お気に入りの。
「人生とは眠りで、愛は夢を見る。」
そんな詩がある。
人を愛した分だけ、生きた証。
愛が先に立つ人生は素敵だ。
でも、どうか
君の記憶の中にいられる夢であってほしい。
目が覚めて何もかもを消してしまうには
あんまりにも、虚しいから。
一緒に夢を見よう。ずっと見ていよう。
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夕日が照らす席。
ここは、私のお気に入りの席。
窓の真横にある席では外から見えてしまう。
その斜め後ろに座るのがいい。
店内はコーヒーの香りが漂っている。
ここは、レトロ感がある木造のカフェ。
でも、目の前にある大好きだったコーヒーは
冷めてしまっていて、香りもしない。
私はもう1時間以上、俯いたままだろう。
ここは、お気に入りの席。
そう、2人席。
窓が見える方が私の席。
その向かい側は、さっきまでいた君の席。
テーブルにはコーヒーカップは2つ。
君はいつも砂糖を3つ入れていた。
目の前のコーヒーは、ブラックコーヒー
減ることもなくゆっくりと冷めていった。
1時間半くらい前、君とここで
待ち合わせをした。
会うのは1ヶ月ぶりだった。
人生のターニングポイントを乗り越えられなかった、
私たちは会うたびにお互いにイラつき喧嘩をした。
「距離を置こう。これからのこと考えてほしい。」
そう言ったのは私だった。
別れたいという気持ちと
別れたくないという気持ち
両方が本音だった。
彼は距離を置くことは反対だと言っていた。
会わなくなってしまうのが不安だと言った。
そんな彼を一方的に突き放した。
今日は、タンスから引っ張り出した、
お気に入りのワンピースを着てきたんだ。
君と初めてのデートのときに着たワンピース。
覚えていたかな。
お店に着くと、もう彼はそこにいた。
お気に入りの席、私たちが楽しく会話をした席。
彼が私に告白をしてくれた席。
「ごめん、待たせちゃった?」
「いや、少し早くきちゃったんだ、そろそろ来ると思ってコーヒーを2つ頼んでおいたから」
「ありがとう」
沈黙が2人を包む。
いつもなら心地の良い沈黙も今日だけは息苦しい。
「久しぶりだね、元気だった?」
「俺は、まあまあ元気にしてたよ。」
「お待たせしました」
いつもは、目を合わせてニコッと笑ってくれる
店員さんも今日はバツが悪そうに戻っていった。
なんだか、今日はコーヒーの匂いがわからないな。
君のことを考えてた昨日の夜。
悲しい映画の結末を見たように涙が止まらなかった。
そのせいだろうか。
「こうして会うのは今日で最後にしよう。」
今にも溢れそうな涙をぐっと堪えた顔をしていた。
思ったよりもあっさりした彼の言葉と
それに見合わないくらい、
痛そうな彼の顔が今でも頭から離れない。
「ありがとう。ごめんね。」
私はずるい。
傷つけるのが怖くて言えなかった言葉を言わせた。
コーヒー代をテーブルに置き彼は店を出た。
1人残された私は、俯き呆然としていた。
これでいいと思っていた、なのにぽっかりと胸に穴が開いたような喪失感があった。
コーヒーを口に運ぶ。
ここのコーヒーは少し濃くて、
苦めでお気に入りだった。
熱さだけが喉を通っていった。
味気ないなあ…。
味も香りもわからない。
でも、なんでか、しょっぱい味がする。
君と、このカフェと、この席と、このコーヒーが大好きで、愛着があったんだ。
何か1つ欠けてもダメだったんだね。
最後までお読み頂きありがとうございます!
美味しいコーヒーの瞬間を前作、
その前作でも書かせていただきました!
せっかくなら、美味しくない瞬間も書きたい。
ということで、全体的にブルーな感じです。
一緒にいること、そのためには
大きな問題にぶつかっても頑張らないといけない。でも、相手の頑張りが、見えなかったりするんですよね。
美味しいコーヒーを一緒に飲めるその人と、あなたは幸せでありますように。