目
金曜日の昼下がり。白い雲が空を覆っている。
窓に近づくと熱波が伝わってくるので、部屋の真ん中で床の冷たさを感じながら天井の模様をなぞる。
ふと、天井に穴があるのに気がつく。
「なんで、あんなとこに」
外界と締め切られた不思議な空間に私の声が響く。
穴をよく見る。中からシロアリが出てくるんじゃないか、ホコリや天井の破片がパラパラと降ってくるんじゃないか、そんなことを考えながら。
穴に光沢がある。
まるで強調するかのように、その穴の周りは異質な白さで囲まれている。
そう、天井とは違う白さだ。
「目」だった。
思わず下がろうとするが、床に阻まれる。
必死に床を掻き、蹴り、逃げる。
扉に飛びつき、ドアノブを下げようと右手を乗せて下に力を加える。
動かなかった。
今この家には、私しか居ないはずだ。
ドアノブを叩く。
開かない。
体重をかける。
開かない。
「誰だ」
返事はない。
そうしている間に「目」のことが気になり、首を回して天井に目を向ける。
見つからない。
場所が違うのかもしれないが、同じ所に戻って天井を見る勇気は出なかった。
もう一度あの「目」を見たくない。
だがそれ以上に、見間違いかもしれない、確かでない「目」よりも、ドアノブを固定している「人」の方が恐ろしい、というのがあった。
ふと冷静になって自分の体勢を見る。
扉を全力で押している。今にも倒れそうなくらいの角度で。
「馬鹿みたいだ」
苦笑いをし、一息つく。
天井の「目」は見間違いだ。扉も「人」に押さえつけられているわけではなく、建て付けが悪くなっただけだ。
そうに違いない。
冷房が効いているはずなのに、汗だくだ。風呂に入りたい。
そうだ。
ここの扉から出られないなら、ベランダ伝いに隣の部屋から出ればいい。
床を確認しながら窓に近づく。
「目」を見つける前よりも静かな気がする。
カーテンを開ける。
飛び込んでくるはずの光が、飛び込んでこなかった。
そこには「影」がいた。
蛇に睨まれた蛙、咄嗟にそれが頭に浮かぶ。
体が凍りつき動かない。
あまりの恐怖で呼吸もままならない。
目を逸らせる恐怖でも、見えない恐怖でもない。
遠くで蝉が鳴いている。
後ろでドアが開く音がする。
日差しが段々赤らんでいく。
天井から奇怪な声がする。
肩に手が乗せられる。
土曜日の昼下がり。鈍色の雲が空を覆っている。
ここで動くと音が伝わってしまうので、部屋の真ん中で天井の冷たさを感じながら部屋を覗く。
皆さんも気をつけましょう