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水無月愛の学校裁判録  作者: 鳶野一作(とんび)
8/15

切り札と切り札(1)

放課後、被告人側の控え室に水無月・筑紫・香奈の三人がいた。

「いよいよですね。うぅ…やっぱり緊張しますね。」

足を小刻みに震わせている筑紫に対して、水無月が少し呆れたように言った。

「集合時間にも遅刻した上に、依頼人より震えてどうするのよ。」

どうやら筑紫は、今日も遅刻をしたようである。

「あの…水無月さん。今日は、よろしくお願いします。」

小鳥遊も緊張と怖さがあるのか、少し震えつつも毅然とした表情で水無月にお辞儀をした。

「ええ。よろしくね。ところで小鳥遊さん。昨日の夜、彼から連絡はあったのかしら?」

「それが…。校長室での一件以降、連絡が途絶えてしまっていまして…。」

「あら…また何故?」

香奈は水無月の質問に、下を向いてしまいながらも答えた。

「わかりません…。学校で偶然会っても、意図的に私を避けているみたいだし…。私…っ!翔と話したい…!」

そう言いながら、また泣きそうなのが分かったのか筑紫が話題を変えた。

「あっ!そ、そうだ。水無月さん!今日の検事さんの情報です。お渡しするのが遅くなってしまいました。」

筑紫の中で長けているものの一つに、情報収集能力がある。相手の事は把握しておきたい水無月は、いつも裁判時に、筑紫に検事の情報を集めてもらっているのである。そうは言え筑紫はどこかにハッキングするという違法な情報収集方法を使うのでは無く、あくまでネット上にある事や近辺での噂とかその程度に留めている。これは水無月に対する筑紫なりの配慮である。出来ない事は無いが、もし情報の違法性が問われると水無月の弁護士生命を脅かしたり、世間への信頼性を失いかねない。なので『違法な事をした・させた』という弱みを相手に与えないように合法的に情報を集めるということを筑紫は信条としていた。水無月はその筑紫の資料を手に取って読んでみた。


睦月一(ムツキハジメ)

検事局きっての切れ者として名を馳せている検事である。しかしその常勝の裏には何かあると法曹界でも噂されている存在でもあり、最近新たに施行された学校裁判法についても積極的に取り組んでいるらしいがそれについても何かあるんじゃないか?と黒い噂が絶えない男である。


「この人が今回の相手なのね…。」

水無月は資料を読みながら、ゆっくりとメガネを上げた。その様子を見て筑紫は更に資料を取り出して言った。

「それと、こちらが原告の方の資料なのですが…。」

「陽花…。原告の方まで調べてくれたの?」

筑紫は少し驚いている水無月を見て、少し照れくさそうに言った。

「ちょっと水無月さんになって考えてみたんです。いくら一人息子に彼女が出来て、何らかの事情でキスをして事を知ってもここまでやるか?って。それで精一杯調べてみたんです。ご迷惑でした?」

「いいえ、そんなことは無いわ。ありがとう陽花。」

水無月の笑みに応えるかのように、筑紫も笑顔で返した。その筑紫の笑顔を見た後、水無月は凜とした顔つきになり小鳥遊と筑紫に向かって

「よし、さぁ行くわよ。」

と言い二人と共に控え室を後にし、法廷となる体育館へ向かった。


学校のチャイムが鳴り、生徒達が一斉に体育館へ集まる。

通常、学校裁判は学校の施設で行う事が義務づけられている。生徒は原則出席になっており単位にも進学にも関わる事なので嫌々ながら学校裁判に出席する。各先生も事務仕事・報告書・部活など放課後にやらなければならない事が多いので、ほとんどの先生も学校裁判には消極的だ。そんな関係者以外誰も歓迎していない中、粛々と裁判が始まる。

カンカンと校長が木槌を叩き、体育館に集まった全ての者に始まりを告げる。

「これより、学校裁判を開廷します。」

裁判長の声により、ざわついていた館内が静まる。

「検察側・弁護側共に用意はよろしいですか?」

裁判は舞台上で行われる。裁判長は舞台の真ん中に、舞台から見て左の上手には検察と原告が、舞台から見て右の下手には弁護士と被告がいる。二手を見渡しながら、裁判長はそう言った。

「検察側に問題などは無い。」

「弁護側、もとより。」

お互いの準備が完了している事を確認すると、裁判長が立ち上がり検察にお辞儀をして言った。

睦月(ムツキ)検事。今回は御足労いただきありがとうございます。」

「校長…いや、今は裁判長か。今回はPTAの会長たっての頼みで、ここに来たのだ。しかし、どんな裁判になるかと思って来てみれば…。」

そう言って、水無月の方を見てため息まじりに言葉を続けた。

「あの水無月弁護士が相手では無いか。”例の件”以降すっかり鳴りをひそめていたと思っていたのだが、まさかここでお会いする事になるとはな。」

と、敵意むき出しの発言をした。それについて水無月はただ聞き流しているだけだった。

その様子を見て、睦月はつまらなそうな顔をしていた。

「ふん。何も言い返さないのか?まぁ、仕方無いな。”あれ”は確実な…」

「睦月検事。お喋りはその辺にしてもらえますか?私は貴方と下らない世間話をするためにここにいるのでは無いので。」

水無月が睦月の話を遮り、裁判長の方を向いて言った。

「裁判長。早く進めて下さい。」

「わ、わかりました。では検事。冒頭弁論をお願いします。」

そう裁判長に促され、睦月は資料を取り出した。

「よかろう。では、説明しよう。今回はこちらにおられるPTA会長天原さんのご子息、天原翔君をそこの被告人が誘惑し、堕落させ、引いては不純異性交遊までしでかした。以上の事から被告人・小鳥遊香奈には校内の風紀を著しく乱したものとして退学を求刑する。そしてこれは最早、審議の余地は無く決定事項として生徒諸君には有罪の札を投じていただきたく願う。」

「裁判長、異議を求めます。」

水無月は睦月の一方的な弁論に異議を唱えた。

「検事の発言はあくまで一方的な主張であり、事実かどうかはまだ審議されてさえいません。」

「あまいな。弁護士。」

異議を唱えた水無月に、睦月がしてやったりの顔で言った。

「PTAの会長は常に学校の生徒達の事を第一に考えておられる。そのご子息に対して被告は不純異性交遊をしたのだ。その事実がある限り判決は揺るがない。」

「では何故、学校裁判を開廷したの?」

水無月の当然の疑問に、睦月はあっさりと答えた。

「形だよ、形。」

更に睦月は言葉を続ける。

「水無月弁護士。貴様は学校裁判をどう考えているのだ?」

「私は…。」

睦月の問いかけに水無月は少し言葉が詰まった。しかしすぐに持ち直して睦月の問いに答えた。

「学校の中とはいえ生徒達からすればここは一つの社会。そうならば、理不尽な事も当然起こりうる。私はそんな理不尽な事で泣いたり・苦しんだりしてる人がいたら一人でも多く救いたい。そしてなにより、真実を生徒の皆さんに判断してもらいたい。それが出来るのが学校裁判だと思い、ここに立っているわ。」

真っ直ぐな曇り無い目でそう答える水無月の言葉が、マイクを通して館内に響き渡る。それを聞いた生徒達の方から多少のざわめきはあったのだが、睦月の笑い声ですぐにそれは収まった。

「ははははは。下らぬ。実に下らぬ。」

睦月は水無月の方を嘲笑し、言葉を続けた。

「学校裁判とは生徒達に真実を判断させるのではなく、いかに自分達が子供かを分からせるためにあり、その子供を教育するのは大人だということを証明するために設けられた制度なのだ。貴様のような生徒の自主性を尊重するような大人がいるから子供がつけあがり、自分達は特別だと思い込むのだ。秩序には厳しい統制も必要なのだ。」

「では、今からその秩序と統制を学校裁判で証明して下さるのね?裁判長、そういう事みたいですので検察側の証人を登壇させて下さい。」

睦月の言葉を話半分で聞いた様子で、水無月は裁判長に進行を求めた。

「はぁ…、検事。弁護側がこのように要求しておりますが…。」

「構わぬ。負けが分かっていながらも事務的に行わなければならないのだろう。それがそこの弁護士の仕事なのだからな。では、PTA会長をこれへ。」

睦月の言葉に促され、証言台に翔の母親が立った。

「では、証人。名前と本校との関係性を。」

睦月の促しを聞いて、母親が頷き口を開いた。

天原(アマハラ) (ユウ)。PTAの会長をしています。」

「よろしい。裁判長。まずは、今回の告訴を行った経緯について証言してもらおうと思うのだが、いかがかな?」

「ええ。お願いします。」

裁判長の言葉を受け、睦月が母親を促す。

「今のやりとりを聞いていたと思うが証人。経緯について証言を願おう。」

「わかりました。」

母親の証言が始まる


「私は主人と離婚してから、女手一つで何不自由させる事も、周りに勉強が追いつかなくなる事無いように一生懸命育ててきました。翔も私の期待に応えてくれるかのように一生懸命勉学に励み、この学校に通う事が出来ました。今でも志望校に向けて、必死になって取り組んでいます。ですがある日、翔が私に対して口答えをするようになりました。翔が私に口答えをするなんて絶対にあり得ないと思っていたので、きっと何か心に不安を抱えているのだと思いました。そんな時に偶然、翔の携帯にチャットっていうのですか?あの文面が写り、悪いとは思いましたがそれを読んだらそこの被告人が翔を誘惑したような文面がありました。はじめはきっと何かの間違いだと思い、そこの被告人を校長先生や担任の先生も交えて話しをしました。すると被告人は翔を誘惑した事を反省するどころか私達は付き合っているなどという妄言を言い、終いにはこちらを脅すような言葉まで言ったのでこの子がこの学校にいたらきっと悪くなると思い、今回告訴をする形にしました。」


母親の証言が終わると、睦月が裁判長の方を向いて言った。

「以上だ。つまり原告のご子息は、自ら恋愛などに興じる事も無く必死に勉強をしてきていたのだ。それが、そこの被告人のせいで親子関係に亀裂を生じさせあろうことかこの学校の風紀を乱しかねない前例を作ろうとさえしている。これは罪以外何者でも無い。」

「裁判長!!異議を申し立てます。」

睦月の演説に水無月が異議を唱えた。

「睦月検事。話を遮るようで悪いけど、さっきから聞いていると色々を発想が飛躍なさっていると思いますが。」

「ふん。私の発言は絶対だ。何が気に入らないというのだ?」

そう言って、睦月が水無月を睨む。そんな威圧に全く動じる事も無く、水無月は発言を続けた。

「詳しくは後で尋問で聞きますが、では一つだけ。証人。何故、ここまでの話で小鳥遊さんが風紀を乱したがっている事になるのですか?」

突然、質問をふられたせいか母親は少し驚いた様子で証言した。

「私は、乱したがっているなんて一言も言ってません。」

「いいえ。それは通りませんよ。恐らく貴方は睦月検事と話し合いを重ね、今回の裁判に臨んでいるはずです。先程睦月検事はこう言いました。彼女は”学校の風紀を乱しかねない前例を作ろうとさえしている”と。聞きようによっては前例を作り、風紀を乱すきっかけを作りたがっているようにも聞こえます。検事が勝手にこのような根拠に乏しい事を言うわけが無い。つまり貴方との話し合いで、そのような話になったから検事は発言したと推察されます。ですから、貴方の口からこのような発言が出たと考えた時に何故、そんな事をおっしゃられたのか証言していただきたいのですよ。」

「裁判長。異議ありだ!弁護人は必要のない揺さぶりで証人を混乱させようとしている。」

睦月の異議を聞き、裁判長が判断を下した。

「検察側の異議を認めます。弁護人。証人を混乱させるような言動は慎むように。」

「…わかりました。」

その様子を見ていた、筑紫は水無月に小さい声で言った。

「なんですか?この裁判。裁判長が裁判長の体をなしていないじゃないですか。さっきのお辞儀といい公正な判断どころか、すっかり検事の言いなりじゃないですか。」

「陽花。聞こえるわよ。」

「だって、いいんですか?今のだって、別におかしいことを要求した訳じゃ無いのに…。」

すると筑紫の顔を見て、水無月は諭すように少し微笑んで言った。

「今いいの。むしろ裁判長には”そうであって”進行してもらわないと困るわ。こちらの切り札のためにもね。」

そう言い、また前を向いて言葉を続けた。

「さぁ。いよいよ証人尋問よ。ここからが本番。」

「では、次に弁護人。尋問をお願いします。」

裁判長に促され、水無月は証人の前に立った。

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