廃屋の摩天楼
「ここが例の場所ですね」
伊織たち6人は、廃墟群の中央にある屋敷の前に立っていた。
「はぁ、やっと着いた~」
ため息を吐いた羽月は大きく伸びをする。
「廃墟エリアに入る前からこの建物があるのは分かってたんですけどね……」
「え、ええ。なにせ周りの廃墟は全部平屋で2階建てなのはこの建物だけでしたから、遠くからでもよく見えましたし」
「でもまさか周りの廃墟の調査で午前中が終わっちゃうなんてね」
周囲の廃墟の捜索に思った以上に時間がかかってしまい、伊織たちが屋敷に辿り着いたのは午後になってからだった。
「昼ゴハン食べに一旦戻ったのは完全にタイムロスでしょ。午後だけでこの建物の探索終わるかな~?」
「そ、そんな事言っても……用意された昼食はカップ麺だったんですから、ど、どうしようもなかったですよ……」
「食堂にあった電気ポットは持ってこれそうになかったしな」
文句を言う羽月を的居と別所院が宥める。
「それにしても……」
伊織は目の前の屋敷を注意深く観察する。
改めてよく見てみれば、目の前の建物は別に屋敷と言うほど大きい訳でもない。屋根から煙突が顔を出していることを除けばよくある普通の一軒家だった。
「なんだか今でも人が住んでそうな雰囲気ですよね。田舎にある親戚のお家って感じで」
「ええ。煙突もあるし、なんだか良い雰囲気ね」
「で、でも中も荒れてないとは、か、限らないですし……」
「じゃあ、さっさと入って確かめちゃおうぜ」
いつの間にか機嫌を直した羽月が、怖じ気づく的居にそう言うや否や屋敷の入り口へと駆けていった。
「待って下さい、羽月さん!」
他の5人が続いて中へ入ると、そこには玄関で辺りを見回す羽月がいた。
「全く、勝手に進むなよ……本当によく分からない奴だな、お前は。愚痴を言ったかと思えば、急にやる気出しやがって」
「いやあ悪いねぇ、別所院くん。早く調べ始めなきゃ~って思ったらついね」
「悪い」という言葉とは裏腹に、羽月は笑って言った。
「でもさ、これなら無事調べられそうだね」
羽月の言う通り、屋敷の中は全く以て荒れておらず、廊下の窓からは明るい光が射し込んでいる。
「やっぱり中も綺麗でしたね。電気もちゃんと通ってるみたいですし……」
廊下の天井からぶら下がった電球には確かに光が灯っている。
「本当に良かったわ。途中にあった廃墟はそれ以前の問題だったし」
「でも、それよりも気になることがあるんだけど……ちょっと良いかしら?羽月君」
「へ?」
七尾は、今まさに土足で玄関から上がろうとしている羽月を呼び止める。
「床も結構綺麗だし、靴は脱いでも良いんじゃない?」
彼女の言う通り、屋敷の床板は窓から射し込む光を反射して美しく輝き、まるで新築の家のようだった。
「確かに床がこれだけ綺麗なら靴を脱いで歩き回っても大丈夫かもしれませんね」
「そうだね。いや~、午前中に見てた廃墟がすごいボロボロだったもんだからさぁ。つい履いたまま上がりそうになってたよ、ありがと~」
伊織は彼女の意見に賛同し、羽月は履いていた靴を脱ごうとするが。
「いや、何があるか分からない。念のため靴は履いたまま調査をした方が良いだろう」
「そ、そうですね。もしどこかの窓が割れててガラスが散らばっていたら、あ、危ないですし」
「ええ~?心配性だなぁ」
「いえ、彼らの言う通りね。油断は禁物だわ
」
不服の表情を見せる羽月をよそに、別所院と的居の意見に納得した彼女はブーツを履いたまま廊下に足を踏み入れる。
「それで、どこから調べるの?」
「まずは1階全体を見て回ろうと思う。そこまで広くなさそうだが、どこに何があるかは全く分かっていないからな」
「じゃあ、あそこの階段から見てみない?」
七尾が玄関の正面にある階段を指差す。
「もし古くなってたら2階に上がるのも心配だし」
確認してみると階段も床同様に真新しく、足を乗せた瞬間に板を踏み抜いてしまう、なんてことはなさそうだった。
「これなら、全然問題ないね」
それどころか、羽月が上り下りしても軋む音すらしない。
「階段の安全は確認できたし、行こうよ」
「次はこの部屋だね……ってあれ?」
先頭に立って歩いていた羽月は首を傾げる。
一同の左手には窓の無い白い部屋があるのだが、正面には彼らが先程入ってきた玄関が見えたのだ。
「つまり私たちはもう、1階をぐるっと一周してきちゃったってことですか?」
「そういうことになるな。しかし、1階に部屋が一つしかないとは思わなかった」
「し、調べる所が少なくて何か拍子抜けしちゃいますね……」
「まあまあ、時間も惜しいし、さっさと調べようぜ……よっと」
ガラッ
羽月が白い引き戸を横にスライドさせると━━
「うわっ、何ここ?倉庫?」
机と椅子の山が伊織たちの前に現れた。
「物置……みたいですね。奥の方に花瓶やキャンバスとかも置いてあるのも見えますし」
「でも手前が塞がれてるから、奥を調べるにはこいつらをどかさないといけないね」
羽月は、半ばバリケードと化している机と椅子を軽く叩く。
「結構調べるのに骨折れそうね」
「し、しかも何だか埃っぽいですし……」
「━━━けほっ、こほっ……」
「ねぇ、ここ調べるのは後にしない?結構時間かかりそうだし、先に2階の部屋を見てからでも良いと思うのだけど」
咳き込む村守を見かねてか、七尾は別所院に提案する。
「そうだな、この部屋は一旦後回しにしよう」
「あれ、2階も一部屋しかないんだね」
物置の調査を保留にした一同は階段を上って2階にたどり着く。
「1階には倉庫しか無かったし、2階にはもっと部屋あると思ったのに……」
見渡しても目に入るのは廊下とその中央にある大部屋だけだった。
「家の大きさに対して部屋の数が嫌に少ないのが気にかかるが……」
別所院は腕を組んで考え込む素振りを見せたがすぐに部屋の方に向き直り、扉に手を掛ける。
「とにかく、中に入って調査しないことには何も始まらないな」
扉を開けて最初に目に入ったのは、壁一面の大きな窓ガラスだった。
「うわ、すごっ」
そう呟いて部屋の中へと駆けていく羽月。
少し遅れて他の5人も部屋の最奥にある窓に近寄る。
「こうして見ると、昼間調べた廃墟が違う場所みたいに感じるから不思議ね」
部屋の正面にある窓からは表にある庭や周りの古びた集落が見通せた。
「ん?あ、あれって……」
的居が何かに気が付いたらしくふと声を上げる。
「あ、あの。あれって僕たちが朝集まってた食堂ですよね」
彼が指差した方に目をやると、確かに6人が食事をした食堂がはっきりと見えた。
「食堂からここまで結構距離あったと思うんですけどこんなにはっきり見えるものなんですね」
「きっと周りの家が全部平屋だからね。だから遠くまで見渡せるのよ。ほら、なんだったらその向こうの森まで見えるもの」
七尾の言う通り、食堂の奥にある森も確認できた。
(あの森、端が見えない……まるでどこまでも広がってるみたい……)
「でも、こうして見ると廃墟エリアの入り口って本当にボロボロだったんだね」
羽月は午前中に探索した、屋敷の周囲にある廃墟の話題に触れる。
「え、ええ。家と家の間もとても狭くて人一人通るのがやっとでしたし、ほ、本当に建物の中に入らなくて良かったですよね」
「ああ。ドアは無くなってる上に窓ガラスも割れてたからな……」
「それどころか崩れかけてた家もあったわね」
「まあ入ったとしても屋根が崩れてきて死ぬ、なんてことはないと思うけど」
「デスゲーム中に死ぬことは無いとはいえ、さすがに嫌よ」
(「デスゲーム」なのに死なないの……?どういうこと?)
七尾の発言を聞いて伊織は思わず考え込んでしまう。
(襲撃者に捕まっても死ぬ訳じゃなくて、ただゲームオーバーになるだけってことかな……?)
「2階も倉庫しか無かったらどうしようかと思ってたけど、ちゃんとした部屋で良かったわ」
俯いていた伊織は、後ろから聞こえた声ではっと我に帰り振り返った。
「暖炉のある書斎って良い雰囲気だし」
そこには七尾が語った通り、暖炉があった。しかも本棚に挟まれるように、左右の壁に1つずつ。
「そっか。さっき外で見た煙突はここと繋がってるんだね」
そう言って羽月はしゃがみこんで暖炉の中を覗きこむ。
「火、点いてないや」
「そもそも薪が入っていませんからね」
「そもそも、誰も居ないのに火が点いてる方がおかしいだろう。火事になるぞ」
「ねぇ、ちょっといい?」
暖炉の前で集まっていた3人に七尾が話しかける。
「これって何に使うの?」
彼女が手にしていたのは金属製の細長い棒だった。
「…………?」
「……え、えーっと……?」
「ああ、それ?火掻き棒だね」
伊織と的居が困惑する中、羽月が答えた。
「灰とか燃えかすとかを掻き出すための道具だよ」
「へえ。詳しいのね」
「まあ、実家にもあったし」
七尾は持っていた火掻き棒を元々立て掛けてあった暖炉に戻し、その隣にあった本棚に目を移す。
「それにしても本がたくさんね……」
扉と窓を除いた全ての壁が本棚になっているのに加え、そのほとんどが足元から天井近くまで本で詰まっている様は圧巻だった。
「手に取ったら思わず読んでしまいそう。時間もそんなに無いのに、困るわ」
「そ、その心配は無いと思いますよ。だって━━」
的居はそう言って持っていた一冊の本を掲げる。
「が、外国語の本ばっかりですから」
「本当だ。背表紙がアルファベットの本ばっかりですね」
的居に言われて本棚を改めて見つめ直した伊織は呟く。
「し、しかもこの本、英語でもないみたいなんです……鹿子さんは分かりますか?」
「えっと、私にもちょっと分からないですね……」
的居の手にした本の表紙にはアルファベットが並んでいるが、彼の言う通り英語ではないようで伊織には読むことができなかった。
「何の本か気にはなるけど、この部屋とは関係無さそうね」
「ああ、もうここには特に調べるものは無さそうだ」
七尾の意見に賛同し、書斎の捜索に踏ん切りをつけた別所院はドアの前に立つ。
「━━よし、1階に戻ろう。倉庫の調査がまだだからな」
「ええ、分かったわ」
「は、はいっ!い、今行きます……!」
「…………はい」
別所院の号令を皮切りに他の参加者たちは本棚から離れ始めたが━━
「鹿子さん?どうかしたの?」
伊織が残っているのに気づいた七尾が話しかける。
「━━確かにこの部屋にあるものはもう調べ終わったんですけど、あの……」
そう言って伊織は別所院たちの立っている位置からは見えない、部屋の奥を指差す。
そこには、四つん這いになって床を必死に調べている羽月がいた。
「━━お前、何やってるんだ」
別所院は顔を引きつらせながら奇行の主に声をかける。
「いやー、隠し部屋とかありそうだなって思って」
「えっ?隠し部屋ですか?」
「お前、映画か何かの見すぎじゃないのか?」
「だってこの屋敷、割と普通の家ですーって雰囲気出しといてさ、トイレもキッチンも無いんだよ?だったらさあ、隠し部屋とかあってもおかしくないじゃん?」
「確かにそこは妙だとは思ったけど」
「ねぇ、もう少し調べさせてよ」
七尾の反応を見ていけると思ったのか羽月はそう提案した。
「で、でも何も見つからなかったらどうするんです?ま、まだ1階だって調べなきゃいけないのに……」
「その通りだな。だいたい、タイムロスがどうとか文句垂れてたのはどこのどいつだ?」
「そう?あたしはもう少し調べても良いと思うけど」
「私も七尾さんに賛成です」
反対する別所院と的居に対し、七尾と伊織は羽月の提案に同意する。
「えっと、さすがに何時間もって訳にはいかないと思うんですけど……1時間くらいならなんとか調べられないですかね……?」
伊織が別所院の方をちらりと見ると、彼はため息を吐いて答えた。
「まあ隠し部屋はともかく、この家は怪しいとは俺も思っていたし……いいだろう。ただし、1時間だけだ。何も見つからなくても1時間後には物置を探しに行くからな」
「よーし!1時間しか無いし、さっさと始めないとね」
別所院がOKを出すや否や、羽月は本棚を探り始めた。
(せっかく探すんだから何か見つかると良いなぁ)
そう思いながら、伊織も他の参加者と共に書斎の探索を再開したのだった。
━━数時間後
「あんなに探したのに、結局隠し部屋見つからなかったね……」
少し落ち込んだ様子で羽月は夕食を口に運ぶ。
書斎を1時間しっかり捜索したものの隠し部屋は見つからず、その後屋敷全体を調べ終えた伊織たちは食堂に戻って夕食を食べていた。
「でも1階で隠し階段と裏口が見つかったじゃないですか」
「オレが見つけたかったのはそういうのじゃないんだよ……」
羽月はスプーンを手にしたまま立ち上がる。
「秘密の部屋!そこに繋がる隠された通路!とかそういうのがあると思ったんだけどなぁ。1階の物置も結局何も無かったし」
「まあ鹿子さんの言う通り、収穫があっただけまだマシだと考えるべきね」
「それにしてもあの書斎、本が多かったなぁ」
夕食のカレーを口に運びながら、伊織は書斎の探索を思い返す。
「そ、そうですね。それにあんなにたくさんの種類の本が揃っているなんて。し、調べる前は思いもしませんでした」
「そうそう。小説に辞書、図鑑もあったし、小さい図書館みたいだったね」
的居の発言に同調した羽月の表情は晴れやかで、さっきまで落ち込んでいたのが嘘のようだった。屋敷の前でもそうだったが、どうも彼は立ち直りが早い人物のようだ。
「ええ本当に━━あなたが居なかったらどんな本があるのか全然分からなかったわ、ありがとう」
そう言った七尾の視線の先にいたのは別所院だった。
彼らが書斎にあった本の内容を知ることができたのは、そこに記された異国の言語を彼が読むことができたからだ。
「別に大したこと無いだろ。結局あの場所にあった本は屋敷とは関係無かったんだから━」
「でも関係無いって分かったのは別所院さんが本のタイトル読んでくれたからですよ。ありがとうございます」
伊織は別所院の発言を半ば遮ってお礼の言葉を口にした。
「ん、あれ?別所院くんって何か国語できるんだっけ?探索の時に一回聞いたはずなんだけどなー。ごめーん、忘れちゃったからもう一回教えてくれない?」
羽月が加えて尋ねる。きっと隠し部屋の探索に夢中でその時はよく覚えていなかったのだろう。
「……英語とスペイン語、あとポルトガル語」
本日2回目の質問に別所院は気だるげに答えた。
「日本語と合わせて4ヶ国語も話せるのね。やっぱり身内に外国の方が居ると自然とそうなるのかしら」
「別に。仕事で必要になるから叩き込まれただけだ」
(確か別所院さん、通訳やってるって言ってたっけ……そういえば他の人たちはどんな仕事をしてるんだろう)
伊織は探索時の会話を思い出し、それからほとんど喋っていない村守の方を見る。
(あの子は制服来てるし、高校生なのは確実だけど、他の3人はどうなのかな?七尾さんと的居さんは社会人っぽいけど、羽月さんは雰囲気とか話し方が大学生って感じするなぁ)
村守以外の4人の方を見ると、どうやらまだ先程の話が続いているらしく、当の別所院は時折ため息を吐いている。
(まだ話してる最中だから割り込む形になっちゃうけど、別所院さん飽きてるみたいだし別に良いよね)
伊織が話しかけようとしたその時。
「えー!いいじゃんか。教えてくれたって~」
「どうしたんですか?」
一層大きな声を出した羽月に伊織は思わず問いかける。
「別所院くんに5000万何に使うか聞いてるのに答えてくれないんだよ~!」
「えっ?」
(5000万?一体何の話だろう?)
思考中の伊織には構わず羽月は再び別所院に話しかけようとする。
「ねー、なんで教えてくれないの?」
「しつこいぞ。なんでも何も、俺には答える義務が無い。だいたい、お前だって賞金何に使うかなんて聞かれても答えないだろう」
(賞金が5000万!?そんなに貰えるの?やっぱりデスゲームって言うだけあって報酬は結構高額なんだな……)
「いや、普通に答えるけど?あ~、もしかして~?聞きたい?オレの5000万の使い道知りたい?」
「言わなくていい、むしろ言うな」
「えー、そんな~」
諦めずにしつこく追及する羽月と頑なに断り続ける別所院。そんな二人の会話は平行線を辿っていた。
(でもまずいな……賞金の使い道を聞いてるってことはつまり、ゲームに参加した動機を聞いてるのと同じことだよね)
いつの間にかデスゲームの会場にいた伊織には参加動機が当然あるわけもなく。
(もし私も聞かれたら何か動機をでっち上げるか、別所院さんみたいに断るしか無い……けど)
伊織は、まだ羽月に絡まれている別所院の方をちらりと見る。
(断ったとしても口を割るまで聞かれそうだし、どうしよう……)
「━━あの、すみません」
「え?」
羽月に話しかけられないように祈っていた伊織は声の聞こえた方を振り向いて驚いた。
「あ、村守ちゃん?どうしたのかな?」
なぜなら声の主が他でもない村守であったからだ。
(村守さん?珍しいな、自分から話しかけてくるなんて)
「━━どうかしたか?」
別所院も羽月に続いて問いかけたが、その声には明らかな困惑が含まれていた。
「今日ってこの後まだ予定ありますか?もし無いなら、もう部屋に戻りたいんですけど」
「それもそうね。あたしもお風呂に入る時間欲しいし、賛成だわ」
(そっか。お風呂もあるのか━━いや、それぐらいあるよね。一週間も過ごすんだし)
「そうだな。もう全員食べ終わっているし、特に予定も無い。もう解散にした方が良いか……」
「悪いな、長々と話をしてしまって」
別所院がこいつのせいだと言わんばかりに羽月の方に視線をやりながら答える。
「では明日も今朝と同じ時間にこの食堂に集合だ、以上!」
「はぁ~長い1日だった……」
解散後、自室に戻った伊織はベッドの上で仰向けになっていた。
「今朝このコテージで目が覚めた時はどうなることかと思ったけど、この感じだと大丈夫そうかな。明日も今日みたいに探索するだけみたいだし。それに、また別所院さんが取り仕切ってくれるだろうから、あの人についていくだけでなんとかなるよね。きっと」
不安で押し潰されてしまわないように、そう自分に言い聞かせる。
「別所院さんは頼りになるし、七尾さんは優しくしてくれたし。的居さんはちょっとおどおどしてるけど、そこがかえって接しやすいかな」
伊織は別所院を始めとする他の参加者の顔を思い浮かべ、安堵していたが。
「あ、でも羽月さんは厄介かな……」
先程の食堂でのやり取りを思い出し、伊織の表情が曇る。
「まさかあんなことになるなんて……何で急に賞金の事を聞いてきたんだろう?明日の探索中でも聞かれないか心配だけど、村守さんだって半ば強引に話の流れ変えてたんだし、答えなくても怪しまれることは無いよね。うん、大丈夫」
「それにしても、さっきはほんと危なかった……村守さんがあそこで立ち上がらなかったら私も間違いなく使い道聞かれてただろうし……」
そこでふと今日一日の村守の行動を思い返し、ぽつりと呟いた。
「やっぱり私と同じで話したくないことがあったのかな……」
というのも、村守は別所院と七尾以外のメンバーとは会話をほとんどしていなかったのだ。
それは村守という少女がその2人に話しかけられて返事をすることはあっても、自分から口を開くことはついぞ無かったためである。
そんな彼女がわざわざ話を切り出した理由はそれ以外に考えられなかった。
「正直、村守さんは話しかけづらくてちょっと苦手だったんだけど、あの子のおかげで助かった訳だしちゃんと感謝しないとね……ふぁ……」
思わず大きなあくびをして、腕時計を見る。
「11時か……明日のためにも今日はもう寝ようかな」
布団を被り、照明を落とす。
「おやすみなさい」
誰もいない真っ暗な部屋でそう呟き、目を閉じた。