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水無月愛の学校裁判録  作者: 鳶野一作(とんび)
2/15

始まりは告白から

その日、翔は夢を見ていた。

「お父さん!お父さーん!」

お父さんと呼ばれるその人物が、翔からどんどん離れていく。

幼い翔の近くに女性が立っている。翔の母親だ。翔は泣きながら母親に質問をした。

「ねぇ!お父さんはどこ行ったの?」

「翔。お父さんはもう帰ってこないのよ。これからはお母さんとずっと一緒よ。」

そう言って母親が幼い翔の小さい身体を強く抱きしめ、更にこう言った。

「これからは何があってもお母さんが翔を守るわ。だから翔も私の言うことをちゃんと聞く、素直な良い子でいてね。お願いよ…。」

母親は涙を流しながらそう言った。翔は泣くのをぐっとこらえて言った。

「うん!わかった。お母さんが泣かないように、いつまでもお母さんの言う事を聞く!

ずっといい子でいるよ!」


「翔ー!そろそろ時間よ。起きなさい!」

夢の中の母親では無く、別の所から母親の声が聞こえる。

「翔!遅刻するわよ。」

「う、うん。」

目覚めたばかりの翔が目をこすりながら起き上がった。

「おはよう翔。ご飯出来てるわよ。」

「わかったよ。すぐ着替えて下に行くよ。」

母親はその言葉を聞いて、安心した顔で下に降りていった。

翔は制服に着替え終えると、下のリビングで母親と朝食を食べた。


天原翔は母親と二人暮らしである。母親は女手一つで翔に何不自由ない生活をさせてきた。

翔も母親に苦労はかけさせないように、必死になって勉強し難関と言われる私立中学に見事合格し入学する事が出来た。現在2年生であり、成績は常にトップクラス。既に志望している高校への進学は間違いないとまで言われていた。母親はそんな翔を応援しようと積極的にPTAの行事に参加。その功績が認められ、今ではPTAの会長までになった。実はその時あたりから母親と翔の間に微妙な”ズレ”が生じてきているのだが、二人はまだその事に全く気付いていなかった。


「そう言えば翔。今度の選択科目どうするか決めた?」

「まだだよ。」

翔は味噌汁を飲んで答えた。

「駄目じゃない。提出期限、近いんでしょ?」

「まだ迷っているんだよ。」

「ちょっと、プリントを見せなさい。」

そう言われて翔は、母親に選択科目が書いてあるプリントを見せた。

「そうね…。翔は計算が得意だから数学にしたら?」

「えぇ…。その担当の先生があまり好きじゃないんだけど…。」

「でも、一番成績が良いのは数学でしょう?だったら選択科目も数学がいいわよ。」

翔は母親にそう言われて少し考えてから

「そうだね。母さんが言うなら間違いないか。じゃあ僕、数学にするよ。」

そう言って翔は、提出する紙に数学と書いた。その時見えた時計が既に出発しなければいけない時間を指していた。

「あっ!大変だ。遅刻する。」

翔は慌ただしくご飯を食べ終え、鞄を持って学校に向かった。


学校では何事も無い平凡で穏やかな一日だった。というか一日になるはずだった。

いつものようにHRが終わり、教室で帰り支度をしているとジャージ姿の女子が話しかけてきた。

「天原、あのさ…今日この後ちょっと時間ある?」

「何?」

「いいから、ちょっと来てくれる?」

翔はしぶしぶ女子に連れられて、誰も居ない教室へと行った。

「で、何の用?」

翔は頭を掻きながら女子に聞いた。その質問の対して女子は少し顔をうつむかせて答えた。

「天原ってさぁ、今、好きな子っている?」

「は?何だよ急に。」

「いいから答えて!」

女子は顔を上げて真剣な顔で聞いてきた。翔にはその女子の質問の真意はまだ分からないが、ここは雑に答えない方が良いと本能的に察したらしく女子の目を見て言った。

「いないよ。好きな子も付き合っている子も。」

その翔の答えに女子の緊張した顔が少し緩んだようになった。

そして女子は真剣な顔で翔の目を見て言った。

「私…。実はね…天原の事、好きなんだ。だから、だから!私と…付き合って下さい!」

突然の告白だった。何の作為も無い真っ直ぐな告白だった。

翔に告白した女子の名前は小鳥遊香奈。

バスケ部のエースで、性格は活発でポニーテールが似合う子だ。

翔と香奈は1年生の時の2年生の時も同じクラスであり、わりと話す間柄だった。

しかしいくらわりと話す間柄と言っても別に仲がそこまで良いわけではなかったし、翔にとってそこまで意識している女子では無かったし、彼女からもそんな素振りは今まで感じ取れなかった。だから今回彼女に告白された事は嫌とか何とかでは無く、ただただ彼女の意外な告白にどう対応して良いかわからずに少し挙動不審な動きをせざるを得なかった。

そうして翔は少し自身の気持ち落ち着かせて香奈に答えた。

「ごめん。急だったから…。その、ちょっと時間、くれる?」

「あっ!そうだよね!ごめんね!急だもんね!」

翔の言葉に香奈も少し挙動不審な動きをせざるを得なかったようだ。

この後、二人ともどうして良いか分からないという少し気まずい空気の流れを止めるように香奈が言った。

「あー。えーっとじゃあ、そろそろ、部活…行くね。」

香奈は無理矢理作ったような笑顔で教室を出ようとし、ドアを開けた所でこう言った。

「私、本気だからね。返事…待ってるから。」

その言葉を残し、香奈は部活へと向かっていった。

教室に残った翔は、さっきまで自分の事が好きで居てくれて告白してくれた女の子がここにいたんだという現実に、なんとも言えない初めての感情に囚われ暫く立ちすくんでいた。


帰り道、翔はずっと考えていた。

いつも活発でクラス行事にも積極的に参加して誰にでも明るく接する女子っていうイメージだった香奈が、自分に告白してくれた時に見せたあんな可愛い顔をするんだと。

そう考えると少し翔の顔が緩んだ。


その夜、翔はとても悩んでいた。

あんな可愛い顔をして告白してくれた女の子と付き合いたいという気持ちはある。


翔は幼い頃からいつも何かあるときまって母親に相談し、母親が決め、それに必ず従っていた。


だけど、母親に相談すると必ず反対されるだろう。そして反対されたら自分は必ず母親の決断に従うだろう。そうなると香奈の事を絶対に傷つける。

そこまで自分で分かっていながら、翔は決断する事が出来なかった。香奈とは付き合いたい。だけど母親の決断には逆らいたくない。そんな優柔不断な気持ちを抱えていたので翔はその日寝る事は出来なかった。


また翔は夢を見ていた。

母親と父親が喧嘩している夢だった。

「あなた!どういうつもりなの!?翔はどうするのよ!」

「…。」

夢の中の事とはいえ母親の怒鳴り声だけはハッキリと聞こえ、父親は何を話しているかは全く聞き取る事が出来なかった。

「もういいわよ!最初からあなたの事なんか充てにしてなかったわよ!翔はウチで育てます!早く出ていってよ!」

父親はそう言われて、荷物をまとめて出ていってしまった。その時に翔に何かを告げていったのだがそこで

「翔、朝よ。起きなさーい。」

と母親の呼ぶ声がして目が覚めてしまった。


いつもと同じ朝、黙々と朝食を食べる翔に母親が話しかけてきた。

「今日はPTAの会議があって、帰り遅くなるから晩御飯は出前でも頼んで済ましてね。お金は置いておくから。」

翔は母親の言葉に何の返事もしなかった。それもそのはず翔の頭には昨日の香奈の事でいっぱいだったからだ。

「翔?聞いているの?」

「んー?」

翔は母親の質問に間の抜けた返事を返した。

「しっかりしなさいよ。まだ目が覚めていないの?」

「ううん。そんな事無いけど…。あっ!学校に遅れちゃう。」

時計を見た翔は慌てて朝食をパンを口に詰め込んで、カバンを持って家を飛び出していった。母親はそんな翔をいつもと様子が違うと一瞬考えたが、気のせいだと自己完結をして食器を片付け始めた。


今日も学校の玄関では学年を問わず、知っている人がいれば『おはよう』という言葉が交差する変わらない朝の光景。そんな中、上履きに履き替えようとする翔の近くで「おはよう」と挨拶してきた女の子がいた香奈である。

「うん。おはよう。」

翔は挨拶を返すと同時に香奈の顔をちらっと見た。

いつもと変わらず見慣れた顔だし、動く度に長めポニーテールがゆらゆら揺れているのも同じ。でも今の翔にとってはその見慣れたはずの香奈の様子がいつもと違う感じで見てしまう。

この子が昨日自分に告白してくれた子なんだ。

そう思うと、自然と顔が緩んでしまっていた。

「何?ニヤニヤしながら私の顔を見て。何か付いてる?」

香奈は少し照れた様子で、自分の顔をさりげなく触った。

「な、何も付いてないよ。」

香奈の質問に少しドキッとした翔は慌てて否定した。

「ふーん。変な天原。」

そう言って香奈は自分の教室に向かって行った。翔とすれ違う時に

「昨日の返事、私、ずっと待ってるからね。」

という言葉を残して。


放課後、翔は朝に言われた香奈の言葉がずっと気になっていて、どこかうわの空だった。

「うわぁ…。後で誰かにノート見せてもらわないとな・・・。」

授業の内容や肝心の部分が書いていないノートを見ながら翔は呟いた。

「あーまはら。」

これから部活に向かうであろうジャージ姿の香奈が、教室に入ってきて声をかけてきた。

「今から帰るの?」

香奈が自分の机の中を探りながら、翔に問いかけた。

「う、うん。まぁね。」

この時の翔はノートを写さないといけないという事より、二人きりになっているこの状況で香奈にどう接するべきかを考えていた。

「あー!あったあった。いやぁ、家の鍵が無くなったかと思って部活が始まる前にあちこち探していたんだよ。」

「そうなんだ。見つかって良かったね。」

「うん。あっ!やば。そろそろ行くね、天原も気をつけて帰ってね。」

探し物が見つかった香奈は、そそくさと部活に向かおうとした。その時

「ちょっと待って。」

翔が香奈を呼び止めた。突然の大声に香奈が振り向く。

「…。」

引き留めたはよいのだが、その後の言葉が翔から出てこない。

「…。」

香奈も香奈で、翔が呼び止めた訳を何となく悟っているのか分からないが、少し顔が赤くなっていながら翔の言葉を待っていた。

長い沈黙。今、この時間・この空間は二人だけのもの。やっと決心がついたのか、

沈黙を破るように、翔が話し始めた。

「昨日の答え…。今、言っていい?」

「うん…。」

「小鳥遊さん!こちらこそよろしくお願いします!彼女になって下さい!」

粗削りだけど香奈の目をしっかりと見た真剣な告白の返答だった。

その言葉を聞いて、香奈の目から涙が一つ流れそして笑顔で

「ほんとう…?本当に?いいの?

香奈の問いに翔は静かに頷いた。

「やったー!嬉しい!」

相当嬉しかったらしく、香奈はぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

「じゃ、じゃあさ、いきなりなんだけどお願いしていい?」

「何?」

「今日から天原の事を翔って呼んでいい?」

「もちろん。だったら僕も小鳥遊の事を香奈って呼んでいい?」

「うん!むしろそう呼んで欲しいな。」

初々しい会話が続く。翔と香奈は笑顔でこれからの事を会話していたのだが、さすがに部活が始まる時間に気付き、香奈は慌てて体育館に向かおうとした。

教室から出る前に翔に一緒に帰る約束を取り付けて、もちろん翔もこれを承諾した。

香奈がいなくなって急に静かになった教室で翔は、何をしようか迷っていた。

ノートを借りようと思っていた友達は帰ってしまっただろうし、香奈の部活が終わるまで完全に暇になってしまったので仕方なく前の授業でやった内容を復習するために数学のノートを取り出し勉強を始める事にした。

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