正月くらいゆっくりさせてくれ!
……しまった。やらかした。正月早々になんてことだ。
俺は飛び起きた。時間は午前11時。酒をしこたま飲んだ挙句、着替えもせず、風呂にも入らず年を越してしまった。そして傍には、自分で用意した覚えのない掛布団。テレビの電源は、自分で消した覚えがないのに消えている。
「何やってんだ俺……」
「本当、何やってんだか」
言葉の割にはむかつく笑顔を浮かべて、蘭が隣にいる。大方、テレビを消したのも、掛布団を用意したのも奴だろう。
「風呂入ってくる。覗くなよ」
「はいはーい」
蘭は寝そべって、脚をじたばたさせる。そして当たり前のようにテレビをつけ、録画したドラマを消化し始めた。この状況が普通であってはならないが、今や普通なのだ。こいつのせいでどれだけ電気代を負担しなきゃいけないことやら……。頭を洗いながらそんなことを考えていた。
身なりを整えてリビングに戻ると、ドラマは終盤に差し掛かっていた。誘拐された少年が家族と感動の再会を果たすシーンだ。
「あ、お帰り」
蘭は俺の姿を見るなり、座る場所を空けてくれた。元々幽霊だから空ける必要など無いんだが、俺は座る。妙な感覚だ。
「正月早々、スタートダッシュ失敗した感じ?」
「ああそうだよ。昨日あんなに飲まなきゃ良かった……」
テーブルの上には、空き缶が散乱していた。ひいふうみい……。6つもある。天を仰ぐ。完全にやりすぎた。頭もまだ痛いし、産まれてから最悪の正月だ。
「私、起こそうとしたんだよ? 色んな方法使って。でも微動だにしなかったんだから」
「努力してくれてありがとう。だがな、お前のせいで永遠に微動だにしなくなったらどうするんだ」
蘭が半ば呆れながら俺に話す。色んな方法というのが何なのか、それはこの際どうでもいい。スマホを確認すると、溜まっているあけおめ通知に片っ端から返信していく。ご丁寧に、0時ちょうどに送ってくる連中もいる。全員に送信すると、なんだかもう疲れてきた。
「ねー。どっか行こうよ。このまま寝正月なんてつまらないじゃん」
「お前連れていくとあちこちで怪奇現象起こるから却下! 少し休ませてくれ。三が日終わったらすぐ仕事なんだよ……」
「ほんの1時間前まで爆睡してたじゃん。体力ないよね。もういい。一人で行く」
少しすねたのか、蘭はドアをすり抜けて外出してしまった。奴の身体は本当に都合良くできてるな……。俺も死んだら、こんな自由気ままに生活できるんだろうか。おっと、正月早々縁起でもないことを考えてしまった、いかんいかん。生きているって素晴らしい! ひたすら言い聞かせる。
午後3時。まだ頭がぼーっとする。完全に二日酔いだこれ。最悪……。水をちびちび飲みながら、テレビを観る。しかしどこも年末年始の編成になっている。変わり映えしないお笑い番組、歌番組、そしてドラマの一挙放送。俺、テレビ観るの向いてないのかな……。頬杖をつきながら、チャンネルをころころ変えていく。
午後5時。すっかり暗くなった。ようやく頭がはっきりしてきたが、遅すぎる。何もかも遅すぎる。電気をつけると眩しさに目を瞑る。結局、正月は何もせずに終わったな。学生時代を思い出すと、友達と一緒に初詣に行ったり、彼女(今はもう別れたけど)と新年初デートと、リア充していたな。それが就職しただけでこうなってしまうとは。また大きなため息が出る。そろそろ夕飯の支度しなきゃな……。
「さてと……」
「ただいまー」
目を開けると、蘭が俺の顔を覗き込んでいた。びっくりして腰が抜けそうになったが、なんとか平静を装う。いや、無理だった。素直に驚いてしまった。
「びっくりするじゃないか。帰ってきた時くらい声掛けろ!」
「声掛けても返事しない癖に」
「返事したら不審者待ったなしだろうが! お前、少しは自分が幽霊だってこと自覚しろよ……」
去年は何回、このようなフレーズでツッコんだだろうか。また今年もこういうのが続くのか。まさか奴は、狙ってこういうことを言っているのか? 俺からの反応が欲しいのか? そうでなければ何回もこんなこと言わない。というかそうであってほしい。素で忘れていたら天然っていうレベルじゃないぞ……。俺は夕飯の準備に取り掛かる。
「今日は何食べるの?」
「カレー。というか三が日全部カレー」
「作り置き楽だもんね。私も社会人時代はそうしてたな。めんどくさい時はカレーだよね!」
「同意を求めるな」
正月からカレーとは、我ながら華がないもの食べてるなと思う。しかし蘭は、目を輝かせて俺が調理している姿を見ていた。後ろで「凄い!」「美味しくなりそうだね!」「楽しみ!」なんて言ってる。楽しみにしているところ悪いが、お前食えないだろ。匂いも感じているのかどうかも分からない。こうやって俺がたまに自炊すると、いつも後ろが騒がしくなるのだ。まるで芸をしている動物を見ているように。
「隠し味とか使わないの?」
「何も。めんどくさいし」
「少しは凝った料理作ったりしないの? いつもシンプルじゃん」
「シンプルにしか作れないの。少し黙ってろ」
そうは言うものの、俺の表情筋は緩んでいた。なんでだろう。一人で笑ったり、一人でぼそぼそと話したり、たまに誰もいない場所で怒鳴ったり。不審者一直線なのに。最近になって、蘭がいないと何処か物足りない気がするようになってきた。
カレーが出来上がる。野菜多めが俺流だ。大皿に盛って頂くことにしよう。テーブルに持っていくと、蘭が待っていた。
「こうやって見ると凄く美味しそう」
「まあな。お前、腹減ったりしないの?」
「お腹は空く。だけど、今はお腹一杯!」
「……どういうこと?」
またわけのわからないことを話し始めた。俺の顔色を察したのか、蘭が補足するように話す。
「実際のものは食べられないけど、そのものに込められた『気持ち』を頂いているかな?」
「気持ち?」
「うん。例えばお供え物ってあるじゃん。食べてくれるかなーとか、大好きなもの持ってきたよーとか。そういう気持ちが込められているの。お供え物自体は食べられないけど、それに付いている感情みたいなものは吸収できるんだ。吸収するものがないと、私はここにいられないの」
「初めて知った。じゃあ俺がお前に構えば構うほど、お前はここにいられる時間が長くなると?」
「そうだね。私に対する感情を出しているから、いつでも吸収できる。いつもお腹いっぱい状態ってこと。私、1年前は餓死寸前だったんだよ? あ、もう死んでたか」
そういうシステムだったのか。お盆は死者が降りてくるとよく言われているけど、家族の顔を見に行くっていう目的があるのかもな。というかこんなオカルトなこと、我ながらスッと頭に入っていくよな。小難しいことは頭の隅に置いといて、カレーを頬張る。出来立てなので熱い。顔が歪むと、蘭が声に出して笑った。
「そんなに笑うなよ。というか座布団叩くな。俺以外が見たら、何もしなくてもへこんだり戻ったりしてるみたいじゃないか」
「あはは! だって面白いんだもん。たまにこういうことやらかすよねぇ」
少し黙っていなきゃいけないことは分かっているが、蘭が隣にいると、どうして話が弾んでしまう。まるで友達と一緒にいるような感じだ。いや、距離感的にはそれ以上に親密な存在かな? これ以上考えるのは止めておこう。
「町田くん、今日はお酒ダメだよ」
「一言も言ってないのに」
「飲みそうなテンションだったからさ!」
時に友達、時に保護者。そんな感じなのかな? とにかく、俺は安息を、まだまだ得られなさそうだ。
もうちょっとだけ続きます