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第1話 悲しい知らせ

 それは良く晴れた、満月の綺麗な夜のことでした。その夜も、いつものように真夜中になった頃、ジャックのおじさんは、暖炉の上にある置き時計を見上げ、「もうこんな時間か」とつぶやくと、急いで夜の見回りの支度を始めました。今夜は風がないけれど冷えるからと、奥さんは厚手のマフラーをしていくように、おじさんに言いました。

 「おい、ねぼすけ。今夜は寒いから、家にいるか?」

 ジャックのおじさんは、眠そうに奥さんの膝の上に座っている猫に、話しかけました。ねぼすけと呼ばれた猫は、全く動こうとしないばかりか、大きなあくびをして見せました。おじさんはそれを見ると軽く笑って、「それじゃあ、行ってくる」と、一人で出掛けていきました。

 ジャックのおじさんは、彼の奥さんと、一匹の猫と共に、町外れにある一軒家に住んでいます。彼は墓守で、町の墓地の管理をしています。ですから毎晩決まって、真夜中近くになると、墓地の見回りに出掛けるのです。ジャックのおじさんの猫、ねぼすけは、気が向くと時々おじさんと一緒に、夜の見回りに行くこともあるのですが、今夜はその様子が全くないようでした。

 ねぼすけは、二年前にジャックのおじさんの家に突然やって来た、野良の子猫でした。おじさんの家の玄関には、小さな門があって、郵便受けの付いた柱があるのですが、ある朝、おじさんが仕事に出掛けるために家を出ると、門の柱の上に、小さく丸くなって座っている子猫を見つけたのでした。仕事が終わり、おじさんが家に帰ると、子猫はまだ柱の上にいました。その内にいなくなるだろうと、おじさんは別に気に留めませんでしたが、この子猫はどうやら、町外れにあるこの家が気に入ったようで、次の日も同じ柱の上に座っていて、おじさんを驚かせました。

 「お前さん、まだいたのかい?」

 おじさんは改めて子猫を見つめてみました。大きな真ん丸い瞳で、笑っているような間抜けな顔をした子猫でした。毛並は、頭から背中にかけて黒く、お腹に向かうにつれて灰色から白になっています。黒くて長い尻尾の先からは、三本だけ、銀色の毛が寝癖のように生えていました。

 結局、子猫はそれから毎日のように、柱の上からおじさんを、朝は見送り、夜は出迎えるようになりました。奥さんもご飯の残りをあげるようになり、いつの間にか、家に居ついてしまったのでした。子猫は昼間、あまりにもよく寝ているので、おじさんは呆れて、ねぼすけと呼び始め、それがそのまま名前になったのでした。

 さて、墓地に向かっていたジャックのおじさんは、寒さのために小さく震えました。いつものように管理人用の小さな門から、鍵を開けて人気のない墓地に入ると、いつもの道順で見回りを始めました。誰もいない墓地は、異様な静けさに包まれていました。普通の人なら、真夜中に一人で、静まり返った墓地を歩こうとする人はいないでしょう。しかし、おじさんはもう長い間、墓守をしているので、夜の墓地にもなれていました。でもそんなおじさんでも、何だか今夜の墓地は、異様な不気味さを感じました。この墓地には、年老いた一匹の野良猫が住み着いていて、暗闇から光る目で、おじさんを驚かせるのですが、その猫でさえ、今夜は姿が見えませんでした。

 寒さに首をすくめながら歩いていたおじさんが、突然その場に立ち止まりました。誰もいないはずの墓地で、後ろから物音が聞こえたのです。おじさんが何だろうと振り返ると、月明かりに照らされた墓石の列と、今歩いてきた道が、黒い川のように延びていました。そして、そこを何か黒い影のようなものが、音もなくこちらに近づいてきているのでした。おじさんがじっと目を凝らすと、それは四角い箱のようでした。

 途端に、おじさんはぎょっとしてしまいました。墓守の仕事をしている彼には、遠くからでも、その箱が何なのか分かったのです。それは、赤ん坊用の小さな棺桶でした。なんと棺桶が、おじさんの方に向かって、静かに近づいてきているのです。おまけに、棺桶は地面から少し浮かんでいるように見えます。何やらもぞもぞ動くものが、棺桶を下から持ち上げているようです。

 おじさんは腰を抜かして、その場に座り込んでしまいました。棺桶を持ち上げていたのは、とても小さな人々で、一人の道案内人らしき人を先頭にして、棺桶を運んでいる一団だったのです。

 しかしこんな夜中に、誰が棺桶なんか運んでいるのでしょうか。おまけに、どうしてあんなに小さい人達なのでしょう。これは小人の葬式なのでしょうか。それとも、死体泥棒でしょうか。どちらにしろ、ただ事ではありません。ついに、棺桶はおじさんの前に到着しました。途端に、おじさんは声にならない悲鳴をあげました。

 猫です。なんと小人に見えていた人々は、猫だったのです。棺桶を担ぐ、謎の一団の正体は、一匹の猫を先頭に、棺桶を担いでいる十匹の猫達でした。しかも、その猫達は皆服を着ていて、二本足で人間のように立って、棺桶を担いでいるのです。腰を抜かして座り込んでいるおじさんの目の前で、その猫の一団は立ち止まりました。

 先頭の道案内人らしき猫が、おじさんに近づいてきました。その猫は、棺桶を担いでいる猫達と同じ服の他に、赤いネクタイをしていました。猫はおじさんの前に立って、ちょこんとお辞儀をしました。それから、こう言いました。

 「ジャックのおじさん。シモーン様が亡くなったと、ミーニャ様にお伝えください」

 ジャックのおじさんの頭の中は、真っ白になりました。今のは鳴き声でしょうか。まるで、言葉を喋っているように聞こえましたが。

 「ジャックのおじさん。シモーン様が亡くなったと、ミーニャ様にお伝えください」

 赤いネクタイをした猫は、もう一度そう繰り返すと、またちょこんとお辞儀をして、おじさんの横をすり抜けて、再び歩き出しました。棺桶を担ぐ一団もそれに続いて、また静かに歩き始めました。

 その後どのくらい、おじさんはその場に座り込んでいたのでしょうか。そして、どうやって家にたどり着いたのか、全く覚えていませんでした。奥さんは、帰ってきたおじさんの真っ青な顔を見て、一体何があったのか問いかけましたが、おじさんが何も答えないので、仕方なく熱いコーヒーを入れ始めました。おじさんは震えながらコーヒーを一口飲みました。そしてようやく墓地で何があったのか、奥さんに話し始めました。

 「まあ、それは不思議なこともあったものですねえ」奥さんは話を聞き終わると、感心したように言いました。

 「全く、墓守をやってもう何十年にもなるが、あんなのを見たのは初めてだ。猫の葬式とはねえ。そうそう、そういえば、その先頭のネクタイをした猫は、シモーン様が亡くなったと、ミーニャ様に伝えてくれと、俺にそう言ったんだ。しかしミーニャ様というのが誰なのか、俺は知らないんだがなあ」

 「それは困りましたねえ。たとえ猫でも、墓守として頼まれたことは、してあげなければなりませんしねえ。キャッ!」

 奥さんは突然、悲鳴をあげました。ジャックのおじさんが驚いて奥さんの方を見ると、奥さんの膝の上に座っていたねぼすけが、全身の毛を逆立てて、シーシー言っています。

 驚いている二人の前で、ねぼすけは奥さんの膝の上から飛び降り、床の上に着地したかと思うと、いきなり後ろ足二本で立ち上がりました。そして言いました。

 「シモーン兄さんが亡くなったと、確かにミーニャは聞いたから!」

 ジャックのおじさんと奥さんは、あんぐり口を開けて、ねぼすけを見つめます。ねぼすけはもう一度言いました。

 「ジャックのおじさん。シモーン兄さんが亡くなったと、確かにミーニャは聞いたから!」

 そしてねぼすけは、暖炉の脇にある小さな窓から、月明かりの中に飛び出していってしまいました。ジャックのおじさんと奥さんは、口を開けたまま、ねぼすけが出て行った窓を見つめて、しばらく何も喋りませんでした。


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