第6話 捜索開始
「ペイ、ユニの班から、何か連絡は入ったか?」
ここはシモーン邸の会議室、ミーニャ捜索本部の中です。隊長の命令通りに、会議室の中の準備はすっかり整えられ、様々な機械が、所狭しと並べられていました。そこに、十匹ほどのネコ兵達が働いていました。本部にいるネコ兵達は皆、隊の制服である、スパイク付きの特別シューズをはき、腰にポーチをつけています。今はその他に、全員おそろいのヘッドホンを頭にかぶって、それぞれの装置の前に座っていました。部屋の一角には、車輪が付いている、移動式の大きなホワイトボードが置かれていて、町の地図が貼り付けられていました。隊長はそのボードのそばに立って、部屋にいるペイ班の兵隊達に、指示を出しています。
「はっ、隊長。連絡は入っておりますが、今のところ、何の情報も得られていないようであります」
部屋の中にある装置の中でも、一際大きな、ラジオのような機械の前に座っているペイが、隊長に答えました。
「三郎の班は、どうだ?」
「まだであります」
「すごい装置だねえ」
兵隊達にお茶を入れる準備をしながら、部屋の隅では、三匹のy人達がひそひそと話をしていました。
「うん。まるで、商店街の電気店のテレビでやっている、人間の映画に出てくる、軍隊の秘密基地みたいだね」音y人が言いました。
「あそこの、三毛猫がいじっている機械は、何かな?」暗がりy人が、スクリーンの付いた機械を示して言いました。
「レーダーの装置じゃあないですかね?」だまされy人が答えます。
「レーダー?何でレーダーを使うのさ?ミーニャ様は、飛行機にでも乗っているのかな」
「違うよ、あれは通信機械だよ。きっと、秘密の暗号でも送っているんだよ」
「こら」
背後からの声に、y人達は毛を逆立てて驚きました。そこには、いつの間に来たのか、クーニャが立っていました。
「あっ、クーニャ様」y人達は慌てます。
「ひそひそと話をしていないで、早くお茶をお入れして。ネコ兵隊の邪魔にならないようにしてください」
「は、はい」
y人達は、急いでお茶を入れ始めました。
「クーニャ様、ネコ兵の夕食の支度は、どうしましょう」だまされy人が尋ねました。
「ネコ兵隊の方々には、お弁当式のお夕食を用意すべく、しっかりy人に言ってあります」クーニャもお茶を入れるのを手伝いながら、答えました。
「お弁当式、ですか?」
「そうか。そうすれば、ネコ兵達は捜索を続けながら食べられる、と」音y人が感心したように言いました。
「お弁当式夕食…」
y人達はすっかり感心して、兵隊達を眺めます。その視線の中、ネコ兵達はてきぱきと動いて仕事をしています。
「私は、ちょっと台所の様子を見てきます。お茶の方を頼みますよ」
そう言って、クーニャは部屋を出て行きました。
「隊長!」
クーニャが部屋を出て行ってからすぐに、ペイが叫びました。
「三郎の班からの情報が、入ったであります。目撃者の発見であります」
途端に、本部は緊張に包まれました。
「場所はどこだ?」隊長の厳しい声が、本部に響きます。
「はい、町の東側、七丁目。市役所の公園を寝床にしている、野生鳩の集団であります。情報によると、ミーニャ様のいなくなられた八日の午後に、ミーニャ様らしき猫を目撃したとのことであります」
「よし、三郎につなげろ」
隊長はそう言って、頭にかぶっているヘッドホンのマイクに手をやりました。
ジージー。電波の音が本部内に響きます。y人達もお茶を入れるのを忘れて、じっと隊長を見守っています。
「つながったであります」
「ハロー、ハロー、こちら本部。三郎か」
「はい隊長。こちら三郎です」
電波にのった三郎の声が、ペイのそばにあるスピーカーから聞こえてきました。
「ミーニャ様を目撃したという、野生鳩の情報を、詳しく伝えろ」
「はい、隊長。ミーニャ様がいなくなられた、八日の午後、市役所にいた野生鳩の集団の中に、ミーニャ様によく似た猫を、目撃した鳩がいました。その猫は、市役所裏のテニスコートを横切って行ったそうです」
「その猫が、ミーニャ様であるという確証は」
「はっきりとはありません。猫を目撃したという鳩は、今までミーニャ様のお姿を見たことがなく、ただ、毛並の様子で可能性があるというだけです」
隊長は、それを聞いてしかめっ面です。
「確率は低そうだな。尻尾にある、王毛のことは聞いたか」
「はい。しかし、あまり気に留めて見ていなかったので、覚えていないとのことでした」
隊長は、う〜んと唸りました。
「確率は低くても、可能性がないとは言えない。その証言の後を追ってみるように。その猫はその後、どちらの方角に消えたのだ」
「テニスコートを横切って、すぐ近くの女子大学の方向、南東の方角に行ったそうです。すでにナオミの班に連絡して、その猫の足取りをたどらせています。また何か分かり次第、ご報告いたします」
「ご苦労」
そこで隊長は、マイクを切りました。そして、本部に置いてあるホワイトボードの地図の、横に立っている兵隊を振り返って言いました。
「市役所に赤旗を。目撃者第一号だ。これから次々と、目撃情報が入ってくるだろう。皆、てきぱき行動するように」
隊長の命令通りに、兵隊が地図の市役所の場所に、マグネットの赤旗をつけました。隊長は自分のノートを手にして、熱心に書き込みを始めました。他の兵隊達も、また元の作業に戻りました。
「何か、分かったのですか?」
いつの間にか、本部に戻ってきていたクーニャが、y人に話しかけました。
「あっ、クーニャ様。情報の第一号が。ミーニャ様らしき猫が目撃されたって…」
「えっ?本当ですか。すごい、やはりネコ兵隊は優秀ですね。あれ?」
クーニャは、沢山のマグカップが、まだテーブルの上に置いたままなのに気付いて、目を丸くしました。
「ところで、お茶の用意は?」
y人達は慌てて、またお茶を入れ始めました。
「あれ、そういえば、変人y人は、あんなに興奮していたのに、全然姿が見えないけれど、どうしたんだろう?」暗がりy人が首を傾げました。
「変人y人には、台所の手伝いをさせて、本部に近づかないようにしていますから。あと、写真家y人も」クーニャが何気なく言いました。
「そうなんですか。さぞ悔しがっているでしょうね」
「変人y人といえば、今回はゴロウさんを見ないね」
「結婚したから、お休みを取っているんじゃあないの?」
「ねえ、ところで、あの兵隊達が腰につけている鞄には、何が入っているのかなあ」音y人が、近くの兵隊を横目で見ながら言いました。
「僕も思った。何だろうね」暗がりy人です。
「秘密の七つ道具が、入っているんですよ、きっと」だまされy人が、目をキラキラさせます。
「秘密の七つ道具って?」
「例えば、縄とか、ナイフとか、暗号解読本とか、虫眼鏡とかですかね」
「虫眼鏡?何のために?何に使うの?」
「分かりませんけど、そういう小道具じゃあないですかね」
「何か、かっこう良いよね。y人も、ああいうのをつけたら良いのにね」
「えっ、y人も?」暗がりy人が、嬉しそうに言いました。
「でも、僕達、縄なんて必要ないじゃあない?」
「違うよ。y人用の七つ道具を入れるんだよ」
「y人用のって、例えば、何です?」
「例えばって…。えっと…。掃除用具一式。雑巾、タワシ、スポンジに洗剤」
「メモ帳。買い物のメモをするのに必要」
「それはうたがいy人の仕事だから、うたがいy人の鞄にだけ」
「泣き虫y人のには、ハンカチだけ」
「シシシ…、変人y人のは、さしずめ、化粧道具で一杯だろうね」
「君のは…、庭の掃除用具一式。入らないか」暗がりy人が、音y人に言います。
「ドジy人のは、救急箱。彼は動く救急箱。誰かのためというより、彼自身のため。すぐに使い終わっちゃう」
「…やっぱり何か、かっこう悪いですね」
ひとしきり、y人用の七つ道具で盛り上がっていたy人達は、ふっと我に返りました。
「うん、何かね」
「鞄から、タワシと磨き粉なんてね」
「ほら、お茶の支度ができたので、早く隊員の方々にお配りして。それにお菓子も」
結局、喋っている三匹のy人達の横で、クーニャがほとんどお茶の支度をしました。
「あっ、すみません、クーニャ様」
「ご、ごめんなさい。すぐにお運びいたします」
y人達は慌てて、お茶とお菓子を隊員達に配り始めました。
「どうぞ隊長、お茶です」
隊長は、書き物をしていた顔を上げました。
「ああ、どうもありがとうございます」
隊長は暗がりy人から、お茶とお菓子を受け取り、一息つきました。
「捜索の方は、今のところ順調に進んでおりますので、どうぞご安心を」
「はい、ありがとうございます」暗がりy人は、隊長にお辞儀をしました。
「どうぞ、お茶です」
「はっ、すまないであります」ペイもy人からお茶を受け取り、一息つきました。
「あのー、すごい装置が一杯ですけれど、全部扱い方が分かるんですか?」音y人がペイに尋ねました。
「はっ。私どもは、全ての装置を扱えるように、訓練を受けておるのであります」
y人達は尊敬の眼差しで、ペイを見つめます。
「すごいハイテク装置なんでしょうね」
「その、腰の鞄ですけど」
「はっ?あっ、この鞄でありますか」
ペイはそう言いながら、自分の腰の鞄を、チョイと軽く手で押し上げました。
「はい。その中には、何が入っているのかと思いまして」だまされy人が、もじもじしながらペイに聞きました。
「はっ、この鞄の中身でありますか。それは、申し訳ないでありますが、秘密ということになっておるのであります」ペイが申し訳なさそうに、頭をかきました。
「ああ、そうですか。すみません、変なことを聞いちゃって」
「やっぱり、秘密の七つ道具だ」音y人が感心したように、ボソッとつぶやきました。
「ほら、y人達。あまりネコ兵隊のお邪魔をしては、いけませんよ」
クーニャが、ペイを質問攻めにしようとしているy人達を、たしなめます。それにペイは笑って、手を振りました。
「クーニャ様、構わないであります」
隊長も、クーニャ達に近づいてきました。
「皆さん、目撃証言が次々と集まっていますので、捜査は順調に進んでいるといえるでしょう」
「そうですか。よろしくお願いいたします」
クーニャが隊長に、軽くお辞儀をしました。そして、本部を見回して、
「しかし、本当にすごい装置ですね」
「はい。猫の王家に仕える、特別集団ですので、常に最先端を心がけております」
「最先端…」
暗がりy人は、最先端の装置を使いこなすネコ兵が仕えている、この王家の宮殿であるシモーン邸では、この前、壁の穴を埋めるのに、漆喰を使ったことを思い出していました。
「漆喰と、最先端の装置…」
「それでは、皆は台所に行って、夕食の支度を手伝ってください。それから、毎日の日課の仕事も、通常通りに行ってください」
あまり長居をして、捜査の邪魔になってはいけないと思ったクーニャは、y人達に言いました。
「はい、クーニャ様」
「それでは、失礼いたします。七時にご夕食をお持ちいたしますが、何かございましたら、いつでもy人を呼び鈴でお呼びください」
そう言うと、クーニャは隊長にお辞儀をして、三匹のy人達と共に、部屋を出て行きました。台所に向かう途中、三匹のy人達の頭の中を、それぞれ違う言葉が駆け巡っていました。
「秘密の七つ道具か…」
「お弁当式夕食…」
「漆喰と、最先端…」
クーニャは、途端に静かになったy人達を、不思議そうに見つめていました。
クーニャとy人達が出て行って、しばらくしてから、また本部の中は騒がしくなっていました。
「隊長、三郎の班から連絡が入りました。ミーニャ様らしき猫を目撃したという、猫の発見です」ネコ兵の一匹が、声を張り上げました。
「場所は?」隊長が、声を上げた兵隊の方に近づいていきました。
「フィルム工場前の、星くず商店街です」
「目撃者は?」
「星くず商店街にある定食屋、底抜け亭の飼い猫、三毛です。ミーニャ様がいなくなられた八日の夕方頃、定食屋の裏にあるゴミ箱をあさっていた、見知らぬ猫を、家の中から目撃しています。ミーニャ様の毛並によく似た、灰色の猫だったということです」
「ミーニャ様であるという、確かな証拠は?」
「ありません。それに、当時降っていた雨で、毛並は濡れていて、灰色の毛だったか、汚れた白い毛だったが、どちらかはっきりしない、とのことです」
隊長はまた、しかめっ面です。
「地図のフィルム工場前の星くず商店街に、青旗を。一応、この猫も捜査するように、ユニの班に伝えろ」
隊長はしかめっ面のまま、また自分のノートを開いて、書き込みを始めました。
その後も、三郎の班からの目撃情報が、次々と本部に入ってくるようになりましたが、どれもこれも、あまり可能性は高そうではありませんでした。屋根の上で昼寝をしている、ミーニャらしき猫を見かけたカラス。裏道を歩いている姿を見かけたと言うドブネズミ。はては、ペットショップで売られていたミーニャを見た、と言う野良猫まで現れました。
ホワイトボードの地図には、色の違う旗が、無数に貼り付けられました。あまり思うように進まない捜査に、少しいらいらしてきている本部の中は、それでも静かで、話をする兵隊はなく、皆それぞれの仕事を黙々としていました。そんな時、ペイが興奮したような顔で、隊長を呼びました。
「隊長!三郎の班からの情報であります。かなり、しっかりしたものであるようであります!」
「場所は?」隊長は素早く、ペイに駆け寄りました。
「五丁目にある、動物病院であります」
「病院だと?」隊長はそう言いながら、地図の横にいる兵隊に目配せしました。
兵隊はその合図に、旗を素早く、地図の病院がある場所に貼り付けました。
「目撃者は、九丁目の田中家の飼い犬の柴犬、しばであります。情報によりますと、しばは、ミーニャ様のいなくなられた八日に、病院でミーニャ様らしき猫を目撃したとのことであります」
「よし、三郎につなげろ」隊長がそう言って、かぶっているヘッドホンのマイクに手をやりました。
ジージー。電波の音が本部に響きました。
「つながったであります」
「ハロー、ハロー、こちら本部。三郎か」
「はい、隊長。こちら三郎です」スピーカーから、三郎の声が聞こえてきました。
「ミーニャ様を目撃したという柴犬、しばの情報を」隊長が、マイクに向かって喋ります。
「はい。田中家の飼い犬、しばですが、ミーニャ様がいなくなられた八日の午後、定期検査と、予防注射のために、五丁目にあるハローアニマル動物病院にいたところ、拾われた野良猫を運び込んできた人間を、目撃しています」
「その猫が、ミーニャ様であるという確証は」
「まず、その野良猫を運び込んだ人間ですが、その人物と、病院の受付のやり取りにより分かったことは、その猫は、拾われてきたばかりであり、雨に濡れて、びしょびしょであったこと。そして、拾われた場所が、三丁目の、タバコ屋の角の細道にある、電柱のそばであったこと。そして、しばが近くでちらりと見たところ、灰色と白の混じった毛並をしていたとのことです。それから、医者とのやり取りに、聞き耳を立てていたところ、その猫は、最近食べ物を食べていなかったそうです」
「なるほど」
「しかも、その野良猫の目は、どうも腫れ上がっていたらしい、とのことでした」
「腫れ上がっていた?泣き腫らした後、ということか…」
「はい。その拾われたという場所、三丁目のタバコ屋も、シモーン邸の西側に位置していますし、可能性は高そうです」
「その野良猫は、その後、どうしたのだ」
「その人間は、その野良猫を抱いて、ムーンライト商店街のある方角、つまり、東に行ったそうです」
「分かった。ご苦労。今後も続けて、その人間に関する目撃情報を集めるように」
隊長はヘッドホンを外して、本部を見回しながら言いました。
「ユニの班に連絡しろ。至急、しばの情報を知らせて、野良猫を拾った人間の捜索を要請するのだ」
「はい!」元気の良い隊員達の返事が、本部にこだましました。
「隊長、大変です!ナオミの班から、情報が入りました。ミーニャ様の毛並によく似た猫が、交通事故にあって死亡していた情報を、掴んだそうです!」
しばの証言によって、明るくなっていた本部は、突然静まり返りました。隊長が、報告をした隊員の方へ、急いで近寄って行きました。
「交通事故が起きた場所は、どこだ?」
「十丁目の交差点です。それからあの日、雨のために病院に運ばれた数匹の猫達の中に、ミーニャ様らしき猫がいたとのことです」
「ナオミに連絡を。至急、それらの猫の身元確認をするようにと」
「分かりました」
隊員は、隊長に言われた通りに、すぐにナオミの班に連絡を入れ始めました。隊長は静まり返った本部の中を、小走りに地図に駆け寄ると、十丁目の交差点に、黒旗を張り付けさせました。そしてそのまま、地図を見つめて腕を組み、考え込んでしまいました。本部にいる隊員達は、横目で隊長の様子をうかがいながらも、それぞれの仕事を続けています。皆、何も口に出さずに、お互い目配せをしながら、青くなっていました。
「隊長」
ペイがそっと、小声で隊長に呼びかけました。隊長は、ゆっくりとペイを振り返ります。
「隊長、クーニャ様を呼ぶべきでありますか」
隊長は、ペイの言葉に首を振りました。
「いや、しっかりした事実を確認してからだ。へたに心配をおかけする訳にはいかない」
「はっ、分かりました。隊長」
ペイは黙って、仕事に戻りました。隊長もまた地図を振り返ると、じっと何か考えているように、動かなくなりました。