切り札と切り札(2)
「証人。よろしくお願いします。」
水無月は母親に軽く会釈すると、母親は水無月の方に目もくれず無視をした。
「では、証人にお聞きします。翔くんが証人に対して口答えするわけが無いとおっしゃっていましたが、何故、そう言い切れるのですか?」
「それは、翔は私が大切に育ててきたからです。」
「根拠に乏しいですね。ちゃんとした確信に基づいて…。」
「裁判長。異議だ。」
水無月の尋問の途中で、睦月が異議を唱えた。
「ここで今、親子関係がどうだとか議論しても時間の無駄だ。」
「いいえ違うわ。証人が小鳥遊さんを訴えている理由の一つとして、翔くんが口答えをしてきて、その原因は小鳥遊さんにあると証言しています。でしたら、そこに基づく根拠を述べて欲しいのです。」
水無月の反論に睦月は黙ってしまったが、睦月は裁判長の方を見て咳払いをした。すると裁判長が急に話に入ってきた。
「検察側の異議を認めます。」
裁判長の言葉を聞いて、会場内は一瞬ざわついた。無理も無い睦月の異議が認められる要因など今のやりとりからでは誰もうかがう事が出来なかったからだ。しかし水無月は、裁判長の命令に黙って従い、尋問を続けた。
「では、質問を変えます。証人。貴方は小鳥遊さんが翔くんと交際していると言った事を妄言と言っておりますね。それは何故ですか?」
「それは…。有り得ないからです。」
「何故ですか?」
母親の証言に、水無月は追撃する。
「翔は…恋愛ごとには興味無いのですよ。そんな事にうつつを抜かすような子じゃないのです。」
「証人。まさかとは思いますが本当にそれが通るとお思いになられてないでしょうね。学校裁判とはいえ、れっきとした裁判なのですよ。ちゃんと根拠に基づいた証言をお願いしたいですね。」
「下らん。異議だ。」
水無月の尋問に睦月が遮るように異議を唱えた。
「先ほどから証人は証言しているでは無いか。ずっとご子息は勉強ばかりしていて恋愛ごとには興味を持っていないのだと。」
「睦月検事。それと小鳥遊さんとお付き合いをしていない事とがどうして結びつくのか、異議を唱えられたなら証人の代わりに説明をお願いします。」
水無月が睦月の異議に反論すると、睦月はまた黙ってしまい裁判長の方を向いて咳払いをした。するとそれを確認して裁判長は再び水無月の方を向いて告げた。
「検察側の異議を認めます。弁護人。これ以上、法廷を乱すと退廷を命じますよ。」
「裁判長。何故です?」
今度ばかりはさすがに聞き捨てならなかったのか、水無月は裁判長に質問を投げかけた。
「何故って…。法廷を乱すような行為をなさっているからです。」
「法廷を乱す行為とは具体的にどの行為の事をおっしゃっているのですか?」
「どの行為って…。」
水無月の反論に裁判長は黙ってしまった。当然である。元々裁判長の意思で水無月に宣告したわけではないのだろうから。
「どうやら、裁判長からご指摘が無いようなので尋問を続けさせていただきます。睦月検事。先ほどの質問に納得のいく解答をしていただけるとありがたいのですが。」
水無月は鋭い視線を睦月に送る。ところが、睦月は困った表情をするどころかかえって待ってましたの表情で発言してきた。
「はははは、良かろう。ならば、会長のご子息と被告人が交際をしていない事を証明してくれるわ。裁判長。今から渡す資料に目を通していただきたい。弁護人もだ。」
水無月と裁判長は、検察側から提出された資料に目を通した。そこには綺麗な文字でこう書いてあった。
― 私、天原翔は小鳥遊香奈さんと交際の事実はありません。 天原 翔 ―
「な…なんですって!」
水無月はその資料の内容に咄嗟に大声に出してしまった。その内容を聞いた、小鳥遊も両手で顔を覆ってしまい、会場内も騒然となった。
「せ、静粛に!静粛に!」
裁判長が木槌を叩いて会場を静めた。そんな騒然とする光景をよそに睦月が発言をした。
「どうかね弁護人。この通り会長のご子息は署名付きでこのような文章を用意してくれたのだよ。これは紛れもなく被告人と交際をしていない事実になるのでは無いかね?」
腕を組み得意になっている睦月に水無月は必死に反論した。
「それは、本当に翔くんの筆跡で間違いないですか?」
「ふふふ。苦し紛れだな弁護人。良かろう。裁判長、誰か筆跡を確認出来る者をここへ呼んではくれまいか。」
睦月がそう言うと、裁判長が担任の鈴木先生を呼んだ。
呼ばれた鈴木先生は壇上にあがり文章の確認を始めた。その間、会場は静寂に包まれていた。
ようやく確認が出来たらしく。鈴木先生が裁判長に向かって言った。
「天原君の筆跡かと思われます。」
その発言を聞いた会場はまた騒然となった。
「静粛に。静粛に!」
裁判長が木槌を叩く。
「ふははは!決まりだな弁護人。このように完璧に証明されてしまった以上はもう二人は交際していない事実は揺るがない。従って、被告人が一方的に会長のご子息を誘惑し、妄言を言っている事は明らかになった。」
「いいえ睦月検事。まだよ。」
このような文章が出ているにも関わらず、水無月はまだ参った顔になっていなかった。
「睦月検事。これで証明されたのは”二人が付き合っていない事”だけです。残念ながら”誘惑した”証明をしたわけではない。違いますか?」
「ふん。この文章で諦めれば良いものを。そこまでして深い所まで聞き、被告人の恥の上塗りをしたいのか?」
「私は事実を追及しているだけで、一方的な意見は受け付けない事を主義をしています。」
「そこまで言うのなら良かろう。では、証人。ここではっきりと証言をしてやれ。被告人がご子息を誘惑しているという決定的な証言を!」
母親は頷き、証言を始めた。