと。ごちそうさまでした。失礼しますっ!」

 早口でそう言うと、タイキはy人達が止める間もなく、逃げるように台所を出て行ってしまいました。後に残ったy人達は、ポカンとしました。

 「隊員の猫達は、いつも忙しそうだね」

 「うん。きっと、無駄に時間を使わないように、訓練しているんだよ」

 「お菓子にも、目もくれない。偉いなあ」

 「私達も、見習わないといけませんね」

 y人達は感心したように、タイキが出て行った扉を見て、頷き合いました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ