第13話 新しい王の誕生
ミーニャはy人達から歓迎を受けた後、食堂でy人達と朝食を食べ、その後、シモーン王の祭壇がある大広間に行きました。祭壇にはまだ、シモーン王の写真が飾られていました。戴冠式の時の写真で、若く美しいシモーン王が、誇らしげに笑いかけていました。
「兄さん、ミーニャは戻ってきたよ」ミーニャは、写真のシモーンに話しかけました。
ミーニャは戻ってきたのです。宮殿に戻ってきたのです。自分の義務を果たすために。
「ミーニャは一度、逃げ出しちゃったよ。王様になるのが、怖くて。でも、もう決心したから。決心したんだからね」
ミーニャは、じっと写真を覗き込みました。すると、途端に悲しくなってきて、涙が溢れそうになりました。
「兄さん。ミーニャは決心したって言っても、やっぱり悲しいよ。兄さんがいなくなって、とっても悲しい。もう一度兄さんに会いたいよ」
「ミーニャ様」
その時、後ろから声がして、クーニャが近づいてきました。
「クーニャ。いつの間に、ここに?」ミーニャは慌てて涙を拭いました。
クーニャは祭壇の前まで来ると、ミーニャにちょこんとお辞儀をしました。
「ミーニャ様。本当によくお戻りになられました。ずっとお待ちしておりました」
「クーニャ。黙っていなくなって、本当にごめんなさい。ミーニャはどうしたらいいのか分からなくて…」ミーニャは言いにくそうに、手をもじもじさせました。
「いいんですよ、ミーニャ様。私には分かっておりますから。何も説明する必要はありません。ミーニャ様は戻ってきてくださった。それだけでいいのです」クーニャは静かに言いました。
「でも、でも、ミーニャは皆に迷惑をかけた。一度は逃げたんだもの。この宮殿からだけじゃあなくて、王位継承権から、逃げたんだ。ミーニャは駄目な猫なんだ」
ミーニャは唇を噛んで、うつむきました。
「兄さんも、ミーニャを情けなく思っているよ。頼りない、駄目な猫だって。ミーニャがもう少し、兄さんみたいにしっかりしていて、責任感が強かったらって思うよ。ミーニャには、自信がなくて。兄さんみたいに、立派な王様になれる自信がなくて、それで逃げ出したんだ」
「ミーニャ様。この写真をご覧ください」
クーニャは、シモーン王の戴冠式の写真を指差しました。
「シモーン様の、戴冠式の時のお写真です。とても立派でしょう。とても自信に満ち溢れていて、誇らしげで、王としての威厳すら感じられます」
ミーニャはじっと写真を見つめました。とても立派な兄さんが笑いかけています。
「ですが、ミーニャ様。シモーン様も、戴冠式の前の晩まで、とても不安で、よく私にこぼしていたのです。自分は王様になどなれるのだろうか、と」
「兄さんが、そんなことを?」ミーニャは驚いて、クーニャを見ました。
「はい。シモーン様は、心配を掛けたくないからと、ミーニャ様の前では、いつも立派に振舞っていましたが、本当は、いつも不安だったのです。自分が立派な王様になれるか。皆の期待に応えられるか。国民に尊敬される王様になれるか、と」
「信じられない。あんなに立派な兄さんが、そんな心配をするなんて」
「生まれつき自信に満ち溢れている者など、いはしないのですよ、ミーニャ様。誰でも、自信がなくて悩むものなのです。まあ、ごくまれにですが、何の根拠もなく、訳もなく自信に満ち溢れている者も、いることはいます。例えば、変人y人のように。でもそれは、ごくまれなケースです。シモーン様も、いつも自信のない自分と戦っていたのです」
ミーニャには信じられませんでした。いつも立派で、頼もしく見えた兄さんが、王様になれるかどうか、悩んでいたなんて。
「自信とは、生きている中で、様々な出来事と戦いながら、獲得していくものなのです。シモーン様も、王様になられた後、常に自分と戦いながら、段々と自信をつけていったのです。ミーニャ様が、どうしてシモーン邸を飛び出していったのか、私には分かっております。ミーニャ様は全ての重みに耐えられず、出て行かれたのでしょう。ですが、ミーニャ様は間違っておられます。全てをミーニャ様だけが背負う必要はないのですよ」
「ミーニャが全てを背負う必要は、ない?」
「そうです。何のために、私達y人がそばにいると、お思いですか?私達は、王様をお助けするために、いるのですよ」
「でも、ミーニャは、助けてもらっても、兄さんみたいになれるか分からないよ。元々兄さんには素質があったから、立派で尊敬される王様になったんだ。ミーニャは兄さんみたいになれないよ」ミーニャはしゅんとうつむきます。
「ミーニャ様は、シモーン様にはなれませんよ。なれるはずがありません。それはどうしてなのか、お分かりですか?」クーニャが尋ねました。
「それは、ミーニャが兄さんとは違って、しっかりしていなくて、だらしない駄目な猫だから。顔も間抜けで、王様なんて似合わないし」ミーニャが小声でつぶやきました。
「なぜなら、ミーニャ様はミーニャ様であって、シモーン様ではないからです。どうして、シモーン様になる必要があるのですか?ミーニャ様が他の誰かになる必要など、ないのですよ」
ミーニャは、どこかで誰かに、同じことを言われたような、不思議な感覚に襲われました。
「兄さんに、なる必要はない?ミーニャは、ミーニャのままで、いいの?」
「そうです。ミーニャ様は等身大のまま、精一杯、義務を果たされたらいいのです。その、尻尾にある王毛ですが」
クーニャは、ミーニャの長くて黒い尻尾の先に、寝癖のように立って生えている、銀色の三本の毛を示しました。
「それは、王家の血を引く者にだけ生える、三本の毛、王毛です。ミーニャ様は、王様になる素質を、ちゃんと備えているではありませんか。その王毛が、何よりの証拠です」
ミーニャは、尻尾の先に生えている、銀色の毛をまじまじと見つめました。王毛のことは、幼い頃に聞いていましたが、そんなに大切なものだったなんて、今まで思ったことはありませんでした。
「これは、始まりなのですよ。最初から、非の打ちどころのない、完璧な王様を期待する者など、おりません。それは、これからミーニャ様が目指す頂上なのです。戴冠式は、始まりなのです。そこから、王様としての第一歩が始まるのです。最初から、頂上に降り立てなんて、言ってはいないのです。それに、私達y人がどんな時でも、ミーニャ様を支えていきますよ。どうか、ご安心ください。私達はいつも一緒です。そのためのy人なのですから」
「ク、クーニャ。あ、ありがとう。ミーニャ、精一杯頑張るから」
ミーニャはうるうるして、クーニャの手をぎゅっと握り締めました。
「これから、一緒に頑張っていきましょう。y人達を信頼して、頼ってください。ミーニャ様。いいえ、ミーニャ王」
クーニャはそう言って、ミーニャに深々とお辞儀をしました。
「兄さん。ミーニャ、頑張るからね。天国から見守っていてね」
ミーニャは祭壇に飾ってあった、シモーン王の写真を手に取りました。
「この写真、ミーニャの部屋に持っていっていい?飾っておきたいんだ」
「勿論です、ミーニャ様。祭壇を設けてから、今日で九日目です。丁度片付ける日ですから」クーニャが頷きました。
こうして、ミーニャ王子失踪事件と、王家滅亡の危機という、歴史に残る大事件は、無事に解決し、シモーン王に代わって、ミーニャが三百八十四代目の猫の王となったのでした。ミーニャはシモーン王のように、王の衣装を身にまとって、戴冠式を行いました。その写真は号外として、国民に配られ、新たに王様になったミーニャを、誰もが温かく迎えてくれました。王様が住み、代々その主人の名前で呼ばれる宮殿は、シモーン邸からミーニャ邸に名前も変更されました。
それからミーニャは、猫の王様としてのミーニャ邸での暮らしと、緒蔵ヒロの飼い猫としての、二重生活が始まったのでした。勿論、ヒロは自分が猫の王様を拾い、飼っているなんて、夢にも思っていませんでした。
(完)