特命機動隊江坂分隊所属曹士 東淀川瑞光三曹の作文
※ 「堺県おとめ戦記譚~特命遊撃士チサト~」の外伝編で、特命機動隊の東淀川瑞光三曹にスポットを当てたスピンオフです。
少女兵士にして中学2年生でもある東淀川瑞光三曹が、元化25年4月下旬に国語の宿題として提出した作文という体裁になっております。
「私の尊敬する人」
堺県立御子柴中学校2年C組 出席番号18番 東淀川 瑞光
私の特に尊敬する人は、私が所属する分隊で分隊長を務めていらっしゃる、江坂芳乃准尉です。
私こと東淀川瑞光は、特命機動隊の曹士として、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に所属しております。
元化25年3月付けで隊士長としての教練課程を終え、三曹への昇級と時を同じくして、分隊への正式配属を拝命致しました。
配属させて頂いた江坂分隊の最年少曹士である私は、上官の方々から妹のように可愛がって頂いております。
独りっ子である私としましても、優しくも頼もしい姉が新たに7人も出来たような心持ちが致しまして、毎日楽しく過ごさせて頂いている次第です。
この作文では、そんな8人姉妹の長姉である江坂芳乃准尉の人となりを、この春より末妹となった私の視点でお伝えしたく存じ上げます。
御年30歳の江坂芳乃准尉は、炎を思わせる赤い長髪が目にも鮮やかで、スタイルも良好な美人の分隊長殿でいらっしゃいます。
落ち着いた端麗な容姿もさることながら、豊富な実戦経験に基づく沈着冷静な指揮能力に、分隊員への優しさと懇切丁寧な指導力は、前線に出てまだ間もない私の目には、実に頼もしく映るのです。
年齢が一回り以上離れている私は、江坂芳乃准尉の包容力ある優しさに、母性を無意識下で感じてしまうのでしょうか。
つい先日も、休暇届を提出しようと江坂准尉を御呼びした所、誤って「お母さん!」と申してしまった事がございました。
「御聞きになりましたか、上牧みなせ曹長?江坂分隊長を『お母さん』と…」
私の言い間違いは、同じ分隊の上官でいらっしゃる我孫子羅依一曹の知る所となりました。
宮内庁御用達の和菓子を扱う製菓会社が御実家の我孫子羅依一曹は、大和撫子を体現する上品な美貌の持ち主。
腰まで達する黒髪と木目細やかな白い柔肌の対比が目にも鮮やかな、日本人形を彷彿とさせる雅やかな気品に満ちた御方です。
裕福な御実家と和風の美貌に恵まれた我孫子羅依一曹は、御在籍の私立諏訪ノ森女学園高等部では「菓子売りの我孫子姫」という異名を御持ちだとか。
「私などは差詰め、『ライ御姉様』とでも呼ばれたい所存で御座いますね。」
そんな我孫子姫こと我孫子羅依一曹ですが、こうしてゴシップ好きという世俗的な一面も御持ちで、敬意と親しみを同時に抱ける御方です。
もっとも、今回に関しては私自身がゴシップの主役に据えられているため、歓迎出来かねるのですが…
「ええ…確かに聞きましたよ、我孫子羅依一曹。それでは私の事は気安く、『みなせ御姉ちゃん』と呼んで構いませんよ、東淀川瑞光三曹!」
この軽口に同調されたのは、この春より堺県立大学に進学された上牧みなせ曹長です。
大学で久々に男女共学になった事が関係しているのか、上牧みなせ曹長はお洒落と自分磨きに留意されている御方です。
非番の際にはファッション雑誌から抜け出たような流行のアイテムを御召しですし、私の茶髪より色素の薄いライトブラウンの柔らかい髪をお尻の辺りまで延ばすだけでなく、後ろ髪全体を太い三つ編みに結っておいでなのですから。
上牧みなせ曹長や我孫子羅依一曹もそうですが、私が所属する江坂分隊は、ロングヘアーの曹士の割合が比較的高い傾向にあるようです。
前述した江坂芳乃准尉は赤いロングヘアーですし、副長でいらっしゃる天王寺ハルカ上級曹長は茶髪のポニーテール。
私と同級の井高野あい三曹はウェーブしたグレーの髪をセミロングにしていますし、井高野三曹の次に私と年齢の近い北加賀屋住江一曹にしても、背中まで達する鶯色の髪をツーサイドアップに結われておいでです。
分隊内で髪が肩まで達していないのは、おかっぱカットの横堤ツバキ曹長を除けば、茶髪をボブカットにしている私位です。
洗髪や日々の手入れ等で、何かと気苦労も多いのではないのでしょうか。
そんな風に胸中で燻る疑問を、ある日の待機シフトの際にぶつけてみた所、上牧みなせ曹長から次のような御答えを頂きました。
『手間は掛かる分、長い髪は愛しくなる物よ。『ここまで育てたんだ。』っていう達成感にもなるし。それに乙女にとって、お洒落は身嗜み。いつか東淀川瑞光三曹にも分かる時が来るよ。』
私の場合、ヘルメットの被り易さという機能性を優先してボブカットにしているのですが…
ヘアスタイルへのアプローチは十人十色で、本当に奥深いですね。
いずれにせよ、こうして分隊内で物笑いの種になるのは、半ば覚悟していた次第です。
ただ気掛かりなのは、私の失態に巻き込んでしまった分隊長殿の事。
「ああっ…!江坂芳乃准尉…」
見苦しくも、狼狽してしまう私。
ところが江坂芳乃准尉は、私が提出致した休暇届を静かに一読されると、こうおっしゃったのです。
「御母様と御一緒に、造幣局の桜の通り抜けですか…それは良い休暇の過ごし方ですね。」
そうして休暇届を受理された江坂芳乃准尉は、何事もなかったかのような穏やかな微笑を浮かべていらっしゃるのでした。
「申し訳御座いません、江坂芳乃准尉!先程は無礼な真似を働いてしまい、小職の不徳と致す所で…」
「東淀川瑞光三曹が御母様とのお出かけを、それ程まで心待ちにされていたという事です。良好な親子関係は家庭の宝ですよ。」
大慌てで非礼を御詫びする私を笑顔で制して、江坂芳乃准尉は斯く仰せられたのです。
間接的に恥をかかされたにも関わらず、私を叱責される事も、からかわれる事もなく。
「当日は母子水入らずに相応しい晴天に恵まれると良いですね、東淀川瑞光三曹。」
あまつさえ、このような御気遣いの御言葉までも…
こうして作文を記している今も、江坂芳乃准尉の穏和な笑顔が、ありありと思い出されるのです。
やがて私が順調に昇級して、分隊を預からせて頂く機会に恵まれたなら…
私が率いる分隊の曹士達には、私が江坂芳乃准尉にして頂いたように、余裕ある優しさをもって接してあげたく存じ上げます。
その日を目指して、私は今日も訓練に励むのです。
江坂芳乃准尉、貴官の背中を追い求めながら…